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否定の先へ

 凍り付いた森の中で、エミナのはく白い息だけがその世界で唯一動いていたものだ。

 草木も虫も全てが一瞬で凍り付いた。

 きっと彼らは自分が凍ったことにすら気付いてはいないだろう。

 そう思わせるほど鮮やかに凍結した世界でエミナは一人愚痴る。


「安心しろ。死んではいない」


 その呟きに答える声はない。

 けれどエミナはこの広間の中心で凍り付いた少年に向かって冷え切った視線を向けながら確かにそう口にした。


「お前が本当にクアトロならこの程度で死ぬはずがないからな」


 驚きの表情を見せたまま凍り付いたクロトに向けてエミナは淡々と口を動かした。

 エミナが使った魔術は氷の世界を創る魔術だ。

 その世界ではエミナは自由自在に氷を操ることが出来る。

 大気を凍らせることも人を生きたまま氷の中に閉じ込めることも造作もない。

 この世界が続く限り、氷の世界はエミナの意思に背くことはない。

 それが世界侵食魔術と呼ばれるこの魔術の最大の特徴だ。

 禁呪と呼ばれる魔術すら超える人の人知を凌駕した魔術――――幻想魔術と呼ばれ歴史にすら存在しない神々だけが扱える魔術。

 エミナはその幻想魔術の一つである《ヒョウカイ》をまさしく極めたと言っていい。

 人が一度その魔術を使おうとするなら、術式を描くのに一年を要し、詠唱の場合でも一時も寝ることも休むこともなく三ヶ月にも及ぶ詠唱を行う必要がある。

 まさしく人の身には有り余る魔術。

 けれど、エミナはそれを魔術名だけで発動させることが出来るのだ。


『詠唱破棄』と呼ばれる魔術行使が存在する。


 それは魔術式を描くことも詠唱すらも必要しない魔術行使だ。

 使用する魔術の本質を見極め、その上でその魔術との適正が高くないと扱うことが不可能な技能。


 クアトロ=オーウェンでは辿り着けなかったその領域にエミナはこの十年以上の歳月で辿り着いてみせた。


(もっとも威力や精度はガタ落ちだけど……)


 エミナは《ヒョウカイ》の出来映えに不満げな表情をちらつかせる。

 その効果の範囲は発動場所を中心に半径百メートル程度。

 魔術の維持時間もエミナの魔力に比例するのでもって十分程度だろうか。

 魔術詠唱した《ヒョウカイ》に比べればその差はきっと歴然としたものだろう。


(まぁ、どうでもいいか。そんなこと……)


 確かに精度こそ劣るものはあるかもしれないが今までこの魔術で殺せなかった存在はいない。

 その実績さえあれば劣化魔術であろうと問題はなかった。


「さて……」


 エミナは空中に十にも及ぶ氷で出来た剣を創るとその切っ先を凍り付いたクロトに向ける。

 本当にこの少年があのクアトロ=オーウェンなのか疑問は尽きない。

 だが――。


「あいつの名前を口にしたんだ。こうなる覚悟はしてたんだろ?」


 自虐じみた笑みを浮かべ、エミナはその氷像を破壊するために空中に浮かんだ氷剣を解き放つ――。


 その寸前。


 クロトを覆っていた氷に無数の亀裂が生じた。

 まるで内部からの振動に耐えきれなくなったかのように氷が砕け、その破片が投擲した剣とぶつかりあった。

 八本に及ぶ氷剣が氷塊とぶつかった衝撃で砕け散り、残った二本がクロトの心臓と頭に向かって飛んでいく。

 だが――。

 その二本の氷剣ですら、クロトが懐から取り出した何かによって砕け散った。



 クロトが手にしていたのは二本の柄。

 その内の一本からは高密度の魔力が刀身の姿となって柄から伸びていた。

《光剣》とも呼べるその魔術剣は圧縮された魔力のエネルギーが熱となってエミナの氷の世界を溶かしていく。

 ブン――と音を鳴らしてクロトは中段で剣を構えた。

 その構えは有り体に言って隙だらけで一目見て剣を握った経験が少ないことを物語っている。

 けれど、クロトの勝利を疑わない視線。エミナを見つめる鋭い眼差しにゴクリと息を呑んだ。


(何を怖じけついている? 呑まれるな!)


 自身の弱気な心を叱咤してエミナはさらに氷剣を創り上げる。

 その数は二十。

 クロトを囲むように全方位に展開した氷剣の群れに隙はない。


「なるほど、運だけはあるみたいだな。その魔導器の性能に助けられたってわけか」

「……まあ、そうだな。ぶっちゃけお前が詠唱破棄出来るなんて予想もしてなかったからこいつを起動しておいて助かったぜ。それにこの魔術は《ヒョウカイ》だな? 俺も目にするのは初めてだけど、まさかこいつの詠唱を無視出来るようになってるとはな」

「……ッ」


 その動揺を悟られないようにエミナは唇を噛みしめた。

 幻想魔術《ヒョウカイ》はクアトロ=オーウェンから魔術式だけを教わった物だ。

 エミナとクアトロが出会ってちょうど一年目。

 記憶がなかったエミナが勝手にその日を誕生日と決めた日の晩にクアトロから贈られた魔術。


『コイツを自由に使いこなせれば俺を超えるかもな』

『本当!?』


 そう言われて渡された記憶が蘇る。

 それは目の前の少年も同じだったのか、懐かしい表情を浮かべながら、けれど挑発めいた笑みを浮かべていた。


「まだ、俺を超えさせるわけにはいかないな」

「――――なんで……」


 その一言が少年の妄言が真実だとエミナに知らしめた。

 わき上がった言葉では言い表せない感情がエミナの思考を塗りつぶしていく。


 ――ああ。

 ――ああ、ようやく。

 ようやくだ。

 ようやくこの魔術を存分に振るう相手が――。

 十年以上ため込んできた感情を爆発させる相手が――。



 見つかった。




「なんで――生きていたッ!?」


 エミナの叫びに呼応して二十の剣が一斉に発射される。

 四方を取り囲んだ隙間のない攻撃。

 避けることも防ぐことも出来るはずがない。

 けれど――。


「う、おおおおおおおお!」


 クロトは片手に持った剣を振るい、まずは正面の二本を叩き落とした。

 その間隙に飛び込むように体を移動させ、背後の四本を叩き落とすとすぐさま跳躍。

 その直後、ズガガガッ――と五本の剣が地面に甲高い音を響かせて突き刺さる。

 クロトは剣を振り下ろしてその五本の剣をたたき壊すとその氷塊でさらに五本の剣をはじき飛ばした。

 残る四本を体を回転させながら剣を振るい残らず叩き潰すと、エミナとの間合いを詰めようと走り出す。


(――まだッ!)


 二十本の氷剣を全て避けられた衝撃から素早く抜け出し、エミナは正面に二本の剣を創るとクロトに向かって投げ飛ばす。

 横一線に振るった剣がエミナの氷剣を容易く砕いていく。


 けど――。



 それも予想の上だ。


 本命はクロトの背後。

 死角となる場所に同時に生成した氷槍。



 エミナはその武器を迷うことなくクロトの背中に向けて解き放った。

 完璧な一撃。速度も威力も申し分ない。

 今更気付いたところで防ぐことなど――。


「――な!?」


 エミナの勝利への確信はその光景を前に砕け散った。


 目の前に先端から破壊された氷槍が無残に散っていく。

 そして、その一撃を振り向きもせずに振り払ったクロトが上段からエミナに斬りかかろうとしていたのだ。


 エミナは動揺しながらも咄嗟に分厚い氷の盾を剣の間に生成する。

 ガキンという金属音が耳元で聞こえ、同時に氷の盾を焼く煙が視界を染める。


「俺が生き繋いだ理由か……」


 そんな危機的な状況でありながらも目の前のクロトいう少年の声だけが鮮明に聞こえた。

 一言も聞き逃さないようにほとんど意識せず全神経を彼の声に集約させていく。


「色々考えた。なんでまだ生きてるのかって……何か理由があるのかって……俺に何が出来るのか……まだ、全部見つかったわけじゃない。けど――」


 クロトはエミナを盾ごとはじき飛ばすと、その切っ先をエミナに向け――。


「俺は――俺がお前に与えた全てを否定してやる。エミナ=アーネスト!」


 そう口にした。


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