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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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魔術師が抱える爆弾

 今日、この日が夢であって欲しいと願わなかった日はなかった。

 一ヶ月。

 そうたった一ヶ月だけだった。

 クロトが自由を謳歌出来たのは。


「うぅ……行きたくねぇ……」


 布団の中に顔を埋め、クロトは呻くようにその一言を発した。


 一ヶ月に及ぶ長期休暇も昨日で終わりを迎え、今日から新学期。

 魔術師の卵である学院生たちの大半は学院が始まることを心待ちにしていることだろう。

 なにせ、学院に通う生徒全員が休みは不要だと言わんばかりに魔術を勉強したいと思っているのだ。

 全てはこの国に伝わる開闢の英雄『クアトロ=オーウェン』に憧れて、

 彼のようになりたいと夢見ているからに他ならない。

 そんなのは、当事者にとってみればただのいい迷惑だ。

 クアトロのしでかしたことを前世の記憶として明確に覚えているクロトにしてみればあんな男に理想を抱くこと自体が不可能だ。

 夢を追い求めるなら別のにしてくれと言いたい気分でクロトは窓から差し込む日光を睨み付ける。


「さて、問題は……」


 どうこの屋敷の主を丸め込むか……。

 その一点に尽きる。

 新学期ともなると絶対にこの屋敷の主である魔術師エミナ=アーネストが黙ってはいない。

 あの手この手でクロトを部屋から叩き出し、無理矢理にでも連れて行こうとするだろう。

 実際にそういった前科がある手前、クロトは油断なく部屋の扉を見据えた。


 目的は夏期休暇の実質的な延長。

 その為にクロトが選んだ手段は『仮病』だ。


 エミナが部屋に入ってきた瞬間に咳き込み、懐に忍ばせた赤い粘着質の液体を口元に垂らすことで重病を装う。


 一日、二日でも休めればそれでいい。


(その間に……)


 クロトは机の端に積まれた本の山に意識を向ける。

 何冊にも積み上げられた本が一山築いていた。

 その全てはこの休みに学院側から出された課題だ。


 クロトはこの休みの間、一度たりともその本に手をつけることがなかった。

 なぜかと聞かれれば、もちろん面倒だからだ。


 なぜ休みにまで勉強をする必要があるのか?

 休みなのだから休ませろ。

 と声を大にして言いたい。

 そもそもこの長期休暇は学院生の魔術適応を考慮して組まれたれっきとしたカリキュラムの一つで、課題など本来は不要なはずなのだ。



 このカリキュラムの実施にはいくつかの理由がある。



 一年生は初めて触れた魔術の負荷を和らげる為に。

 二年生は新たに習得した詠唱魔術を安定させる為に。

 そして三年生は魔力の適正に応じた魔術を模索する為に。

 最高学年の四年生は卒業後の進路を明確にする為に。


 それぞれの学年に理由があって設けられたのがこの長期休暇だ。

 

 そしてこの期間の間は魔術の使用は禁止。

 それもこのカリキュラムに組まれた内容の一つ。

 理由は――この時期の魔術行使が危険過ぎるから。



 どんな一流の魔術師でも一時的に魔術が一切使えなくなる時期が存在する。

 その原因は魔術の使い過ぎによる生命力の摩耗だ。ストレスと言い換えてもいい。


 魔術の発動に必要な魔力は生命エネルギーを魔力に変換したもの。

 その魔力を動力として魔術は発動している。


 本来、魔術によって消費された魔力は睡眠や食事をとることによって回復するものだ。

 だが、目に見えない形で魔術による影響は体を蝕んでいく。

 それは魔術師ならば誰もが抱える爆弾のようなものだ。

 魔術を使えば使うほど確実に導火線は短くなり、そしてそう遠くない内に過剰負荷となって爆発する。

 そうなれば下手をすれば生命エネルギーを魔力に変える回路が破壊され、二度と魔術を使えなくなってしまう恐れがある。

 


 言わばこの長期休暇はその魔術負荷――要する魔術ストレスを解消する期間というわけだ。


 仮にエミナほどの一流の魔術師なら魔術を丸一日使わないだけでその負荷はほとんど取り除けるだろうが、学院生たちは話が別だ。

 魔術に不慣れであまりにも導火線が短すぎる。

 だからこそ入念に魔術負荷を解消する時間が必要だった。


 もっともその期間も一ヶ月もあれば十分で、学院生たちは今か今かと学院が始まるのを心待ちにしている。




 ――この大量の課題を終わらして。



「っていうか無理だろ! これだけの本を一ヶ月で読破するなんて……どんだけ暇人なんだよ……」


 この期間中の魔術は使用が禁止なだけであって勉強するのは別だ。

 本を読む、魔術式を覚える。そういった課題は大量に渡されていた。

 魔術は使えないがその間に名一杯勉強して遅れを取り戻せ。そう言われているような気がしてならない。


「まあ、クアトロとしての記憶があればこの程度どうってこともないだろうけど……」


 過去の知識をずる賢く使う算段を立てながらクロトは最大の難関を思い浮かべる。


『自由課題』


 それこそが過去の知識を使っても解決出来ない難問だった。

 なんなんだ自由って? アバウトすぎるだろ……。


 自由にとは言われているが、要は魔術師の自由な考察だ。

 ただの絵日記とはわけが違う。

 というか、もし絵日記など書いてしまえば、あの金髪ツンデレに何を言われるか分かったものじゃない。

 クドクドと説教を受けるよりかはまともな推考でもした方がいくらかマシだという結論に辿り着いたのが昨日の晩だ。

 そしてその結論に辿り着くのがあまりにも遅すぎた。


 テーマが一つもない状況では何も書けない。

 だからこそ、クロトは苦肉の策として『仮病』という最終手段に踏み切ることにしたわけだが……。


「そういえば――エミナのやつ遅いな……」


 もうとっくに起こしに来てもいい時間は過ぎていた。

 それなのに扉が開く気配は一向にない。


「もしかして……寝坊か? ふっ、まったくなってねぇな」


 自分のことを完全に棚に上げてほくそ笑むクロト。

 起こしに来ないならばと、二度寝をすることに決めた矢先――。


 ドーン――……。


 と、唐突に屋敷が破壊音とともに揺れだした。


「な、なんだ!?」


 あまりにも突然の出来事に跳ね起きた瞬間、今度はクロトのベッドが小規模な爆発を起こす。


「ぎゃあああああ!」


 なんとも情けない声を上げながら自室から吹き飛ばされたクロトは廊下に勢いよく顔を打ち付けた。

 涙目になって鼻を押さえながら立ち上がると、瓦礫の惨状となった自室に言葉を失った。


 どう見ても故意的に破壊されたであろう惨状にわなわなと肩を振わせる。


 依然として爆発は収まることなく、その破壊音を耳にしながらヒラリと爆風に乗って飛んできた一枚の紙切れがクロトの目にとまる。

 その紙には――。


『オッハヨー! 愛しのクロトちゃん 今日は直接起こしてあげられないからモーニングコールを用意してみたわ! 私の愛にバッチリ目は覚めたかしら? 今日も一日学院頑張ってね! ア・ナ・タ 

 追伸――

 お前が屋敷中に隠していた本は今日焼却に出すことに決めた。清々しい朝が迎えられて私は満足だ』


 と、見慣れた筆跡でそう書かれていた。

 三十路近い女性が書く文章か? と突っ込みたい内容が山々だが、クロトは追伸の内容に目が縫い付けられていた。


(俺が……屋敷に隠して……いた本、だと……)

 そんなのは決まっている。

 エミナに秘密でこっそり隠した数々のコレクションのことだろう。

 それは毎夜一緒に過ごしてきたメモリーの一つでどれもかけがえのない宝物だ。

 それが今――。

 燃えていた。

 大きな爆発音を立てて無残にも目の前で散っていく。


 クロトは紙切れ同然のそれに手を伸ばすと、抱きしめるようにそっと包んだ。

 そして――。


「もう、十分だろ? これ以上は……これ、以上は、止めてくれえええええええ!」


 一筋の涙を流し、魂の雄叫びをあげ続けたのだった――。


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