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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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完全武装術

「七回――もし、この剣が真剣ならクロ君は七回死んでいるよ」


 アイリは仰向けに横たわるクロトを見下ろし、告げた。


「七回死んだ気分はどう?」


 全身がいてえよ……。


 至る所に青あざをつくり、体を動かそうとするたびに全身がしびれる。

 もはや勝敗は火を見るよりも明らか――クロトの敗北だ。

 だが、審判役のエミナは未だアイリの勝利を告げることはなく、クロトも根を上げてはいなかった。

 だから、まだ本当の勝敗は決まっていない。


「さあ……な。貴重な経験すぎて言葉がないな」


 クロトは木剣を支えに立ち上がると、刀身に魔力を纏わせ臨戦態勢を整える。

 なんども見たその構えにアイリは呆れた表情を浮かべるとやる気がなさそうに剣を構え直した。


「何度やっても無駄だよ。クロ君に私は倒せない。いい加減諦めなよ」

「そうつれねえこと言うなよ。ようやくお前の魔術の対処法が見つかったところだからさ」

「そっか。それは――楽しみだねッ!」

「――ッ!」


 距離を詰めて剣を振り下ろしたアイリの斬撃にクロトはヒビが入って折れかけた木剣で迎え撃つ。


 ズシン――。


 と骨の芯まで響く斬撃の威力に歯を食いしばる。


(やっぱ、まともにやり合えばすぐにへし折られるか?)


 クロトは刀身を逸らして斬撃を受け流すと体勢を崩したアイリの横脇から斬り返す。

 ――が。


「甘いよ」


 斬り返したスピードはクロトの方が速かった。

 絶対に必中の剣戟。

 だが、アイリは同じように剣を斬り返すわけでもなく、体勢が崩れたその状況からクロトの剣が届く直前、肘を僅かに動かしただけだった。

 たったそれだけ――。

 それだけの小さな動きでアイリの手にした木剣の柄頭が折れかかったクロトの木剣の刀身の横っ腹に直撃し、刀身を根元からたたき折った。


(嘘だろ!?)


 宙で回転する刀身を目に焼き付けながらクロトは咄嗟にアイリから距離を離す。


「これで八回目だね」


 その小柄な体格のどこにそんな力があるのかと思わせる神速の速さで肉薄し距離を詰めてきた。

 円を描くように振われた木剣がクロトの腹部に直撃する。

 直後――。

 甲高い音と無色に輝く魔力の欠片がはじけ跳んだ。


「嘘ッ!?」

「――言っただろ? 見つけたって、なッ!」


 驚くアイリの隙をついてクロトは足を跳ね上げ、膝蹴りを放つ。

 アイリは咄嗟に木剣を盾にクロトの攻撃を防ぎ、その反動でクロトから初めて距離を離した。


「お、驚いたぁ~ これがクロ君の言ってた私の対処法なの?」

「まあ、な。お前の使ってた魔術は身体強化の一種だろ? それもかなり高ランクのな。実際、太刀筋はまったく見えないし、どう移動してるのかすら分からなかった。シンプルだからこそ強力な魔術だ」

「え、えっと……そう、なのかな?」

「けどな、見えなくても対処のしようはある」

「それがその全身に纏わせた魔力の壁ってことだね」

「…………これに気付くのか? さすがだな」


 ほとんど目視すら出来ないEランクのクロトの魔力。

 それに加え色を伴わない『無色』ときている。

 それをうっすらと纏っていたことに気付かれるとは思ってもいなかった。


「目に見えなくてもそれ以外の感覚でなんとなく分かるよ。私、こう見えても魔力探知は得意なんだよ?」

「そうなのか?」

「うん。だから、ほとんど魔力を感じさせないほど上手く魔力を隠していたクロ君のことは初めて見た時驚いたよ」


 それは純粋に魔力がないだけの話なんだが……。


「そこまで得意なら目を向ける相手を間違えているんじゃないのか?」

「相手? 誰のこと?」

「レティシアに決まってるだろ?」


 ランクSオーバーという規格外の魔力を持っているんだ。

 気付かないはずがない。

 なのに――。


「え? どうして?」


 アイリはキョトンとした顔を浮かべると首を傾げた。


「え? なんでって――」

「アートちゃんは魔力を無駄に消費しているだけでしょ?」


 気付いていないのか? 本当に?


 だったらなぜ?


 レティシアの規格外の魔力は本人が自覚していなくても無意識に体の外に放出している。

 だがそれは規格外の魔力を制御しきれていないからだ。

 なら興味を持ってもおかしくないはず。


「クロ君こそ、どうしてそこまでアートちゃんを庇うの? 魔力だってランクC程度でしかも無駄に消費しているから精度がランクDまで落ちているんだよ?」

「……は?」


 嘘だろ? ランクCだって?


 確かに今のレティシアの魔力精度は調子がいいときでランクCに届くくらいだ。

 だが、その潜在魔力がランクSオーバーであることは――。


(待てよ……。そういえば、あの事件以降、アイツの魔力が極端に感じにくくなったような……)


 研究施設を吹き飛ばして目を覚ました時、ある違和感を抱いた。

 レティシアの魔力がほとんど感じられなくなったことに。

 気にしなかったと言えば嘘になる。

 だが、エミナが『大丈夫だ』と断言していたから杞憂だと言い聞かせてきた。


(なるほど……そういうことか。理由はこれが終わったあとにゆっくりと聞かせてもらうからな)


 クロトは思考を即座に切り替え、アイリに意識を戻す。


「まあ、その話は今は置いとくぜ。それにしても驚いたのは俺のほうだ。初めて見たよ。完全調和した魔術を操る魔術師ってヤツを」

「アハハ~そう言われるとは恥ずかしいよ」

「いや、実際大したものだよ。その年ですでに魔術師として大成してるなんてな」

「そ、そうかな?」


 そう言ってはにかむアイリは年相応に可愛らしいが魔術師としての才能を垣間見たクロトは密かに肝を抜かれていた。


 これまで魔術の詠唱を破棄して魔術名だけで魔術を発動する魔術師は何度も見たことがある。

 エミナも上級魔術と呼べる魔術を幾つも詠唱破棄して使うことが出来るのだ。

 だが、魔術師にとってそれは単なる通過点に過ぎない。

 一部の例外を除けば魔術師を目指す者のほとんどが自分に合った自分専用の魔術――『完全調和魔術』とも呼べる魔術を探す研究を始めるのだ。



 魔術師の魔力には色がある。

 それは適応性のある魔術を知る為の手がかりだ。

 もちろん他の魔術を使えないこともないが、適応性のある魔術と比べればその効果には明確な差がある。

 第一に詠唱の破棄が出来ない。

 第一に魔術の力を100%引き出すことが出来ない。


 だが、適応性のある相性のいい魔術ではその問題が一気に解消される。


 そして魔術師としての到達点こそが数ある魔術の中からたった一つの最も相性のいい魔術を扱えるようになること。


 それこそが完全調和と呼ばれる魔術だ。


 会得した魔術師の魔術は既存の魔術を超える力を引き出すことが出来ると言われている。

 詠唱破棄どころか魔術名すら無視して魔術を発動するだけではなく、その魔術の力を限界以上に引き出し、その力は別次元の魔術へと変貌する。

 まさにこの世に存在しない幻想魔術。

 この世の深淵にもっとも近い魔術師というわけだ。


 そしてアイリがレティシアに魔術の才能がないと言ったわけがここに存在する。


 星の数ほどある魔術のそのどれとも適応性がない『無色』にはどうあがいても魔術師の到達点に手を伸ばすことすら出来ない。

 だからこそ三流と忌み嫌われ続けてきていた。




「あ、でもでも!」


 アイリは否定するように手を振ると恥ずかしそうに頬を掻くと。


「クロ君の見立ては少し間違っているよ。私の魔術は強化じゃない」


 それに合わせるようにアイリから群青色の魔力が噴き出した。

 クロトは拳を握り、拳闘の構えをとる。


「私の魔術は――」


 全てを言い終える前に視界から消えたアイリは一瞬でクロトとの距離を殺す。


《完全武装術(パーフェクト・アーツ)》だ」






 ――直後。魔術師の到達点と言われる力が牙を剥いた。




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