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旅立ち

「ねえ、聞いてるの?」

「聞いてるよ」


 まったくと言っていいほど話を聞いていなかったクロトは適当に相づちをうった。


「本当に?」

「本当だって」

「なら、なんの話してたか話してよ」

「…………ほら、あれだよ……あれ」


 途端に歯切れが悪くなるクロトにユリは目くじらを立てる。


「やっぱり聞いてないじゃない!」

「違うって。ちゃんと聞こえてた。けど、そのまま耳を素通りしたんだよ」

「それって聞いてないのと一緒よ?」


 肩を大仰にすくめてユリは腰に手を当てて呆れたポーズを見せる。

 クロトは「はいはい」と降参のポーズをとった。

 実際、話を聞いていなかったのは事実なので、これ以上ボロが出ないうちに降参しておく方が無難だろう。

 まったく反省の色が見えないクロトの態度にユリは渋々といった様子で矛先を納めていく。

 これ以上、なにを言っても無駄なことくらいこれまでの付き合いから簡単に判断できるからだ。

 幼なじみで、小さい頃からユリとクロトは一緒だった。

 年もほとんど変わらない。

 けど、ユリとクロトの間には確かに壁のようなものが存在した。

 小さい時、クロトをおままごとに誘ったことがある。

 けれどクロトは頑なにユリの誘いを断ったのだ。

 それが別段どうということではないが、幼いユリにしてみればどうして一緒に遊ばないのか不思議でならなかった。

 そればかりか、クロトの態度はどこか大人びて見えることが多くあった。

 小さな頃から大人と対等以上に話すこともあれば、学園の授業を適当に受けているのにも関わらず常に成績がいい。

 それに――時折しゃべり方が変わるのだ。

 この国とはまったく違った発音の言葉をクロトは時折口にすることがあった。

 それが何語なのかその時は判断出来なかったが、最近の授業でその言葉が遙か西の大陸にある国の言葉だと判明した。

 歴史の浅い国、建国してわずか十二年の魔術国家『ウィズタリア』

 そこに住む国民が使う言語がまさにクロトが時折使う言葉なのだ。


 何でそんな言語を知っているのか?


 ユリは最初、クロトが『魔術』に対して何かしらの関心を抱いているからでは? と勘ぐった。

 この国には必要ないと判断されて淘汰された技術。

 言ってしまえば古の技術とも言える魔術に興味があっても不思議ではない。

 けれど――。

 そんなことはなかったとその考えはすぐに杞憂に終わった。

 なぜなら、クロトが興味を抱いていたのは魔術なんて廃れた技術ではなかったからだ。





「送っていこうか?」


 言い合っている内に愛車の側まで来ていたクロトは引っかけていたヘルメットをユリに放り投げながらそんなことを言った。


「うん。ありがとう」


 素直に首を縦に振るユリを確認して、クロトは『それ』に跨がるとブレーキを軽く握りながらハンドルのすぐ側にあるスイッチを親指で押し込んだ。

 このスイッチがこの魔導器『ウィーク』と呼ばれる魔導二輪を動かすキーとなるのだ。

 仕組みは割と単純で内蔵された『魔晶石』に込められた魔力をこのスイッチを押すことで留め金を外すことができる。

 止める時はもう一度スイッチを押して留め金をかけ直せばいい。

 『魔晶石』の機能をオン、オフに出来る『スイッチ』と呼ばれる技術がこの国にはあるのだ。

 クロトが転生したこの国はウィズタリアから遙か東に位置する未開の地。

 周りが海に囲まれたこの島国では魔術に変わってある技術が発展していた。

 それこそが『魔導技術』

 クアトロ=オーウェンがウィズタリアに持ち込んだ『魔晶石』を使った技術の究極系型とも言える技術だ。

 クロトは初めて『魔導』を目の当たりにした時、その光景に目を疑った。

 当たり前のように魔導四輪や魔導二輪が道中を走り、遠くの相手も話しが出来る魔導器に、さらには火も水も、光ですら魔導器で補っていたのだ。

 どうしてこれほどの技術がこの未開の地で発展していたのかクロトは理解するのに一年以上かかった。

 この国の発展には二つの理由があった。

 一つ目の理由はこの国にはウィズタリアと同じく手つかずの『魔晶石』が大量に眠っていたことだ。

 その石の使い方を教えたのはかつてこの国に漂流した魔術師だと聞いているが、恐らく、その時まで誰もこの石の使い道など考えたことはなかっただろう。

 なぜなら、この国に生まれた人間には魔力がほとんどない。

 言い換えると生命力を魔力へと変える力が失われていたのだ。

 他国との交流を絶ち、未開の地へと成りはてたこの国にそもそも魔術という力が必要なかった。

 必要のない力は自然の流れで消えて行く。

 それはクロトも例外ではなく、転生したとは言え、クアトロ=オーウェンの持つランクAオーバーの魔力は失われていた。

 けれど、結果として魔力のなかったことがこれほどまで『魔導技術』を高めたのかもしれない。

 二つ目の理由がそれだ。

 生活をより豊かにするために魔力のない人が魔術に変わる力を追求した結果、『魔導』の力が発展したのだ。

 もっともその発展には、この国の人が繊細な技術と飽くことのない探究心を持っていたが故だろう。

 国に眠っていた『魔晶石』と人間の探究心。

 この二つがこの小さな島国を魔導国家へと変貌させたのだ。

 そしてこの魔導の力は恐らくではあるが魔術よりも上だ。

 誰でも扱え、誰でも同じ力を発揮出来るという汎用性で見れば魔術よりも明らかに優れている。

 そして魔力を魔晶石に込める方法も画期的だと言えるだろう。

 この国の人に魔力はない。

 けれど人にはなくても、大気に、大地に、海に魔力は存在していた。

 この星に満ちる魔力がこの国のライフラインだ。

 無限にひとしい魔力を集めることができ、その方法がさらにこの国を発展させる礎となったのだ。


(本当にこの国に魔術を伝えた魔術師はすごいな……)


 素直にそう思わずにはいられない。

 なぜ、こんな技術を教えたのか?

 実はその理由がまったく理解できないのだ。

 クロトがウィズタリアを魔術国家にした理由は自分勝手な理由だった。

 けど、この国の言わばクアトロ=オーウェンと同じ『開闢の魔術師』からはその理由を推測することすらできなかった。

 本当にただ純粋にこの国のためを思ってしたこととしか思えない。


 

 だからクロトは知りたかった。

 なにを思ってこの国に『魔導』の基礎となる魔術を伝えたのか……。

 その理由を知ることができれば、過去の罪をあがなえる様な気がしたのだ。


「ねえ、クロト?」


 クロトの背中に体を押しつけながら魔導二輪に乗っていたユリが声を張り上げる。

 クロトは聞き取れる音量で「なんだ?」と聞き返した。


「明日で十歳の誕生日でしょ?」

「ん……?」


 そういえば、そうだったかも……。

 すっかり失念していた誕生日のことをユリは律儀にも覚えていたのだ。

 

「十歳っていえばもう大人の仲間入りでしょ? クロトは何か夢でもあるの?」

「夢って?」

「たとえばお嫁さんになるとかよッ」

「俺の夢が嫁だと言いたいの?」

「たとえばよ。たとえば! 将来の話、聞かせてよ」

「将来ねえ……」


 漠然としていてうまく言葉にできない。

 けれど、クロトとしてではなく、クアトロ=オーウェンとしてなら一つだけはっきりしていることがある。


「もう一度……向かい合ってみようと思う」


 十年前、クロトは絶望から逃げた。

 それがその時は楽だと思ったのだ。

 けれど、今は少なくとも逃げたことを後悔していた。

 残してきた人や国。

 あまりにも多くの罪を積み重ねてしまった。

 


 失ってしまったものは取り戻せない。

 それは命もそして絆も同じだ。

 十年、悩んで悩み抜いた上での結論がそれだった。


 だからこそ、夢があるとすれば、それは――。


 ――――失った絆を取り戻したい。


 ただそれだけだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――




 十歳の誕生日を迎えたその日。

 クロトは夢を実現するために、十年間住み続けた島を離れることを決意した。


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