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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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待ち伏せ

「うわ……どうしたのよ、それ」


 出会い頭にレティシアは真っ黒焦げになったクロトの姿を見て数歩後ずさった。

 クロトは色濃く出た疲労感を隠すことなく盛大に肩を落とす。


「別に、なんでもねえよ」


 手紙を読み終えた後、クロトは必死になってエミナの仕掛けた魔術の解除に奔走した。

 結果は惨敗。

 無事だったエロ本という名のお宝は全体の一割にも満たない。

 クロトは目尻に涙を携え、途方に暮れる。

 燃やされたのは、まあ、仕方がない。

 事態を甘く見ていたクロトの失態だ。

 次はこの経験を活かしてもっと目立たないように隠せばいいだけの話。

 しかし……。


「はあ~」

「ちょっと、ため息なんてついてどうしたのよ?」


 レティシアは眉をハの字にして不快そうな表情を覗かせる。

 だが、今のクロトにはレティシアの気分なぞどうでもよかった。


「いや、問題が解決されなかったことにちょっとショックを」

「はあ? なによ、それ」


 今朝の爆発で犠牲になったのはクロトの隠したエロ本だけ。

 そう。

 あの山ほどあった課題は傷一つついてはいなかったのだ。

 あの爆発の中、無傷でいられたのは他でもない。

 エミナが魔術で結界を張っていたからだ。

 屋敷全体に張られた結界は、先日、屋敷が修繕されたのと同時にエミナが施したもの。

 効果は屋敷の凍結。

 簡単に言ってしまえば屋敷に使われた木材や備品の耐久年月とも呼べる寿命を停止させるものだ。

 氷の属性を持つ魔術の特性は『凍らせる』という実にシンプルなもの。

 だがそれ故に汎用性が高い。

 今回のように屋敷の時間を凍らせれば半永久的に存在し続け、氷の持つ硬度のせいで破壊することさえ難しくなる。

 すなわち、氷属性の魔術とは何かを封印、あるいは保持することに長けた魔術でもあるのだ。

 この応用はなにも無機物だけに限ったことではない。

 食物に使えば鮮度を維持したまま、長期間保存が出来るし、冷たい飲み物を作ることや気温調節に大いに活躍する。

 そういった便利性のおかげで大衆化された《インスタント魔術》の中でも氷属性の魔術はこの国では人気の一角を占めている。



 もっともその凍結能力は人体に使用した時にその真価を発揮する。

 人体凍結。

 氷属性だけに許された能力だ。

 人の体をその当時のまま長期に渡って保存する力。

 しかも凍らされている間は仮死状態のようなもので、その能力が解けると自然に目を覚ます――。

 理論上では可能なコールドスリープと呼べる魔術。

 命や魔力の放出を止め、遠い未来で目を覚ますことの出来る奇蹟。

 だが――。

 そんな魔術が存在しないことをクロトは知っていた。

 人間の体を眠ったように凍結させることは可能だ。

 だが、命は凍っても魂まではそうはいかない。


 かつて一瞬ではあるがクロトは氷の中に閉じ込められたことがある。

 あの時はなんとか助かったが、それでも凍結された状態に限りなく近い状態になっていたことは事実だ。

 その経験を踏まえて言えば、人を凍結させて未来まで眠らせ続けることは出来ない。

 凍結能力の最大の欠点は意識まで完全に消し去れないことだ。

 凍結されて、目も見ない口も動かせない、なに聞こえない、臭わない。

 凍った網膜に映るのはただの闇で、眠りながらその無の闇と向かい合うことになる。

 その永劫とも呼べる闇の前に人は肉体よりも先に魂を殺してしまう。

 だからこそコールドスリープは机上の空論に過ぎない。


 物に使えば最高の高度と耐久性を与え、人に使えば無限の地獄と死を与える――それが凍結の特性。


 そんな魔術で施された屋敷はちっぽけな爆発で揺らぐことなく結果として犠牲になったのが一時的に結界から外されたクロトの自室とエロ本だけ。

 学院の私物は結界に守られ、何一つ傷ついてはいなかった。


 どうせなら部屋も結界の中に入れて欲しかったが、そうなればクロトの罰にならないとエミナは考えたのだろう。

 なんという余計なお節介だ。

 クロトの秘蔵のコレクションが燃やされた時点でもう十分過ぎるほど罰は受けているではないか。

 それ以上はもはや罰というか拷問だ。


「ちょっと、なに黙り込んでいるのよ?」

「ん? いや悪い。ちょっとエミナにどう仕返ししてやるか真剣に考えていてだな」

「無理に決まってるでしょ。馬鹿じゃないの」

「……」


 呆れた仕草で断言され、クロトは言葉を詰まらせた。

 先の事件でレティシアはクロトの保護者であるエミナがあの『氷黒の魔女』エミナ=アーネストであることを知ってしまった。

 いかにクロトが『開闢の魔術師』としての記憶を持っていたところで普段はランクEの最低編の魔術師――というか魔術師を語ったただの一般人だ。

 どうあがこうとエミナに一杯食わせることなど出来ないと思ったのだろう。

 実際、その通りではあるし、これが単なる妄言であることはクロト自身が重々承知していた。

 だが、思わずにはいられなかった。

 それほどまでに今朝の悪行はクロトの心にどす黒い闇を残していたのだ。


「ほら、馬鹿なこと言ってないで学院に急ぐわよ。もう遅刻ギリギリじゃない」

「そういえば、なんでお前、こんな場所で待ち伏せしていたわけ?」

「え?」


 その問いかけにレティシアの肩がビクリと震えた。

 クロトとレティシアが出会ったのは学院への通学路。その中でもレティシアの家とクロトの住む屋敷へと分岐する別れ道だった。

 当然のように出くわしたが、考えてみると少し不自然だ。

 屋敷を出た時間はかなりギリギリだった記憶がある。

 ここまでは全力とは言わないまでも走ってきたのだ。

 だからこそ、こんな時間に誰かと遭遇する――それがあの真面目なレティシアともなれば誰だって疑問に思うだろう。


「いや、待ち伏せしてただろ?」


 聞き返されたのでもう一度同じ内容を口にする。

 レティシアは挙動不審な仕草をして、


「偶然よ。偶然っ」


 とまくし立てた。


「――」


 そんなわけはない。

 と、当然思っているが、追求するとなにを言い出すか分からないと言うのが正直な本音だった。

 先の事件で正体がバレたのはなにもエミナだけではない。

 クロトの隠された秘密――クアトロ=オーウェンとしての記憶があることをレティシアには知られてしまっている。

 まだ本人から直接問いただされたことはないが、恐らく聞きたいことは山ほどあるだろう。

 なにせ生きた伝説から直接話を聞ける絶好の機会でもあるし、同時にこう思っているはずだ。



 なぜ――転生したのか?


 

 恐らく一番聞きたい内容はその一点だろう。

 だが、こればかりは――言うわけにはいかない。

 いや、正確には言えない。といった方が正しい。

 転生の魔術は本来存在しない魔術だ。

 誰かを蘇させる魔術が存在しないのと同じく、誰かの魂を転生させる魔術は存在しないのだ。

 だからこそ、クロトも明確な答えを持っているわけではない。

 ただいくつかの仮説を持っているだけで確証はなかった。

 だからこそ、互いに質問攻めになって無駄な時間を労するよりは早々に話を切り上げた方が無難だった。


 ――もっともそれもただの言い分けなのかもしれない。

 本当はただ避けたいだけなのかもしれないのだ。

 あの時の告白を。その思いに返事を出すことを――。


「そうか。なら、急ぐか」

「え? え、ええ。そうね」


 まさか納得されるとは思ってもいなかったのだろう。

 レティシアは泡を食った返事をしながら歩き出したクロトの背中を追いかける。


「――ねえ、本当になにも聞かないの?」

「ん? 何か喋りたいことでもあるのか?」

「――っ。ないわよ。アンタと喋ることなんてなにも! ただ、この休みの間、ほとんど連絡してこなかったのはどういうわけかって問いただしてやろうとしていただけよ!」

「え? なんで休みの日までお前と会わないといけないんだよ?」

「――っ! この馬鹿! アホ! 最低! パートナーなんだから休みでも会うものなのよ! 次からは気をつけなさい! だいたい、アンタには私のパートナーっていう自覚が――」

「あー、はいはい。わかったから、急ごうぜ」


 余計な地雷を踏んだとばかりに渋面を覗かせながらクロトは説教を始めるレティシアの背中を促すのだった――。


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