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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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新任教師

「お、おはよう。二人とも」


 教壇の黒板を消していたノエルがクロトとレティシアの二人を出迎えた。

 息も絶え絶えで疲れ果てた二人にノエルは困惑しながらも駆け寄る。


「ど、どうしたの?」


 ぜいぜいと荒い呼吸をしながらクロトとレティシアは互いににらみ合った。


「どうしたも……」

「こうしたもないわ――この馬鹿が遅刻ギリギリで登校するのが悪いのよ」

「馬鹿を言うな。お前がちんたら歩いているのが悪い。全力を出す羽目になったのはお前のせいだ。ってかお前、足速くね?」

「うるさいわね、馬鹿クロト。魔力で強化すればこんなの造作もないわ」

「は? バッカじゃねぇの? なんの為の休みだと思ってんだよ? 魔術の負荷を解消する為の休みなのに魔力使うとか三流以下だぞ?」

「――また、三流って言ったわね? この最低魔術師! いつも人を馬鹿にして! それに今日からの魔術の使用は別に問題ないわよ! なに? ひがみ? 自分は魔力で強化出来ないからそんなこと言うんでしょ? それとも女の子に全速力が追いつかれたことが悔しいわけ?」

「は? そんなことないだろ? 悔しい? 馬鹿言うなよ。魔力を使ったならノーカンだ。ノーカン。それどころか魔力使っても一般人を追い越せないとか、お前こそ自分の才能を疑ったらどうだ?」

「い、いいいい、言っていいことと悪いことがあるでしょ? いいわ。あったま来た。外に出なさい。今度こそぎゃふんと言わせてやるわ!」

「あの……二人とも?」


 ケンカを始める二人にノエルは身振り手振りで仲裁に入ろうとするが、それでも二人のデットヒートを止めることは出来なかった。


「おお、上等だ。最低でも最強に勝てるってこと証明してやるよ! お前こそ後で泣いて謝るなよ!」

「そんなことするわけないでしょ! 私だってアンタの実力は知ってるわ。けどそれがなに? アンタはその実力に不釣り合いなほどヘタレじゃない!」

「へ、ヘタレだと……」

「ふ、二人とも、もう予鈴が……」


 すでに予鈴の鐘が鳴り他のクラスメイトは着席していた。

 ノエルは困り果てた表情を浮かべ、仲裁に入ろうと試みるが、その健気な努力すら泡に帰すほど二人の勢いは止まることはなかった。


「おーい。授業始めるぞー着席」


 そこで、間の抜けた挨拶をしながら一人の女性が扉を開けた。

 腰まで伸びた夜を思わせる黒い髪。

 そして黒真珠のような透き通った瞳に初雪のように白い肌。

 全身を隠す服もまた黒いドレスと黒が目立ち、また破壊的なまでにその姿が似合う女性は壇上で言い合う二人を見て足を止めた。

 そして――。


「なに、してくれているだ! この馬鹿ども!」


 容赦の一切がない鋭いゲンコツが言い合いをしていた二人の脳天を直撃した。


「あだっ!」

「いっ」


 クロトとレティシアは声にならないうめき声とともにその場に蹲る。

 女性は俯瞰した視線を向け、次に拳を握りながらノエルを睨み付けた。


「で? お前も一緒になって騒いでいた一人?」

「え、えっと、私は……」

「違うならさっさと席につけ。邪魔だ」

「は、はい」


 ノエルが自分の席に戻るのを確認した女性は未だに蹲る二人に引きつった笑みを浮かべた。


「どうした? そんなに力は込めていなかったはずだ? 立てるだろ?」

「……」

「……」


 クロトとレティシアは互いに押し黙る。

 一瞬交わった視線が全てを物語っていた。




 ――どうしよう……。




 互いにダラダラと冷や汗を滲ませ、死んだ魚の目をしていたのだ。

 無理もない。

 二人ともこの声に聞き覚えがあったのだ。

 そして、その声の主が怒らせてはいけない人間だと言うことも嫌と言うほど知っていた。


『あ、アンタさっき仕返ししてやるとか言ってたでしょ? 今がそのチャンスよ。なんとかしなさい!』

『お前、無理だって断言しませんでしたか? 無理無理! 絶対無理だって。俺、まだ死にたくない!』

『私だって――』


「二人ともこそこそ話している暇があるのか?」


 と、絶対零度にも似た囁きに二人は身をすくめる。

 おどおどと立ち上がった二人に女性――エミナ=アーネストは満面の笑みを浮かべた。


「よしよし。あと一秒でも起きるのが遅ければ、魔力で殴るところだったぞ」

「それ、シャレになってないだろ? っていうかなんでいるんだよ? エミナ」


 クロトが拗ねたように呟くとエミナは指先をクロトに向け、そこから光の硬球をクロトに向けて放った。


「グヘッ!」


 避ける余裕すらなく鳩尾に硬球が直撃したクロトは苦悶の声を上げその場に崩れ落ちた。

 レティシアは青ざめた表情でビクビクと震えるクロトを尻目に今にも泣きそうな目をしていた。


「あーそうだな」


 ポンとレティシアの肩に手が置かれた瞬間、条件反射のごとくレティシアは「ごめんなさい」と早口に言った。


「いや、いんだぞ。別に気にしてないさ。ただな――新任教師として着任するっていうのに、お前らが目立ち過ぎて私の存在感がなかっただろ? せっかくやる気のない美人教師とて花々とデビューしてやろうと思っていたのに……お前達のせいで地味な教師になってしまった――と思わなくもないが、別に気にしてないさ。たまには目立たないのもいいだろう」


(いえ、十分に目立ってます)


 と誰もが思っていることを突っ込むことすら出来ず、レティシアをはじめとしたクラスメイト全員がその暴君の圧政に飲み込まれていた。

 エミナはレティシアを壇上から優しく押しのけ、転がっていたクロトを蹴飛ばすと、コホンと咳払いして、壇上の中心に居座った。


「あー、挨拶が遅れたな。前任のマークが退職したせいで、今日からお前らヒヨッコの面倒を見ることになったエミナ=アーネストだ」


 一瞬にして騒然となる室内にレティシアはゴクリとツバを飲み込んだ。

 当然だ。

 この国の魔術師にとってエミナ=アーネストの存在は『クアトロ=オーウェン』に続く憧れの対象。

 そんな雲の上の人間が自ら教鞭を振うと言ったのだ。

 それもこのクラスの担任として。


「まあ、私のことを知っている生徒が大半だと思うが、先に言っておく。私はこれまで誰かに魔術を教えたことは一度もない。もっぱら破壊が専門だったからな」


 その言葉に生徒は一様に言葉を失った。

 エミナ=アーネストの話は尽きることがない。

 その中でもとりわけ有名なのが彼女の破壊行動だろう。

 今ではほとんど聞かなくなったが、五年ほど前より過去の彼女の爪痕は今なお深く刻み込まれているのだ。


「そんなに脅えるな。確かに教えるのは苦手だ。だからと言って放り出すわけにいかないからな。そこで強力な助っ人を用意してみた」

「助っ人、ですか?」


 ノエルがエミナの台詞を反復する。


「そうだ。私は何かを教えるのは苦手でな。教本を読めとしか言えない。実技にしてもそうだ。私はお前らに教えられるレベルの魔術は知らない。だからその点に関しては他の教師に頼んでいる。私が出来るのはこのクラスを受け持つこと。それが彼女を迎え入れる条件の一つだからだ――」

「彼女、ですか?」

「ああ。特別待遇で、他国から留学生を招くことにした。この国よりも魔術が盛んな国から来た優秀な生徒だ――さぁ、入ってこい」


 エミナの視線が教室の扉へと向けられる。

 クラスメイト一同がエミナの視線を追うようにその場所へと吸い寄せられ、緊張に似た雰囲気が満たす中、静かに扉が開けられた。

 凛とした佇まいで教室に足を踏み入れたのは比較的小柄な少女だ。

 学院指定の白を基調とした制服に赤い外套を身に纏っている。

 髪の色は水色に近い色で、瞳もサファイアの色をしていた。

 白い肌はミルクのようで手足は触れれば折れてしまいそうなほど華奢だ。

 だが、彼女の姿に目を奪われたのは決して彼女の容姿だけではない。

 その背に背負った身の丈ほどもある巨大な大剣。

 どう見ても振うことなど出来そうにない剣を携えていたことにクラスメイトは息を詰まらせたのだ。

 


 堂々とした足取りで少女はエミナの傍らへと向かう。

 その途中――。


「うわっ」


 少女が可愛らしい悲鳴を上げ、体勢を崩したのだ。

 見れば何かに躓いた様子だった。

 少女の足下を見たレティシアを含めた全員が苦い表情を浮かべる。

 少女は慌てた様子でその場を飛び退くと――。

 


「わっ! ゴメンね! 君、大丈夫?」


 踏みつけてしまったクロトに視線を下ろし、不思議そうに見つめたのだった――。


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