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思い出との邂逅

「そういえば……」


 薄暗い森の中を歩きながらエミナは前を歩く少年に口を開く。


「ん? なんだよ?」


 売り言葉に買い言葉で勢いに任せて店を飛び出したエミナはこの時まで一言も喋ることがなかった。

 少年は訝しい表情を浮かべ足を止める。


「まだ、お前の名前と私に会いに来た理由を聞いていないだろ?」

「そうだっけか?」

「……そうだよ」


 なぜ二人っきりでこんな森の中を歩くことになったのか――。

 それもこれも目の前の少年がエミナを――エミナの中に眠るクアトロ=オーウェンとの思い出に土足で踏み込んで来たからに他ならない。

 あの場で怒りにまかせてこの少年を吊し上げることは造作もなかった。けれどそうしなかったのは単に酒場や店主に迷惑をかけるからだ。

 それに、好き好んでこんな国の辺境にある森の中まで足を運ぶ理由がエミナにはなかった。



 だからこそ、脇目も振らずこの森に足を踏み入れた少年にその理由があると踏んでいるのだが……。


「そうだな……クロト。クロト=エルヴェイトだ」


 逡巡するように言葉を詰まらせた後、少年――クロトは躊躇いがちにそう名乗った。


「クロト……」


 エミナは噛みしめながらその名を口にする。

 クロト……。

 クロト……………。

 やはりその名前に聞き覚えがなかった。

 クロトはどこかで顔を合わせていたような口ぶりでエミナに接してきたが、その名前を聞いた今でもエミナはクロトの存在を思い出すことが出来ずにいたのだ。


「私たちは……初対面だよな?」

「……そうだな。初対面だよ」


 どこか歯切れが悪そうに言うクロトにエミナは訝しい視線を向けた。

 その表情はクロトの言い分を何一つとして信じていない顔だ。

 何か裏がある。

 再び歩き出したクロトを観察するためにエミナは僅かばかり視力に魔力を巡らせた。




 魔力を纏うことは魔術に対する抵抗力を上げる以外に様々な応用が効く。

 その一つが身体強化だ。

 有り体に言えば体力や筋力、視力、聴力、嗅覚などの感覚を強化出来る。

 エミナが巡らせたごく少量の魔力が視力を底上げした。

 黒真珠のような黒い瞳がエミナの青白い魔力に影響され青みがかる。

 外見の変化はその程度だが、エミナの瞳に映る光景は一変した。

 まず地面からは光の粒となって魔力の粒子が絶え間なく舞っている。

 さらに空気の流れすら瞳に映り、目の前を歩くクロトの姿もより鮮明になった。

 髪の毛一本一本に筋肉や臓器の動き、脈拍に呼吸。

 視界に映る情報を統合し、未来の動きさえ予測する未来視へと変化したエミナの視界の前ではたとえ服を着ていようと丸裸同然だ。



(所持品は……二本の棒っきれくらいか……)


 エミナの視界に映ったクロトの懐には剣の柄に似た何かが見えた。

 だが、それを剣と断じてしまうにはその刀身となる物が見当たらない。

 武器――と判断するには情報が少なすぎる。



 次にエミナが見たのはクロトの魔力量だった。

 空気の流れすら見分けられる瞳には本来、魔力を纏わない限りは不可視である潜在魔力を見ることすら出来る。

 エミナの視界には地面からは黄金に輝く光の粒が舞い、それは言い換えれば黄金の草原とも言えるだろう。

 この星に魔力が満ちあふれている証拠で、エミナはその黄金の魔力に一瞬目を奪われる。

 そして肝心のクロトの魔力を見るためにその背中を食い入るように見つめた。


「――なっ……」


 その結果、エミナの口から漏れたのは驚きに満ちた絶句だった。

 今までエミナは数多くの人間の中に眠る潜在魔力を見てきた。

 大抵の人間はランクE――つまり、魔術を扱えるほどの魔力を持たない人間ばかりだ。

 中にはランクがBに届く人間もいた。

 そしてそれよりも上――ランクAの人間も数人だが知っている。

 だが――。


(これは……)


 エミナは自分の目を疑いそうになりながらもクロトの背中をジッと見つめ続けた。

 けれど、どれほど見つめようとその姿に変化はない。

 エミナは肩の力を抜きながら、今見た情報を整理する。


(つまり……魔力ゼロってこと?)


 そう判断せざるを得ない。

 エミナの視界にはクロトから一切の魔力を見ることが出来なかった。

 けれどそれは――ありえないことだ。

 本来であればどれほど魔力が低くても生きている限りはごく少量でも魔力を放出している。

 その小さな粒ですら感じられないのはクロトの魔力が予想以上に小さいか、あるいは本当に魔力を持っていないかだ。


(けど、そんなことが……)


 本当に起こりえるのか。


「気は済んだか?」

「――っ」


 気付けばクロトはその足を止め、エミナに振り返っていた。

 そのことに気がつけず、エミナは至近距離からクロトと向かい合う。

 思わず心臓は飛び跳ね、冷や汗がにじみ出る。


「…………どういう意味だ?」


 落ち着きを取り戻したエミナは押し殺した声でそう呟く。


「見てたんだろ? 瞳が青くなってたってことは視力強化だな。強化した箇所に魔力の痕跡が残るのはお前の悪い癖だぞ。つってもそのおかげで今回は気付けたんだがな」

「お前……」


 悪い癖。

 エミナにそう評した男は後にも先にも一人だけだ。

 クロトは周囲に目向けながら呟いた。


「視力強化の弱点っていうのかな、普段見えている物が見えなくなる時があるんだよ」

「何が言いたい?」

「お前、ここがどこかも分かってないだろ。強化を解いて確認しろって言ってんだ」


 エミナは一瞬驚いた表情を浮かべ、クロトに言われた通り視力強化を解除した。



 黄金の草原はただの草木へと変わり、空気の流れも見えなくなり、視界に日常が戻る。

 その瞬間――。


 エミナはその光景に息を呑んだ。


 踏みならされた草木に太い幹に大きく空いた風穴。

 その周辺には根元から折れた木々も多くあり、この場所だけがこの森の中で開けた場所となっていた。

 加えて――。

 地面に這うようにして描かれたのはまだ拙さが残る魔術式。

 大地の魔力を源に発動するこの魔術は人避けの魔術だ。

 この術式を認知しない限りは誰もこの場所に足を踏み入れることは出来ない。



 当然、エミナにはこの場所に見覚えがあった。

 秘密の特訓場所。

 そう銘打ってこの場所を陣取ったのは今から十年以上前の話だ。

 本来であればこの場所を知るのは今ではもうエミナ一人のはずだ。

 それなのに、なぜ――。


「お前、本当に何者なんだ?」


 乾いた声で呟いたのはこれまで幾度となく口にしてきた問いかけだ。

 けれど、今の言葉には今まで以上の怒りに満ちたものだった。

 クロトは少し考えを巡らせてから口を開く。


「あの酒場で本当のことを言っても絶対に伝わらないって思ってた」

「なに?」

「俺自身、まだ信じられてないんだ。なにせ聞いたことすらないからな……俺がお前ならまず笑い飛ばして門前払いってところだ」


 クロトの話を全く理解出来ずエミナは眉をひそめる。


「だから確証に足る証拠を見せることが重要だって思ったんだ。お前の癖にそしてこの場所――クアトロ=オーウェンにしか知り得ない情報を――」

「――ッ!」

 

 警戒心を募らせながらエミナはいつでも魔術を発動出来るように魔力を練り始めた。

 その間、一時もクロトの話を聞き漏らすことなく、その瞳から表情が消えて行く。


「今なら信じられるだろ?」


 クロトが何を言おうとしているのかエミナには確信めいたものがあった。

 そしてそれを口にされて冷静でいられる保証がないことも――。

 そして――。


「俺は――――クアトロ=オーウェンだ」



「――《ヒョウカイ》」



 その名を口に出された瞬間、クロトを殺さずにはいられないことも――。




 エミナが魔術の名前を口に出した瞬間、エミナを中心に波紋が広がるように周囲が一瞬で凍てついた――。


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