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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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過去との決着

 ――爆ぜる。

 幾重もの魔術が、剣戟が生み出す衝撃が周囲を破壊していく。

 マーク=ネストが魔術師として築き上げてきたもの全てを壊し、瓦礫へと変えていく。

 魔術師ならばとうてい許せいないであろう自身の研究成果を壊される行為を目の前にしても、当人、マークは歓喜に打ちひしがれた瞳を浮かべていた。

 当然だ。

 今、この場にいる誰もがそんな些末なことを気にとめる余裕はない。

 レティシアに限っては尻餅をついたまま、逃げるという思考さえ忘れ、クロトとクアトロ――英雄と呼ばれた二人の戦いを目に焼き付けていた。

 この国の魔術師程度では実現が不可能に思えてしまう高次元の魔術戦に――。



「――ッ!」


 クロトのなぎ払った斬撃が激しい火花を散らせながら魔力の障壁とぶつかる。

 その衝撃が腕から体へと伝わり、クロトはその障壁からはじき飛ばされる。

 だが――。

 はじき飛ばされながら、クロトは刀身の根元に埋め込まれた魔晶石を叩いていた。

 魔晶石に込められたランクSオーバーのレティシアの魔力がその衝撃で石から溢れ出す。

 その魔力が刀身を覆い、バチバチと光りを散らした。

 クロトは地面に転がると、起き上がるのと同時にさらに魔晶石を叩く。

 次は全身へと魔力を纏い、纏った魔力を一カ所に集めていく。


「《イグニッション・ブースト――ドライブ》」


 炸裂した魔力の衝撃にクロトは息を詰まらせる。

 本来なら一瞬だけの高速移動を文字通り運転ドライブさせ続ける技法。

 レティシアの魔力なら一度叩いて魔力を放出させるだけで数十秒以上、高速移動が可能になる。

 クロトは一息ではじき飛ばされた距離を詰めると、剣を打ち下ろす。

 ギャリィィン! と魔力の障壁と衝突し、その衝撃の余波が地面に幾重もの亀裂を生んだ。

 そして――。

 刀身に魔力を込めたクロトの斬撃は紙切れのようにたやすく障壁を斬り裂くと、そのままクアトロ=オーウェンの体に刀身が吸い込まれていく。

 肉を斬る感覚がクロトの腕に伝わる。

 嫌な感触を押し殺しながら振り払った一撃は致命傷たり得るほど深い傷跡を残していた。

 クロトは返す刃でさらにその剣戟をクアトロへと向けて放つ。

 が――。

 その一撃は、再び魔力を展開させたクアトロの障壁によって阻まれる。

 ほぼ同じ時間でクロトの《イグニッション・ブースト》の効果も切れ、二人は鍔迫り合った状態で膠着した。


「く、クアトロ様ッ!?」


 驚愕に目を見開いたマークがクアトロ=オーウェンの傷を見て狼狽える。

 レティシアやマークにしてみれば、高速戦闘時の二人の動きなど捉えられるはずもなく、こうして二人の動きが止まった時にようやく戦いの姿を目にすることが出来るのだ。

 マークにしてみれば絶対の信頼をおくクアトロ=オーウェンが気づいた時には致命傷を負っていた事実に理解速度が追いついていないのだろう。



 《黒魔の剣》の力を解放した今、大英雄クアトロ=オーウェンより最低魔術師であるクロト=エルヴェイトの方が力が上だという事実を――。

 

 

「――ちっ」


 けれど、クロトが見せたのは焦りから来る舌打ちだった。

 予想していたとはいえ、実際に目の当たりにするとその事実に目眩を覚える。



 クアトロ=オーウェンはただの致命傷では決して死ぬことはない。



 そもそも今のクアトロ=オーウェンは生者とは言えない。

 肉体が動こうとそれは『死淵転生』という魔術が動かした操り人形に過ぎないからだ。

 真の意味で魔術が完成し、その力からクアトロ=オーウェンが解き放たれない限り、クアトロ=オーウェンを殺すことは出来ないのだ。

 もっともそのことに気づいているのはクロトだけなのだが……。


(やっぱ、跡形もなく消し飛ばすしか方法がないのか? それとも魔力切れまで粘る? けど、それじゃあ、こっちの魔力が持たねえ)


 現状、クアトロ=オーウェンを倒すにはその二つの方法しかない。

 けれど、クアトロ=オーウェンが纏う魔力ごと吹き飛ばすとなると、この研究室――いや、被害は下手をすれば学院にまで及びかねない。

 だからこそクロトは刀身に魔力を纏わせ、動きを封じる手段を選んでいたのだが――。

 その方法も芳しくはなかった。

 クアトロの足を切り飛ばそうとしても刀身に纏わせた魔力が障壁を打ち破った瞬間には効力を失うせいで、そこまで正確には狙えないのだ。

 先ほどのように腕を切り飛ばそうとして振り下ろしても、障壁とぶつかった衝撃がクロトの手元を狂わせてしまう。

 そして胴体を真っ二つにしようとなぎ払っても、真っ二つにする前に再び展開された障壁がクロトの剣を受け止めるのだ。

 八方ふさがりな状況にクロトは無駄に消費していく魔力に焦りを覚えていく。


(魔晶石の魔力もあと、四割くらいってところか……)


 刀身の魔晶石の輝きが最初と比べると明らかにその光を弱めていた。

 それも仕方の無いことだ。

 クロトはそうなることをわかっていた上で最初から全力を出していた。

 魔晶石に込められた魔力はそもそも何もしなくても勝手に放出されていく。

 《黒魔の剣》はその放出された魔力を使ってその魔力の特性を持った外套ローブを生み出す。

 刀身に込められた魔晶石をさらに叩いて無理矢理魔力を放出させるなど本来の《黒魔の剣》の使用方法ではないのだ。

 そんな使い方をしていれば、いかに規格外の魔力量といえど一瞬で枯渇するのは目に見えていた。

 あと数回でも魔晶石から無理矢理魔力を放出させれば、《黒魔の剣》は魔剣からただの剣

へと成り下がる。


(けど……そんなの気にしてたら負ける……よな。どう考えても)


 だからこそクロトにとれる戦略は一瞬で決着をつけることに他ならない。

 そして、その唯一の戦略ですらすでに限界が近づきつつあることにクロトは焦りを覚えていた。

 状況を打開するために躊躇いながら魔晶石へと手を伸ばす。

 魔晶石へと手が触れる直前、クロトの剣を受け止めていた衝撃が弱まる。

 

「――おおっ!」


 その姿を見たマークが大仰な仕草を見せた。

 まるで神でもあがめるかのようにその瞳は研究室の天井へと向けられ、クロトは戦慄を覚えながら上空へと舞い上がったクアトロ=オーウェンを見つめていた。


《浮遊魔術》


 文字通り空を駆ける魔術だ。

 もっともこれは上級魔術としてこの国も伝わっていて、クアトロだけが使える魔術ではない。

 現に《氷黒の魔女》エミナ=アーネストも得意とする魔術だ。

 そして、クロトはその魔術を前に厳しい表情を浮かべていた。

 自由に空を動ける魔術に対してクロトの打てる手段が皆無だからだ。

 魔力を炸裂させて同じ高度まで跳ぶことは可能だ。

 けれど、飛んでいるクアトロ=オーウェンにその剣を届かせることは難しい。

 手の出せない場所へと飛翔したクアトロは残された左腕に魔力を集めていく。

 その腕に刻まれた魔術を思い出し、クロトは躊躇わず魔晶石を二度叩いた。

 魔剣から魔力が溢れ出した瞬間――。


「ぐあああああああああああああっ!」


 マークの悲鳴が研究室内に響き渡った。


(くそッ! 間に合わなかったか!)


 クロトは唇を噛みしめながら、魔力の障壁を届く限界まで張り巡らせていた。

 その障壁の下にいたレティシアは青ざめた表情を浮かべ、魔術によって押しつぶされたマークを見つめていた。


 ――重力魔術《グラビトン・フォール》


 周辺に通常の何十倍もの重力付加を与える魔術。

 その威力は一瞬で人間を圧殺出来るほどの力を持つ。

 もっともその欠点は魔術を発動させた魔術師すら影響下にあることだ。

 だからこそ、生前は今のように上空からこの力を使うことが多かった。

 誰も手が出せない遙かな高みから圧倒的な魔術を行使する。

 そのチートぶりに初めて体に染みついた癖とも呼べる連携を受ける側になったクロトは抗いようもない戦慄を胸に抱いていた。


 もし、これが――最初に使われていたら。

 もし、クアトロ=オーウェンに知性らしきものがあれば――。

 もし、体に染みついた癖を忘れていれば――。


 クロトはこの古き英雄に負けていただろう。

 クロトは小さくほくそ笑むと魔力を帯びた刀身に手を添える。

 一度目の魔力放出で障壁を広げ、二度目の放出で剣に魔力を付与させた。

 けれど――それではまだあの英雄――かつてのクロト自身を超えることは出来ない。


「終わりにしようぜ。もうあんたの時代は終わったんだ」


 クロトは残った二割の魔力――その最後の一滴まで使うために何度も魔晶石を殴りつける。

 合計八回にも及ぶ衝撃は魔晶石の魔力を使い切るには十分すぎる衝撃で、放出された視認出来るほどの濃密な魔力が《黒魔の剣》に集まる。

 《ローブ》を維持する力すら刀身に回したのか、漆黒の外套が淡い光を放ちながら消えていく。

 全ての魔力を束ねたクロトはその圧倒的な力を秘めた剣を悠然と構える。

 そして――。


「《イグニッション・ブレイザー》!」


 クロトの振り上げた斬撃が光の衝撃となって、天へと衝き抜けた――。



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