予想外なクラス分け
「ええ~ではこれからの学院生活、このメンバーで頑張っていきましょう!」
教壇に立つ眼鏡をかけた若い男性教師――マーク=ネスト先生は若干頬をひきつらせながら挨拶を終えた。
教室に流れる重たい雰囲気がなけなしの明るさを籠めた挨拶をかき消していく。
入学初日、担任とクラスメイトの顔合わせとしては限りなく最悪の展開だった。
だが、クラスメイトが不仲というわけではない。
ある二人の醸し出す気配が和気あいあいと自己紹介を行う雰囲気をかき消し、お通夜のようなムードを漂わせているのだ。
ランクSオーバーのレティシア=アートベルン。
そしてランクEのクロト=エルヴェイト。
席を両端においた二人の視線が怒りを伴って睨み合っていた。
この状況にマークは苦笑いを浮かべるしかなかった――――。
―――――――――――――――――――――――
ことの発端は一時間ほど前に遡る。
ランクSオーバーの判定を受けたレティシアは上機嫌で待機場所へと訪れていた。
周囲の視線が百八十度変わったことにもまんざらではない様子だ。
前代未聞のランクSオーバー。
英雄を超える魔力量をレティシアは有していた。
この結果に気をよくしない魔術師などいるだろうか? いやいるはずがない。
現にレティシアを見る目は『痴女』という烙印から『新たな英雄』という視線に様変わりしていた。
(そうそう! この視線よ。私が望んでいたのは!)
痴女というレッテルではなく、優秀な魔術師としての純粋な期待。
その第一投を見事に決めたレティシアは上機嫌でクラス発表を待っていた。
ランクSオーバーが在籍するクラスだ。当然そのレベルも跳ね上がるに違いない。
そう確信していたレティシアの耳に予想もしていなかった情報が飛び込んできた。
「ねえ聞いた? あの男のランク……」
「う、うん……どうやって入学したんだろうね?」
(ん? 私の他に高ランクの人でも現れたのかな?)
興味を惹かれたレティシアは雑談に興じていた女生徒たちに近づく。
「初めまして」
「あ、は、初めまして」
「わ、は、初めまして……それじゃあ私はこれで……」
レティシアと挨拶を交わすと一人の女生徒は慌てた様子でその場をあとにする。
その姿にレティシアは少しムッとした。
「なんで逃げるみたいに離れていくのかしら?」
「あはは……さすがにランクSオーバーって話を聞いた後じゃ気おくれするんじゃないかな? 悪く思わないであげてね」
「ええ。そんなつもりはないけど……」
少しムッとしたことなんて言えるはずもなかった。
レティシアは居住まいを正すと取り残された少女の横に遠慮がちに腰を下ろす。
「隣、いい?」
「うん。もちろんだよ」
レティシアの横に座る少女はなんというか……すごく可愛らしい。
細い体つきにミルクのように白い肌。
緑ががった翡翠の瞳に肩口で切り揃えられた銀色の髪。
物腰の柔らかそうな瞳には彼女のその包容力が溢れ出てきそうだ。
それに胸も豊穣力に溢れ、レティシアの胸囲を軽く超えていた。
レティシアは控えめな胸に一度手を置き、呼吸を整える。
「えっと、私、レティシアって言うの。あなたは?」
「あ、ごめんね自己紹介がまだだったね。私はノエル=ディセンバー。気軽にノエルでいいよ」
「よろしくね、ノエル」
「うん。こちらこそ」
「ところで、さっきなんの話をしていたの?」
「え? さっきって……えっとレティシアの来る前の話だよね」
「そうそう。誰かの話をしていたみたいだけど、もしかして高ランクの人が現れたのかなって思っちゃって」
「あはは。レティシア以上の高ランクの話はまだ聞いてないかな? その逆で最低ランクEの学生がいたんだって」
「EってEランクの? それって魔術適性がそもそもない人じゃないの?」
「うん。そのはずなんだけど……」
困ったように視線を泳がせるノエル。
何か歯切れが悪そうな様子だ。
レティシアはそのEランクの学生を頭の中で想像した。
Eランクといえば魔術適性が皆無の一般人のはずだ。
そもそもの入学条件に当てはまらない。
不正入学をした証拠なのだ。
(どうしてこう、魔術を軽く見る人は後を絶たないのかしら……)
どんなに頑張っても魔術の適性がなければ魔術を扱えないのに。
簡単に使えるものだと思われるのは少し不愉快だった。
努力に努力を重ね、修練に修練を積んでようやく魔術は完成するのだ。
世の中に《インスタント魔術》が広がったことでどうにも魔術に対する壁が薄くなってきたような気がする。
もちろん魔術国家として魔術が国に浸透するのはいいことだと思うし、魔術が大衆化していくのは喜ばしいことだ。
だがそれはレティシアの中では生活の水準を高めるためであって魔術そのものの価値を下げることではなかった。
魔術とは神秘に包まれたものだ。無暗に扱えばその痛みは自分に帰ってくる。
だからこそ不正にこの学院に足を踏み入れる輩も魔術を不当に扱う人も、その人たちの考えをまるで理解出来なかった。
「レティシア?」
「ううん。ゴメン。ちょっと頭に来てたみたい。一体誰なのかしら? そのEランクの学生は?」
「え~っと、私からは何とも言えないかな。名前もまだ知らないし。と、ところでレティシアはさっきの黒髪の男の子とは仲がいいの? 朝から噂になってたけど……」
その言葉を聞いてレティシアは頬を赤く染めて必死に否定した。
「ちょ、ちょっとなに言ってるのよ。そ、そんなことあるわけないじゃない!」
「そ、そうなの?」
「そうよ! 今日、偶然出会って、そのままの流れでああなったの!」
「ぐ、偶然にしては凄い騒動だね……」
「もう、そんなんじゃないから。名前だってさっき知ったばっかりなんだから。そりゃあ、ちょっとはいいヤツみたいだけど、ノエルが考えているようなことは絶対にないから! それに聞いてよ、だいたい――」
「そ、そうなんだ……大変だったね」
ノエルは苦笑を浮かべ、必死になって否定するレティシアを宥め続けた――。
それからしばらくして――。
クラス発表と同時にレティシアの表情は一気に急下降していくことになる。
クラスの名前にノエルの名前があったまではよかった。
それにノエルの横に書かれたランクも『B』と文句のつけようもなかった。
けど問題は――。
クロト=エルヴェイトの名前もあったことだ。
しかもランクは『E』
あのクロトこそが魔術適性も無く魔術の世界に土足で踏み込んできた不届き者というわけだった。
レティシアはノエルの言いずらそうな表情を思い出し、その理由に思い至った。
それと同時に――。
あんな男に少しでも気を許した自分が馬鹿らしくなった――。