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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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最低最強の英雄譚

「な、なんじゃこりゃあああああああああああああ!!」


 晴れた日の早朝。

 多くの学院生が歩く通学路の端でクロトは素っ頓狂な悲鳴を上げていた。

 その手に握られた大きな紙面はその動揺のあまり握りつぶされ、そこに書かれていた一面記事の文字は無残にひしゃげていた。

 クロトは凍った笑みを貼り付け、再び紙面に目を走らせる。

 食い入るように何度も見つめ、間違いでないことを祈った。

 だが、何度見ても書かれた記事の内容は変わらず、そればかりか余計にその冗談みたいな記事の内容がすでに大衆に受け入れられていることを否応なく実感してしまった。



『開闢の英雄を超えた大英雄現るッ!!』



 一面記事には大きな太字の文字でそう書かれていた。


(ほんと、なんだよ、コレ……)


 クロトから漏れたのは諦めに似たため息だ。

 ようやく傷も癒え、無事に学院へと足を運べるようになって、まず気になったのはエミナの言っていた新聞記事だった。


(中々面白い内容になってるとは言っていたけど、まさかこんな事態になっていようとは……)


 この時、クロトの心の中では、エミナの話を信じてすぐに事態を確認しなかったことにたいする後悔だけだった。

 エミナが詳細をクロトに言わなかった以上、大した問題ではないと高をくくっていたのが大きな間違いだった。

 問題はない。

 だが、この記事の内容はそう簡単に笑い飛ばせる内容ではなかったのだ。


「ちょっと! なに朝から大声出しているのよッ!」

「え?」


 絶望に打ちひしがれていたクロトに聞き慣れた声が聞こえてきた。

 思わず声のした方へと視線を向け、久しぶりに会うパートナーと顔を合わせる。

 サイドアップに括った長い金髪に、新雪のように白く柔らかそうな肌。

 細い体つきではあるが、プロポーションのとれた体躯は一目見れば誰もが振り返るほどの美しさがある。

 加えて、制服の赤いローブも彼女の可愛さを引き立て、彼女の残念な性格を知らなければクロトも彼女に好印象を持っていたはずだ。

 加えて、今は――。


「よ、おはよう――大英雄さん……クス」


 彼女に与えられた新たな肩書きが事情を知るクロトにとってはもはや失笑ものでしかなかったのだ。


「――ッ! わ、笑わないでよ、このバカアアアア!」


 一瞬で頬を紅潮させたレティシアは鞄を持った腕を振り上げながらクロトに詰め寄る。

 クロトは苦笑を浮かべながらレティシアの腕を避けると握りつぶしていた紙面を見せびらかすように言った。


「えっと……何々? 国立研究施設から立ち昇る光の本流? その光の下にいたのは同じ敷地の学院に通う一人の学院生だった」

「いやああああ! 言わないでよッ」


 必死にクロトを止めようとするレティシアをひょいひょいと身軽に交わしながらクロトは紙面を読み上げ続けた。


「彼女はこの国始まって以来の高魔力の持ち主で、一年生でありながら担任教師の魔術研究の助手を行っていた。その際、教師の不祥事で暴発した魔術をなんとたった一人で食い止めるという快挙を成し遂げたのだ。研修施設から現れた光の柱はその時の彼女の魔力の塊だと考えられる。後から駆けつけた『氷黒の魔女』エミナ=アーネストの話によると、これほどの魔力はあの『開闢の英雄』として知られるクアトロ=オーウェンすら超えるほどだと――」


 クロトは紙面に目を走らせながら最後の行へと移る。


「なお、女王陛下は未曾有の大災害を未然に防いだ功績としてその学院生に勲章と二代目の英雄としての栄誉も与えられた――ってなんだよこれええええええッ!」


 とうとうこらえきれなくなってクロトは盛大に噴き出した。

 笑いこけるクロトを見て、腕を振りかぶっていたレティシアの動きがどんどん弱くなっていく。

 そして最後には俯いて――。


「わ、笑いたければ……笑いなさいよ……ど、どうせ私はあの時、ただ泣いて、助けられただけで、勲章とか栄誉とか……そんなの……」


 か細い声で漏れた声は大声で笑うクロトに届いていたのか怪しいものだった。

 そんなことに気付く様子すらなくクロトは目尻に涙をためながら紙面を握りつぶす。


「――で? 何でこんなことになってんの?」


 ひとしき笑い終えたクロトは真面目な口調でレティシアを問いただしていた。


「な、何でって……」

「これ、俺のこと一言も書かれていないよな? 全部お前が解決したってことになってる。それにこのねつ造にエミナとミレイナ――っと、女王陛下も関与してるよな?」

「う……」


 バツが悪そうにレティシアはクロトから視線をそらした。

 何度も視線を泳がせ、思い悩んだようにため息を吐いた後、うめくように弱々しく暴露した。


「……頼まれたのよ。エミナさんと女王陛下から。アンタのことは秘密にしてくれって……だからこんな風になって……わ、私だって……その、迷惑してるんだから……」


 レティシアの独白にクロトは思わず頭を抱えたくなった。


(くそッ! こんなことになっているなんて知らなかった! 知っていれば……)


 クロトは涙目になってその場に膝をつく。

 この記事の内容に、

 そしてその真相に、クロトは間違いなく後悔の念を抱いていたのだ。

 けれど、それは――。


「ね、ねぇ、大丈夫なの? しっかりしなさいよ?」


 心配そうなレティシアの声すら耳に入らず、その代わりクロトの脳裏に過ぎっていたのは今朝のエミナとの会話だった。


 ――――――――――――――――――――――――――


『? クロト、学院に行かないのか?』


 立て直された屋敷でソファーに身を埋めながらエミナがそんなことを言ってきた。

 クロトは不思議そうに首をかしげて――。


『え? 何で行かないといけないの?』

『――――は?』


 今日は新しくなった自室にエミナにばれてはいけないコレクションの隠し場所を考えなければいけないのだ。

 間違って爆発されないように今度こそ絶対にバレない場所を作るために一日を費やす予定でいた。

 そして明日から部屋に引きこもって読みかけの本を読んだり、趣味に没頭したりと忙しい生活になるのだ。

 もう学院に足を運ぶことなどクロトの計画からは完全に抹消されていた。


『いや、待て。お前、もう傷は完治したんだろ?』

『うん。そうだけど?』

『なら、学院にいけよ』

『嫌だよ。だって今日は部屋の模様替えで忙しいじゃん』

『――――』


 無言になったエミナにクロトは理路整然と語り出す。


『だって俺がわざわざ学院に行く羽目になったのもクアトロの遺骨が盗まれたからだろ? けどそのことももう解決したんだ。なら、もう俺が学院に行く必要はないってことだ。さようなら学院生活! そしてただいま、自由な生活! ってことじゃねえの?』


 聞けば誰もがあきれるような理由にさすがのエミナもため息を吐いた。

 どうしてこんな男に期待してしまったのだろう――とその蔑んだ視線が全てを物語っていた。


『……別にいいぞ』

『え? マジで?』


 予想外の返答にクロトはその場で踊り出しそうなくらい一気に気分が高揚させていく。

 なにせ、絶対に何かと理由をつけて学院に行かせようとすると考えていたからだ。

 そして、今回はその対策もバッチリ整えていた。

 クロトの部屋になる予定の空き部屋にはまだ荷物なんてないし、秘蔵のコレクションはエミナが屋敷を出てからこの屋敷に運び込む予定だ。

 つまり、今エミナにはクロトに何かを強制出来るほどの強力な手札は持っていない。

 なにもない人間にいくら脅しをかけようとしても無駄なのだ。

 思わず高笑いをしてしまいそうな完璧な計画にクロトは内心勝ち誇った笑みをエミナに向けていた。


『ただし……』


(来やがったッ)


 予想していた通りの展開が来たことにクロトは思わず唇の端をつり上げていた。


(今度はなんだ? 部屋を爆破したって痛くもかゆくもないぜ。お目当ての物もまだ屋敷にはねえからな)


 完全に勝った気でいるクロトにエミナは呆れた口調で言った。


『代わりにお前が研究施設の弁償を肩代わりをしてくれるならな』

『…………………………はい?』


 十分に間を置いてから意味がわからずクロトは曖昧に聞き返した。


『お前が破壊した研究施設の弁償だよ。お前だろ? 破壊したの?』


 嫌な汗が止まらない。


『いや……そうだけど、けど、それって仕方なくないか?』

『仕方なくないだろ? 理由はどうあれお前はあの施設にあった貴重な魔術研究もまとめて吹き飛ばしたんだ。その損害はお前が思っている以上に大きいぞ?』

『―――』


 エミナの理路整然とした反論にグウの音も出ない。

 クロトは素早く身支度を調え、鞄を手にしていた。


『お前がまだ学院生だから保護者である私が肩代わりしてやったが……そうだな、学院を止めるならお前に働いて――』

『学生の本分は勉強だろ? ってわけで行ってくるよ! こんちくしょうおおおおおお!』


 エミナが言い終える前にクロトは叫びながら屋敷を飛び出していた――――。



―――――――――――――――――――――――――


 これが今朝の出来事だ。

 もし、この時この記事の内容を知っていれば、レティシアに全てを押しつけることも出来たかもしれない。

 もっとも、それはクロトの良心が許せばの話だが――。


 蹲るクロトにレティシアは手をさしのべた。


「ん? なんだよ?」

「早く起きなさいよ。こんな場所で蹲っているなんて恥ずかしいじゃない」

「なんでお前が恥ずかしがってんの?」

「当たり前でしょ、このバカ!」


 レティシアは強引に手を引っ張るとクロトを立ち上がらせる。

 そして、のぞき込むようにクロトの視線を見つめると恥ずかしそうに口元を歪めた。


「アンタは私のたった一人のパートナーなのよ? アンタがそんなんじゃ私の見られる目も変わるじゃない」

「……今更変わらないだろ、だぶん」


 あのエミナが宣言したんだ。

 この国で彼女の見る目はそう易々と変わることはない。

 少なくともクロトの態度一つでどうなるはずがないのだ。

 それほどまでにエミナの発言力はこの国では強い。


「変わるわよ。私の気持ちが……」

「? それって、どういう……」


 聞き返そうとしたクロトの手を引っ張り、レティシアは学院に向けて歩き出した。


「知らないわよ! そんなことより……クロト」

「今度はなんだよ」


 改まったレティシアにクロトは疲れ切った表情で聞き返す。


「私はまだ弱いわ。英雄なんて名前、私にはまだ背負えない。だって私の夢は、まだ叶っていないんだから……」

「そう……だな」


 彼女の追い求める夢は果てしないものだ。

 それこそ本当にあるかどうかも怪しい程にその道のりは長く険しすぎる。

 レティシアはようやくそのスタートラインに立ったに過ぎないのだ。

 クロトは彼女がその夢にたどり着くまで、彼女の側で見守る覚悟をあの時、レティシアに告げていた。

 だからこそ――。


「だから、アンタも背負いなさいよ。私が背負いきれない分を。だって私たちはパートナーでしょ? 二人そろっての『英雄』なんだから」


 振り返ったレティシアの瞳は不安に揺れていた。

 クロトは苦笑を漏らすと、呆れた仕草を見せ、彼女の手を強く引っ張る。

「きゃあ」と短い悲鳴を漏らしたレティしアを支え、クロトは彼女を守るように優しく抱いた。


「ちょ、ちょっと、クロト!?」


 動揺して上ずった悲鳴を上げるレティシアに語りかけるように、強くその言葉を口にする。




「そうだな。背負ってやるよ。俺とお前の二人で――『最低最強の英雄譚リ・スタート』ってやつを!」




 クロトは過去と向き合い、そしてようやく本当の意味で新たな物語をリ・スタートさせたのだ――。


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