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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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魔女の気遣い

「――で、どういうことか説明してくれるんだろうな?」

「ん? 何をだ?」


 キッと目を吊り上げたクロトは傷の手当てを終えたエミナを睨み付けた。

 怒りに我を忘れる――とまではいかないが、一言説明してくれないとどうにも腹の虫が治まらない。

 エミナは「ふぅ」とため息を吐くとクロトが腰掛けていたベッドの前に置かれた椅子に腰掛ける。


「なんだ? そんなに先ほどの試合が気に入らないのか?」

「んなことじゃねえよ。わかってんだろ?」


 クロトにとって勝敗の結果はすでにどうでもよかった。

 もともと、レティシアを馬鹿にされて腹を立てた末の騒動だったが、アイリの話を聞く内に最初に話を聞かなければならない人物に思いあったのだ。


「アイリの誤解はあとでいくらでも解ける。だから先にこっちの説明をして欲しいんだ――なんで黙ってた?」

「要領を得ないな。黙ってたとはなんのことだ?」

「しらばっくれるつもりか? お前しかいないだろ? レティシアの魔力を封印出来る魔術師なんて」


 そもそもランクSオーバーの魔力を持つレティシアにアイリほど魔力探知に優れた魔術師が興味を持たないはずがない。

 最初はその膨大な魔力に見合わない『無色』の特性のせいで相手にされていないのだとばかり思っていた。

 だが、確かに彼女は口にした『レティシアの魔力がランクD程度』だと。

 つまり、レティシアの魔力が何者かによって封印されていた。

 そして魔力を封印するなんて芸当が出来る魔術師はクロトの知る中でただ一人。

 目の前にいる『氷黒の魔女』エミナ=アーネストただ一人だけだ。


 エミナは一瞬ばかり思い詰めた表情を見せる。


「お前は、今のお前になってから弱くなったな」

「は? なんだよ、突然。そんなの俺が誰よりも知ってるよ」


 クアトロ=オーウェンだった頃と今を比較してクロトは明らかに弱くなっている。

 魔力は当然。体の成熟だって成人していたクアトロと比べてクロトはまだ少年と呼べる年だ。

 当然、体力や筋力だって未熟だし、クアトロの頃に染みついていた魔術戦の癖――要するに直感が冴え渡るような感覚も今はない。

 クアトロの魂を受け継いだ以外は本当にごくごく普通の少年。

 そもそも魂を受け継いでいるからって特別なことが出来るわけでもないのだ。

 その魂に眠る記憶を呼び起こしても何も出来ない。

 魔術を使うことだって、記憶に刷り込まれた戦い方を真似したってどうしても体が追いつかない。無理が生じる。


 今だって思うのだ。

 あの時、『死淵転生』で動く人形になったクアトロに勝てたのは本当に奇蹟だったと――。

 あの場に『黒魔の剣』が――魔力を貸してくれたレティシアがいなければクロトは今、この場にいなかっただろう。

 だからこそ、弱くなった――その事実をクロトはとうの昔に受け入れていた。


 エミナは見当違いだとばかりに首を横に振る。


「お前の考えていることは想像がつく。もちろんそれもある。だが、私が言いたいのはそれじゃないんだ」

「――じゃあ、なんだっていうんだよ?」

「お前は魔術師からただの人に墜ちた。体も――そしてお前自身もな。依然のお前なら私の封印――いや彼女の魔力を凍結させたことに気付いてもそれを追求することはしなかったはずだ」

「……」


 クロトはエミナの話を黙って聞くことしか出来なかった。

 ふつふつとわき上がる憤りを殺しながら、ただただエミナの言葉を受け止めること以外に何も思いつかなかったのだ。


「お前ならむしろこう言っていたはずだ――『なぜ殺さなかった』のだと」

「――ッ!」


 思わず殴りかかりそうになった衝動を拳を握りしめて、唇を噛みしめて押しとどめる。


「前のお前なら――いや、魔術師なら誰もが彼女の魔力を利用しようとするのは分かっているだろ?」

「そ、それは……」


 クロトはその言葉を否定出来なかった。

 あの事件の首謀者マーク=ネストがいい例だ。

 レティシアの持つ魔力なら誰もがその魔力を触媒にしたいと考えるだろう。

 なにせ、あれほどの魔力ならこの世界に存在する全ての魔術を使えることが出来るからだ。

 禁呪も含め、人の身に余る神のみに許された魔術だって使えることが出来る。

 あらゆる不可能を可能にする魔力量。

 それがランクSオーバーという意味だ。


「『彼女』のことをお前が諦めていなければお前だってレティシアの魔力を利用していた――かつての私にしたように」


 その瞬間、エミナの顔から感情が消えたように見えた。

 普段、なにかと冗談交じりでクロトの世話をするエミナの裏の顔を見たクロトは血の気が引いていく感覚を覚えた。

 十八年ほど前にクロトの犯した罪。

 その罪を再認識させられて目の前が真っ暗になる。


「ま、お前がそんな顔をするから言いたくなかったわけだが――」


 冗談めかしてそそのかすエミナにクロトはそっぽを向いた。


「うるせえ。俺はもうあんな間違いをする気もさせる気もない。それにお前に何を言われても俺は受け止める。そう決めてんだ」

「そうか。なら私が今ここでお前に告ってもオーケーしてくれるんだな?」

「それとこれとは話しが別」


 キッパリ切り捨てるとクロトはいつの間にかあの寒気が消えていたことに気付いた。


(まったく、余計な気を回しやがって……ありがとうな)


 クロトは決して口には出さないが、エミナの優しい気遣いに感謝すると気を張り直した。


「つーか、また話がそれてるぞ。さっさと本題に入れよ」


 素っ気なく言うクロトにエミナはニヤニヤした表情を浮かべていた。

 どうやらクロトの心情はバレバレだった様子。


「おっと、そうだな。つまりは利用出来るものは何でも利用する。それが魔術師というものだ。だから私はレティシア=アートベルンと初めて出会った時、彼女の魔力を《ヒョウカイ》で凍結封印させた」

「そんな頃から……」

「ああ。この国には十八年も前に私が完全詠唱した《ヒョウカイ》を張り巡らせてあるからな――それをちょちょいと操作しただけだ」

「ああ、なるほど。今聞いても信じられねえけどそういやあったな。完全詠唱された《ヒョウカイ》が」


 信じられない話だが、エミナはクアトロが死んでからずっと維持し続けてきた魔術がある。

 氷の世界を創る魔術《ヒョウカイ》――。

 その魔術の中で、使用者は氷属性の魔術、及びその効力を自由に発揮することが出来る。

 まさに氷結系統の中では極意と呼べる魔術だ。

 起動には気も狂うような長い月日を必要とし、とても実践向けとは言いがたい。

 依然クロトが目にした詠唱破棄の《ヒョウカイ》の効果も驚くべきものだったが、完全詠唱した《ヒョウカイ》はまさにこの世界を造り替える魔術と言ってもいい。

 エミナは十八年間その魔術を維持し続けてきたのだ。

 魔術負荷で魔力が一切使えない時は膨大な量の『魔晶石』を利用して魔力を代替わりさせるという面倒なことをしてまで――。


 今のエミナは触れれば一瞬でなんでも氷付けにしてしまえるだろう。

 この国の中でエミナに勝てる人間は存在しない。


「本当に運がよかったぜ。お前と戦った場所が《ヒョウカイ》の外で」


 クロトはかつての記憶を呼び起こして身震いした。

 たまたまあの練習場所を選んだからエミナに一矢報いることが出来たものの、もし《ヒョウカイ》内であれば、一瞬で勝負は決まっていたはずだ。


「そうだな――っと。また話がそれかけたな。私がレティシア=アートベルンに施した封印が完全に解かれたのはあの事件の時、彼女が『魔力装填』を行った時だ」

「なるほどね――」


 だからあの時はレティシアの魔力を感知することが出来たわけか。

 もっともそれよりも前にレティシアが魔術師として成長するにつれて封印が綻んでいたように思うが――。


(もしかしたら、エミナがクラスの担任になった背景にはアイリだけじゃなく、レティシアの封印も関係していたのかもしれないな――)


「事件後、もう一度彼女と接触した時に再び封印して現在に至る――どうだ? 納得したか?」

「まあ……そうだな。納得も出来たし、感謝しないといけないのかもしれない」

「ほう?」


 エミナが含みのある視線をクロトに向ける。

 クロトは「うっ」とたじろぎながらも、頬を掻いた。


「確かに前の俺なら危険度を優先して『殺す』って手段を選んでいた。アイツの夢も存在も全て無視して――な。だから感謝しているよ。アイツを殺さずにいてくれて、その――ありがとう」


 そうだ。生きていれば夢も現実になる。

 レティシアの夢物語――クロトの希望が叶う。

 だからこそ、彼女の唯一のパートナーであるクロトに出来るのは彼女を利用しようとする魔術師から彼女を守ることだけ。

 たとえ弱くなろうと、人に堕落していようとそれだけが今のクロトの成すべきことなのだから――。



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