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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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変わらない寝顔

「……こ、ここは?」


 目を覚ましたクロトはその違和感にすぐ気がついた。

 煌びやかに飾られた天井、いかにも高級そうなベッド。

 さすがに学院の医務室――というわけではないだろう。

 それよりもクロトはこの天井に見覚えがあった。

 ここは、ウィズタリア城のかつてクアトロ=オーウェンが住んでいた一室だ。

 見慣れた光景にクロトは疲れたようにため息を吐いた。


「道理であんな夢を見ていたわけだ」


 先ほどまで見ていた夢の内容を思い出し、奥歯を噛みしめる。

 クロトがまだクアトロ=オーウェンだった頃の記憶。

 クアトロの絶望と罪の夢。

 多くの人を騙し、利用して、最後には逃げ出した最低な男の記憶だ。

 クロトは頬を流れる涙を拭った。

 この夢を見るといつも泣いていた。

 クロトの中に眠るクアトロの記憶がそうさせるのか、

 この夢を見るたびに胸が張り裂けそうな痛みをクロトは感じてきた。


(たく、厄介なものだな。前世の記憶ってやつも……)


 物心ついた時からクアトロ=オーウェンの記憶――魂はクロトの中に息づいていた。

 クアトロとクロトの魂はその時から混ざり合っていたのだ。

 クロトの中にはクアトロ=オーウェンとして生きてきた時間が確かにあり、その記憶は自分の物なのだと断言できる。

 彼の愛情も憎しみも後悔もすべて自分のことのように感じられる。

 けれど、クロトはその感情を今まで直視したことはあまりなかった。

 前世の記憶と切って捨て、クロトとして新たな人生を歩もうとしていた。

 それがクロトを産んでくれた親に対する感謝の気持ちでもあり、新たな人生を再スタートさせる意味合いもあったのだ。

 幸いと言って良いのか、クロトが産まれたのはこの国から遠く離れた場所だった。

 魔術を必要としない国。

 けれど代わりに別の技術が目覚ましく発達していて、ここより豊かな国だった。

 レールの上を走る乗り物に、馬を必要としない馬車――電気や水道などのライフラインも充実していた。

 まさに不自由のない生活だ。

 夕方まで外でのんきに遊んで家に帰って温かいご飯を食べて寝る。

 そんな自由な暮らしを過ごしてきた。

 文句のない再スタートを始められたと思っていた。

 これからも楽しい生活が待っていると思いたかった。



 ――こんな記憶を持っていなければ。




「ん……んぅん……」

「ん?」


 胸の当りに微かな重みを感じてクロトは視線を下げた。

 夜のように美しい黒髪がクロトの視界に飛び込む。


「――ッ」


 夢で見ていた□□□の姿と重なってクロトは息をのむ。

 けれど、クロトの胸の上で眠りこけている女性が彼女でないことはすぐに気がついた。

 


 ―――クロトが家を飛び出し、この国に来たのには理由があった。

 一つはもちろん、過去の記憶に苛まれてこの国が気になったことだが、

 最大の理由は目の前の女性にある。

 今では『氷黒の魔女』と呼ばれるこの国でトップクラスの魔術師の一人、エミナ=アーネスト。

 無邪気な寝顔をのぞかせ、ムニャムニャと唇を動かすその姿は年齢に見合わず可愛らしい。


(寝顔だけは変わらないな)


 クロトは苦笑を浮かべその手を彼女の頭へと伸ばし――。

 かけてその手を下ろした。




 資格がない。

 彼女の頭をもう一度撫でる資格がクロトにはないのだ。

 エミナがそれを喜ぶことは知っている。

 それで心の底から安心してくれることも。

 けれど、クロト――いや、クアトロはその気持ちすら利用した。

 だからこそ、クロトは彼女に手を伸ばすことが出来ないのだ。


(今更、どの面下げてって感じだよな……)


「……なんだ、撫でないのか?」

「――え?」


 下ろしたクロトの手を残念そうな瞳でエミナが見つめていた。

 予想外の出来事に胸が激しく躍動し、クロトはそれを悟られないように平静を装った。


「お、起きていたのか?」

「当たり前だろ。お前が目を覚ますちょっと前から起きていたさ。なにせ、お前はベッドの上でも激しいからな」

「は、激しいってなんだよ!」

「それを私の口から言わせたいのか? フフフ、変態め。まぁ、そんなお前でも私はしっかりと受け入れてやるから安心しろ」

「ッ――!」

「冗談だがな」

 

 思わず顔を赤くさせるクロト。

 記憶にあるエミナはこんな冗談が言えるような女の子では決してなかった。

 もっと愛嬌があって可愛らしかったのだ。

 それがなぜ……。

 悲しみを含んだため息が漏れたところでエミナはコホンと咳払いした。


「まぁ、お前がうなされていたっていうのが一番の理由だな」

「そう……か」


 うなされるほどあの夢に恐怖を感じていたのか……。


「む? なんだ、ずいぶんな返しだな。どんな卑猥な夢を見て身もだえしていたか教えろ。お前の夢のおかずを叩き潰してやる」

「いつ、誰が、おかずの夢を見ていたと言った!?」

「至極簡単な推理だ。お前は私という存在が近くにいながら手すら出してこないからな。なら夢に私の代わりとなる者を見ていた――」

「そんなわけあるかッ!」


 肩で息をしながらクロトは必死に否定する。

 息を切らすクロトにエミナは「それも冗談だ」と付け加えた。

 言いように弄ばれていると自覚しているが、クロト自身、こうしたエミナの冗談に小さな安堵感を覚えているのだ。

 なにせ噂で聞いていた『氷黒の魔女』とはあまりにかけ離れた――クロトのよく知るエミナの笑顔を浮かべていたから……。


「で、何を聞きたい?」


 エミナは表情を変え、真剣な眼差しをクロトに向ける。

 そこには幼い少女の面影は一切なく、『氷黒の魔女』エミナ=アーネストとしてクロトと向かい合っていた。

 クロトは居住まいを正すとその瞳を見つめた。


「全部だ。俺がクアトロを倒してからのこと全部を教えてくれ」


 エミナは人差し指を頬に添えながら思い返すように口を開く。


「まず、お前は一週間も眠っていたんだ。だからこれまでの経緯を話すとなるとかなりの時間がかかる」

「一週……間だと?」

「ああ。私があの研究施設に駆けつけた時、お前は血の海で倒れていたんだ。全身の怪我に限界以上に消耗した魔力。即死しててもおかしくなかったんだぞ?」

「ああ、そう……だよな」


 なにせ、クロトの潜在魔力はほとんどない。魔術の使えない一般人とほとんど変わらないのだ。

 そんな状況で魔力を消費する『魔力装填』を連続で使って魔力が枯渇した上でクアトロの魔術に直撃した。

 いくらレティシアの魔力で無理矢理取り繕ったところで借り受けた魔力が尽きれば傷も開き、魔力不足で意識も失う。

 むしろエミナが駆けつけた時にまだ息があったことの方が奇蹟だ。


「……この剣に感謝しておけよ」


 エミナは壁に立てかけられていた『黒魔の剣』に視線を向ける。


「この剣に残ったわずかな魔力がお前の命を繋いでいたんだ。もし、本当にこの剣の魔力を使い切っていたなら今のお前はここにはいないぞ」

「こいつが? けど……」


 あの最後の一撃、クロトは確かに全ての魔力を束ねていたはずだ。

 クロトの命を繋ぐほどの余裕すらないほどに……。


(たまたま剣に魔力が残っていて、それで偶然助かったってことか?)


 クロトが思考にふける間にもエミナは話を続けていく。


「それで私の方はこの国の掃除に一役買ってやったんだ」

「掃除?」

「ああ、そうだ。マーク=ネストを含めたこの国の重鎮どもを一人残らず叩き潰した。もちろん死んではいないさ。ただ死ぬほどの恐怖に二度とこの国に足を踏み入れないことを約束させただけだよ」

「そ、そうか……」


 簡単そうに言うエミナにクロトは罰が悪そうに答えた。

 マークが生きていたことは朗報だが、あのエミナの怒りを買ったんだ。

 さすがにもう悪さは出来ないだろう。

 なにせ、一国すら滅ぼしたことのあるエミナの逆鱗に触れたのだ。

 それがどういうことを意味するのか……。

 想像しただけで生きた心地がしない。


「じゃあ、計画は……」

「もちろん潰れたに決まっているだろう。元々お前が跡形もなく吹き飛ばした時点であいつらの計画は潰えていたんだ」

「そうか……」


 なら、魔力を狙われたレティシアの身の安全も大丈夫そうだな。

 安心した途端、クロトは大きな欠伸をした。

 途端に襲ってきた眠気にクロトは目をこする。

 エミナは一息吐くとクロトから離れるように立ち上がった。


「まだ、疲れているんだろう。もう少し寝てろ」

「いや、けど……」


 まだまだ聞きたいことがたくさんあった。

 レティシアがどうなったのか。

 学院のこと。

 研究施設のこと。

 まだまだ話足りないのだ。


「あとのことは新聞でも読めばすぐにわかる。そう急ぐな」

「え? そうなの?」

「ああ、そうだよ。中々に面白いことになっているから楽しみにしておけ」

「そ、そうか……」


 エミナがこう言うのだ。

 まず安心して間違いない。

 そう判断したクロトは力尽きたようにベッドに横になる。


「な、なあ、クロト……」

「ん? なんだよ」

 

 珍しく狼狽していたエミナにクロトは首をかしげていた。

 こんな姿を見るのは十八年ぶりではないだろうか?


「そ、その……お前が倒れていた時、本当にすごく心配したんだ。それこそ泣いてしまうほどに……」

「お、おう?」

「だから……生きていてくれてありがとう……そ、それだけ。それだけだ! 言い忘れていたことは!」


 エミナは顔を赤く染めて言い終えると慌てて部屋から出て行った。

 一人残されたクロトは勢いよく閉められた扉を見つめながら呟いた。


「……本当に変わらないな、お前」

 

 クロトがもう一度この国に訪れることになった噂がまるで嘘のようだ。



 その姿から魔女、死神と恐れられ、化け物とすら呼ばれた少女にはまるで見えなかった――――。


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