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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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剣戟の彼方

 鳴り響く剣戟。

 血しぶきのように舞い散る魔力の残滓。

 その戦いを見ていた誰もが言葉を失う光景だった。

 休む暇も距離を離すことさえ許さない神速の剣筋に誰かが小さな悲鳴を上げる。

 レティシアはその光景を血の気の失せた顔でただ見つめることしか出来なかった。



 ――勝ち負けなんてどうでもいい。

 別に負けたって誰も何も言ったりしない。


 だから早く――。

 早く――。


 誰かこの一方的な戦いを終わらせてよ――。


 その思いはこの模擬戦を見に来ていた全員の言葉を代弁したものだった――。




「ぐあっ!」


 何度目かの打合いでとうとうクロトの体に木剣の一撃が到達した。

 肉体という器を砕き、内蔵を、骨を砕くような衝撃に膝をつきかける。

 だが――。


(わかってるよ。休んでいる暇なんてねえってことくらい)


 途切れかけた集中力を総動員さえ、魔力を張り巡らす。

 視界の情報はもう当てに出来ない。

 瞳を閉じ、余計な情報を消す。

 音も邪魔だ。

 聴覚情報すら意識の外に弾き飛ばし、全神経を魔力に当てる。


「――ッ!」


 暗闇の中で何かがクロトの魔力に触れた。

 何かなんてわかりきっている。

 クロトはその場所に魔力を密集させ、即座に硬質な魔力の壁を生成する。


 ガキン――。


 と刀身と魔力のぶつかる音と衝撃が否応なくクロトの五感に伝わる。

 刀身とぶつかった瞬間に再び魔力を纏い直し、センサーのように薄く展開した。

 そこに反応した移動する物体に向けて体との間に壁を作る。


 そうやってアイリの攻撃を防ぎはじめてから数分が経過していた。


 今のクロトが唯一アイリに勝っているのは魔力操作の一点のみ。

 魔力量も、反射速度も、なにより戦闘技能の全てにおいてアイリがクロトを凌駕している。


 だというのに、その頼みの綱の魔力操作ですらもはや通じにくくなってきていた。


「堅いね。けど、その対処法には決定的な弱点があるよ。クロ君が私の攻撃速度に反応出来なくなったらそれでお終いだ」


 途端に幾重もの斬撃がクロトの魔力に反応した。


 一瞬の合間に放たれた斬撃は十にも及ぶ。

 そのほとんどが同時にクロトの魔力にぶつかったのだ。

 対処しきれるはずが――。





 気付いた時にはクロトの体は宙を舞っていた。

 一瞬とは意識が完全に途絶えていた。


「く……そ」


 クロトは地面にしたたか体を叩きつけられ、その衝撃で視界が再び真っ白になる。

 だが、思考だけは止めなかった。


 見つけないと――。


 どうにかしてこの《完全武装術》って魔術の攻略の糸口を見つけないと勝負にもならない。



 アイリの口にした魔術の名前。

 クロトはその時、初めてその魔術の名前を耳にした。

 まったく知らない魔術だ。

 少なくとも『クアトロ=オーウェン』がアイリの国に住んでいた二十年以上前にはまだ伝わっていなかった魔術であることは間違いないだろう。


 未知数の魔術。

 今のクロトに出来るのは直接見て、そして理解することだ。

 どういった能力の魔術なのか。

 その魔術の欠点を――。


 今までの経験全てを総動員させる。


 思い出せ。


 アイツの言葉の一言一句を。


 思い出せ――。


「休む暇は与えてあげないよ」


 怒濤の斬撃にクロトは魔力で擬似的に作ったセンサーを使ってその速度に食らい付く。

 だが、その斬撃の速度はもはや反応しきれないレベルだ。

 着実にクロトの体に直撃し、その度に確かな傷跡を残していく。


 問題はそれだけではない。


 クロトの魔力残量も残り僅かだった。


 何度も攻撃を防ぎその度に浪費していく魔力。


 すでに魔力の枯渇からくる意識の混濁の兆候があらわれている。


 体力も時間もない。

 だから――。


(使えるのは三――いや、二回くらいか)


「はあああああああッ!」


 裂帛した気合いに続き、容赦のない連撃が降り注ぐ。


(どちらにしろこの考えが間違っていれば俺は負ける。なら、この二回に全てをかけるしかねえ)


 刀身がクロトに触れるその刹那の瞬間。

 クロトは全身の魔力を炸裂させ、目を見開いた。


 あらゆるものが止まったようにスローモーションで動く。

 その中でも緩やかではあるが動きが止まらなかった剣のスピードは素直に感服するしかない。


 反射速度だけを強化した『魔力装填』


 脳が認識するよりも速く目が反射的に見た景色はそのまま景色を切り取ったように制止し、色は一切ない。

 本来ならこれから景色に動きと色を付け加え、脳が処理してそれを視覚情報として伝えるのだ。

 それはその一足前の段階を強制的に見ているに過ぎない。

 だが、この景色がコンマ数秒先の未来なのは確かで本来の反応速度なら絶対に防ぐことは出来ない。

 だが――。


 脳へと信号が伝わるよりも先に本能的に否――反射的に腕が伸びる。

 

 木剣の刀身がクロトの体に直撃する寸前、クロトは強化した反射速度をもってしてその刀身を掴むことに成功した。


(まずは成功か――)


 クロトの視界に色が戻り、景色が動き出す時には『魔力装填』で強化した反射神経はなりを潜めていた。


 だが、その結果は十分。

 不可視だった斬撃を目で捉え、そしてその刀身を掴むことに成功していたのだ。


「ほえ?」


 間の抜けた声がすぐ側で聞こえる。

 まさか反応出来るとは――。



 いや、刀身をこんな力一杯に掴まれることなど想定すらしていなかったのだろう。



 これまで動きを止めることがなかったアイリの動きが動揺で止まる。


(やっぱり、この魔術の能力はこれか)


 クロトは魔術の正体を確信して握りしめた刀身に視線を下ろした。


「嘘だよ……剣を掴むなんてありえない」

「ああ。そうだな。これが真剣だったら掴めなかっただろうさ」

「――ッ?」


 アイリの表情が驚愕に色づく。

 そんな致命的なまでの隙を見逃すはずがなかった。

 クロトは刀身を離すことなく握りしめたまま、残りの魔力を片足に収束させる。


(これだけ接近してれば周りから見えないだろ。いくぜ『魔力装填』――)


「《イグニッション――」


 クロトがまさに足先の魔力を炸裂させ、高エネルギーを秘めた回し蹴りを放つ直前――。


「そこまでだッ!」


「――な?」

「――え?」


 唐突に試合の終わりを告げるエミナの声が響き渡った。


 クロトは発動しかけていた技を止め、刀身を離してエミナを見やる。

 アイリも剣を下ろすと固唾を呑んでエミナを見つめた。




 周囲が見守る中、ゆっくりとエミナの口が動き、この試合の勝者を口にした――。



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