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転生

「クロト~ねえ、クロトってば!」

「……え? 俺?」


 呼ばれた名前が自分のことだと理解するのに少々時間がかかった。

 クロトは半信半疑で自分に向かって指を差すと不安げに首を傾げる。


「当り間でしょ! 君以外にクロトって人、この辺りに住んでいないじゃない!」


 そう言って頬を膨らませたのは隣の家に住んでいるクロトと同い年の女の子だ。

 生まれた月がクロトより早いこともあって時々お姉さんぶるこの子の名前はユリ。

 青みがかった髪は腰まで届きそうな程長く、まつげの長い大きな瞳と白い肌。

 そして触れれば折れてしまいそうなほど線の細い体格は病弱とはほど遠い健康的なイメージを抱かせる。


 ちなみに――この町の同い年の子達からはアイドル的な扱いを受け、本人はそのことを不満げに思っていた。

 だからこそ、誰に対しても態度を崩さない――むしろ小馬鹿にしたような態度をとるクロトに少なからず好意を抱いているのだろう。


(それはそれで迷惑なんだけどな……)


 クロトは諦めた様に肩を落とす。

 自分がクロトと呼ばれることにどうにも慣れない。

 クロト=エルヴェイトとしての生を受け、もうじき十年が経つというのに未だにクロトとしての人生を馴染めないことに呆れてさえいたのだ――。



――――――――――――――――――――――――――――――――



(なんだ? これは?)


 クロトが意識を取り戻して最初に抱いた感想がそれだった。

 本当に初めて見る部屋でなぜか横たわる自分。

 しかも寝ている体が妙に小さい。

 おまけに体も満足に動かせない。

 立ち上がろうとしても手足が固まったように動かないのだ。

 全身の筋肉が弱まってしまったことにクロトは驚きを隠せなかった。

 けど、それ以上に――。


(い、生きている…………のか?)


 まだ生きている。

 この事実がクロトから正常な状況判断能力を奪っていたのだ。

 



 クロトは意識を失う直前、心臓に『黒魔の剣』を突き立てていた。

 間違いなく致命傷のはずで、治癒魔術を使おうとまず助からない怪我だった。

 それに――。

 意識を失う直前に見たエミナの顔も、クロトと同じく動かなくなった□□□の姿も脳裏に焼き付いている。


『許さない――から』


 最後に耳にしたエミナの呪詛にも似た怨嗟の声すら思い起こせる程だ。

 あれが全て夢だったということはないはずだ。

 だからこそ、あの時、確実にクロト――クアトロ=オーウェンは命を落としたはずだった。


(ならどうして――)


 生き繋いでしまったのか。

 クロトがその答えにたどりつくよりも先にクロトを取り囲んでいた人たちが歓喜の声を上げた。


『見てみて、あなた。クロトが目を開いたわよ』

『ああ。本当だ。可愛らしい目だ。手なんかもこんなに小さい』

『ねえ、クロト。わかる? ママよ?』

『ボクはパパだよ』


(え……?)


 和やかな笑みを浮かべる二人の若夫婦にクロトは目を見開いた。


『見てみて、大きな目。クリクリしてるわ』

『ああ。ママに似て綺麗な黒い瞳だ』

『あらそう? 肌なんかあなたに似てとってもきめ細かいわよ。これは将来あなたみたいにたくさんの女の子を泣かせそうね』

『あはは、そう言われると照れるな。けど他の女性は泣かせても君だけは泣かせないよ。もっとも夜の時だけは別だけどね』

『もう、あなたったら、子供の前でそんなこと言うのは止めてよね。この子にうつったらどうするの?』

『いいじゃないか。一人の女性を大切に出来るってことだろ? なら是非そう育って欲しいね』

『あなた……』


(…………)


 目の前で繰り広げられる桃色世界にクロトは思わず嘔吐きかけた。

 本当になんだ、これ?

 目の前の若夫婦のバカップルぶりもそうだが。

 何よりも彼らは自分のことを本当の我が子の様に可愛がっている。


(俺、見た目はあんたらと変わらないよな?)


 目の前の夫婦は二十代くらいだろうか。

 ならほとんど年の差なんかないはずで、そんな小さい子を見るような目で見られる筋合いはない。

 それよりも……。


(俺は『クロト』なんて名前じゃ……)


 目の前の夫婦がなぜかクロトと呼ぶ。

 その理由を問いただそうと口を開いたら――。


『ダァー、ダァー』


 となぜかまともな発音すら出来なかったのだ。


『ほら聞いたかい? ママって呼んだよ』

『違うわよ。きっとオンブって言ったのよ。あなた、おんぶしてあげて』


 そう言われた夫はクロトに近づくと軽々と抱きかかえあげる。

 大の大人を簡単に抱きかかえあげた腕力に思わず関心しそうになるが、

 全身が夫の腕の中に収まった瞬間、クロトの脳裏は完全に凍り付いた。


(ま、待てよ……)


 いや、いくら何でも考えすぎだ。

 そんなこと、あるわけがない。

 いくら魔術と呼ばれる技術が存在しても、こんな魔術は聞いたことすらない。


(そうだ。これは夢だ。夢に違いないッ)


 あれほどの絶望を経験した直後だ。

 多少パニックになって現実逃避していても可笑しくはない。


『ほら、クロト、高―い高―い』


 こんな風に赤子のように可愛がられるのもきっと夢だ。

 手足が短いのだって、声が出ないのだって、力が入らないのだって全部――。


『ママ? クロトが嫌そうに顔をしかめっ面にしてるんだけど……』

『きっと驚いているのよ』

『そうだよね。ほらクロト、高―い高―い』


 ―――。

 ――。

 そうだな。自分の頬を思いっきり叩けば目が覚めるかもしれない。


『ッ、ママ! ママ! クロトが頬に何度も手を当てているよ』

『あら? もしかしたらおトイレかしら? あなた、おむつの交換をお願い出来る?』

『もちろん!』


 ベッドに寝かされたクロトの腰に男性が手を伸ばすとクロトの着ていた服を脱がしにかかる。

 それを見たクロトは血相を変えて涙声で叫んだ。


(ちょ! 止め、なにするの!? や、止めてえええええええ!)


『やっぱり、おむつなのよ』

『そうみたいだね』


(ちっがあああう!!)


 必死の抵抗は空しく、二人の前で下半身をさらけ出されてしまう。

 その後、柔らかい感触の下着を着せられた時、ようやくクロトは目を背けようとしていた現実と直視する勇気を持つことが出来た。

 と言うより逃げられないことに気がついたのだ。

 つまり――。

『転生』などというあまりにも常識離れした現実と――。




 けれど悲しいことにその現実と直面した時にはすでにクロトの瞳は死んだ魚の様に濁っていた。

 現実と直視するまでにあまりにも尊い物を犠牲にしすぎてしまったのだから――。



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