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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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暗躍する光

「――見つかったか?」


 見る限り廃墟同然の一室で一人の男が呟く。


「……たぶん」


 男の声に応えたのはその近くで膝を曲げて瓦礫を押しのけていた少女だった。

 男の身長が一八〇センチほどだとすればその少女は一四〇センチ半ばだろうか。

 年の離れた兄弟ほどの身長差がある二人の外見は対極をなすものだ。

 男の髪は闇のように黒く、引き締まった体は控えめに見ても武術に長けた印象を与える。瞳の色は黄金色に近い色をしていた。

 一方、少女の方は腰まで届きそうな白銀の髪と抱けば折れてしまいそうなほど華奢な体つき。瞳の色は翡翠。

 二人の共通点といえば、その身につけた白い外套くらいだ。

 もっとも、その外套ですら男性はキッチリと着こなし、乱れがないのに比べ、少女の方は外套のボタンを閉め忘れたのか、黒いシャツが外套の下から覗いていた。


「それが、お前の言っていた痕跡か?」


 男性は目を細めて少女が手にしていたそれを見た。


「うん。たぶん……」


 曖昧に答える少女は確証が持てないのか、歯切れが悪そうに呟く。

 少女が手にしていたのは――。



 人間の片腕だった。



「珍しいな。お前が迷うなんて」


 男はその片腕から視線を外すことなく意外そうな表情を見せる。

 目の前の少女の口調はどこか気の抜けたしゃべり方が特徴だが、その言葉とは逆に彼女の言動にはいつも確信に基づくものがあった。

 だが、今回に限ってはそれがなかったのだ。

 男が驚くのも無理はなかった。


「うん。この腕がクアトロ=オーウェンの腕なのは確か。だからこそ疑問が残る」

「疑問?」

「そう。誰がクアトロに『死淵転生』を使ったのか……それが分からない」

「……マークという男ではないのか?」

「違う。その男はこの場所に魔術式を描いただけ。誰が術式の生贄に捧げられたのかが分からない」


 思案する少女を尻目に男も『死淵転生』の発動条件を思い浮かべた。

 術式の発動に必要な触媒は生前の魔力を上回る魔力を持った人間の命だ。


 この片腕の持ち主であるクアトロ=オーウェンは人間の中ではトップクラスの――最大魔力の持ち主だったはず。

 その彼を復活させるほどの人間が本当に実在するのか……。


 白銀の少女が考えているのはまさにその一点だけだろう。

 現にこうしてこの国全土に魔力探知を広げても大きな反応は一つだけ。

 その一つも精々ランクA止まりだ。

 理論的に不可能。

 だからこその疑問。


「そうだな。理論的に考えると実現は不可能だ。そもそもこの魔術にはメリットがない。それほどの魔力があるなら生贄に捧げるのではなくさらなる教育を施すべきだ」

「そう。『死淵転生』は復活させる人形より強い人間を容易する必要がある。そんなのは損以外の何ものでもない。復活させたところで生前の力が使えるわけでもないし、本当に人間のやることは無駄なことばかり……」


 プラプラとその片腕を振りながら退屈そうに少女は言った。

 何百年と生きた少女にしてみればまさに人間の行いなど愚行そのものだろう。

 人間の行いは無駄で無価値。

 男もその考えには同意見だった。

 ただ無為に時間を使い、生み出したものは人間以外を死に追いやるものばかり。

 己のことしか考えない野蛮で無力な存在。

 もし、人間に使い道がなければとっくに他の種族に滅ぼされていたはずだ。

 そう思うとこの銀髪の少女が背負っていた使命にも同情の余地があり、その使命を投げ出した少女を咎めることは誰にも出来ない。


「そうだな。全てが終われば滅ぼせばいい。所詮人間にはその程度の価値しかない」

「同感。けど、そのピースが見つからない。見つけたと思ったらすぐに死んだ」

「……クアトロ=オーウェンか」


 忌々しく男が呟く。

 目の前の少女が何百という年月を経てようやく見つけた希望。

 だが、その希望でさえ、見つけた矢先に死んでしまった。

 寿命でも殺害でもなく自害。

 その男の末路だ。

 何を思って自ら命を絶ったのかもはや知る術はない。

 いや、そもそも自害という行動を取れるのが人間だけなのだとしたら、この二人に知る術は元からなかったのかもしれないが。


「けど……可能性はまだある。希望は潰えていない」

「そうだな」


 少女の手にある片腕がまさにその希望の欠片だ。

 クアトロ=オーウェンの肉体を復活させることの出来る高魔力の持ち主は確かに存在している。

 それこそが彼らに残された最後の希望だ。

 だが、そうなれば。


「人間どもが巧妙に隠してはいるがな」


 男はそう付け加えた。

 魔力を探知しても発見出来ないと言うことはその人間には魔力の出力を抑える封印のような何かが施されている可能性がある。

 ならば、どうにかしてその隠された存在をあぶり出す必要があるわけだが……。


「うん。だからお願いがある」

「お願い……か」


 聞き返した男に少女は無言でコクリと頷いた。


「おびき出すには餌が必要。高い魔力を持った破壊衝動が欲しい」

「簡単に言うな。この国の高魔力は『氷黒の魔女』だけだ」

「違う。もう一つある。それとこの腕があればきっとおびき出せる。だから――」


 少女が手にした片腕に刻まれた魔術式を見て男は少女が言わんとしていることを理解した。


「…………要するに連れてくればいいんだな?」

「うん。さすが。話が速い」


 少女は無表情で拍手をする。

 少女を尻目に男はもう一度魔力の探知を行った。

 ――確かに巨大な魔力は『氷黒の魔女』だけだ。

 だが、生者という枠組みを取り除けば反応は三つに増える。

 一つは少女の持つ片腕に宿った魔力。

 そして――ここから離れた場所にももう一つ魔力の反応があった。


「座標は確認した。だが、確実に捕らえる為に少し時間をもらうことになる」

「いいよ。連れてきてくれるならそれで」

「そうか。なら、ここはもう用済みだ。守護結界を解いて帰還するぞ」

「うん。分かった」


 少女が両手をかかげたと同時、少女の目の前に白銀の魔術式が浮かび上がった。

 その魔術が二人の存在をこの世界から隠蔽していた《守護結界》だ。

 神に仕え、人間を守護する役目を背負った『天使』にだけ使える天界魔術。

 堕天したとはいえ、彼女の使うその魔術はまさに神秘の輝きを放っていた。


「さ、帰ろ」


 魔術を解除した少女は退屈そうな表情を浮かべて男の裾を掴んだ。


「そうだな」


 男は少女の手を握りしめると《転移魔術》を発動させ、この場に来た時と同じように忽然と姿を消したのだった――。


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