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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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こんな学院生活、望んでいなかった

 ヒソヒソ――。

 ヒソヒソ――。

 

「ねえ、今朝の知ってる?」

「ああ、男を抱いて泣いていたっていうアレ?」

「そうそう、それ…………学院中で話題でしょ?」

「確かにアレはうけるわー。俺近くで見てたんだけど、別の女から押し付けられたみてえだぜ?」

「ええ〜 嘘? 三角関係ってヤツ? もしかして禁断の恋の予感かしら?」

「…………ちょっと、場をわきまえて下さい。せっかくの入学式が台無しじゃないですか。問題児は今朝のお二人だけで十分ですよ」

「そ、それはそうね、ごめんなさい」


 ヒソヒソ――。

 ヒソヒソ――。




 絶え間なく続く囁き声にレティシアは顔を真っ赤にして俯いていた。

 隣には未だに気絶して椅子にグデーンと力なく座っているクロトが。

 噂の二人が隣同士に座っていることもあってさっきから周りに座る同級生たちがレティシアたちに好奇の視線を向けていた。

 入学式が執り行われるアリーナについてからずっと膝ばかり凝視していたレティシアの心境を一言で表すとするなら「最悪」か「帰りたい」に尽きる。

 学院の門をくぐるまでレティシアが抱き続けていた『お淑やかで、可憐』なイメージは学院に足を踏み入れる前に儚くも崩れ去ってしまった。

 それもこれも――。

 レティシアは隣で気絶しているクロトをキッと睨みつける。

 が――。

 その視線に気が付いた周りの人たちが色めきたったせいもあってレティシアはまた俯いた。


(うう~絶対コイツのせいだ……)


 さっきから頭の中で呪詛に近いほどの恨みが籠った言い訳がリフレインする。

 ――――。

 ――。

 やっぱりあの場でクロトを放りだしとけばよかった。

 そう思ってももはや手遅れだ。

 どちらにせよ、この視線が変わることはないだろう。

 そもそもレティシアは気絶している人を放っておけるような性格ではない。

 魔術は人の役に立つもの。そして魔術師は困っている人を助ける存在。

 子ども頃に読んだ英雄譚のような魔術師に憧れるレティシアにとって理由はどうあれ気を失ったクロトを見捨てることが出来なった。

 だからこそ、しぶしぶここまでクロトを運んできたわけだが……。

 今のレティシアの頬は軽く上気し、額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

 それもそのはず。

 クロトにかけられた魔術はエミナが離れて暫くすると効力を失い、レティシアの両腕には男性一人分の体重が圧し掛かっていたのだ。

 その重さに体が悲鳴をあげ、必死にクロトを叩き起こそうとするが肝心の両手は塞がり、声をかけても起きる気配がなかった。

 結局、レティシアは歯を食いしばり、クロトのつま先を引きずりながらこのアリーナまで来たわけだが……。

 いざ会場についてみれば今朝のうわさがすでに広がっていて、何とも気恥ずかしい空気が会場中に流れていた。


(うう~早く起きなさいよ……)


 レティシアの全身から流れる負のオーラは好奇心という渦に飲みこまれ、誰もレティシアの心境なぞ知る由もなかった。

 ただただ文句の一つでも言わなきゃ納得できない。

 その小さな意地だけが今もこうしてレティシアをクロトの側に押し止めていた。


「ん……あ……ここは……?」


 かすれ声と共にゆっくりとクロトの双眸が開いた。

 周りをキョロキョロと確認して、小さくため息。


「まいったな。状況を読み込みたくない」


 額に手を当て、仰々しく天井に仰ぎ見る。

 クロトはレティシアのことなぞまったく眼中に無いようで、「やってくれやがったな……」と呟いていた。


「ねえ、ちょっと……」


 レティシアはクロノ袖をクイクイと引っ張る。

 なるべく目線は合わせないように。

 けれど声の抑揚は抑え、怒っているということをアピールする。


「ん? アンタ、どっかで……」


 クロトは視線を逸らしたままのレティシアの顔を覗き込むように凝視する。

 まじまじとレティシアの顔を観察した後、ポンッと手を打つと親の仇でも見るような視線をレティシアに向けた。


「ああ! お前、あん時、エミナと一緒に俺をはめた女じゃねえか!」

「は?」


 どうやらクロトの中ではそう解釈されたらしい。

 どこをどう見れば『巻き込まれた』から『共犯者』にジョブチェンジするのだろうか?

 一度、クロトの頭の中を覗いてみたい。絶対に頭のネジが一本は飛んでいるに違いない。


「どこをどう見ればそうなるっていうのよ!?」

「どこをどう見てもそうとしか見えねえな! 俺を置いてさっさと行けっていったのに何で一緒なんだよ? エミナと協力した証拠だろ?」

「勝手なこと言わないでよ! だいたい私は巻き込まれた側なんだだから! なんであなたみたいな人を抱きかかえて学院に来ないと行けないのよ? 返して! 私の理想の学院生活を返しなさいよ!」

「バッカ! 俺だって自由気ままな生活を返して欲しいよ。なにが嬉しくて学院になんて……ん?」

「なによ? 言いたいことがあるならはっきり…………え?」


 ――と。

 言い合いを続けていた二人の様子がピタリと止まった。

 ギギギッ……と錆びついた金属のように首がぎこちなく動く。

 見ると周りの同級生たちが二人を見ながらヒソヒソと喋りあっていた。


「ねえ、聞いた? 俺をおいて先にイケッ! だって……」

「うん。とっても激しいプレイ……」


「お、おい……」

「ね、ねえ……」


 レティシアとクロトは汗をダラダラと垂れ流す。

 誰ももう二人の話に耳を傾けようとはしなかった。

 それどころか目の前で尾ひれをつけてさらにアリーナ中に拡大していく。


「俺をはめたってもうやってるのかよ? しかもサン――」

「おい、それ以上は言うなって! 俺たちがみじめになるだろ?」

「しかもあの女の子が抱いていたみたいだぜ……見かけによらねえなあ……」

「ほんとにね……同じ女として尊敬するかも……」

「ふ、不潔ですッ!」





「「ち、違あああああああああああああああああう!!」」





 気付けばレティシアとクロトは互いに言い合うのも止めて同時に叫び声をあげていた。


『うるさいぞ! そこの問題児二人!』


 とうとう壇上に登った教員までもが拡声器を使って二人を注意する。


(だから、私のせいじゃないのにいいいい……………)


 レティシアは夢の学院生活が崩壊していくのを肌で実感しながらただひたすらに涙を流し続けた――――。


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