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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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俺がお前を守るッ

「……クロトが私を……殺す?」


 目を見開いたレティシアが信じられないものでも見るかのような瞳でクロトを――その手に握られた黒い剣を凝視した。

 生気の感じられない土気色の肌を浮かべ、レティシアはゆっくりと耳を塞ぐ。


「そうですッ! まさか気付いていなかったとでも!? 君はこの魔術に組み込まれたもっとも重要な人柱なのですよ? 君の胸に浮かんだ刻印が何よりもの証拠ッ! 君が死ねば術式も停止する。そんなのはバカでもわかる事実です」


 耳を塞ごうと聞こえる醜悪な声にレティシアは頭を振って否定する。


「嘘……嘘よ。そんなの……」

「いいえ。嘘ではありません。エルヴェイト君には私やクアトロ様の命を奪えるほどの力はない。けれど君は別だ。君程度の力なら彼でも殺すことができる。だからこそ、彼がこの術式を止めるということは――」


「うるせえっ!」


 マークの戯言を打ち破るような絶叫がレティシアの頭を上げさせた。

 涙で濡れたその瞳が剣を構えたクロトを映し出す。

 クロトは剣を水平に構え、レティシアに向かって駆け出した。

 驚愕の瞳を浮かべ、レティシアは唖然としていた。

 身じろぎ一つせず、クロトの剣を視界に捉え続ける。

 その切っ先が真っ直ぐレティシアに向かって駆け抜け――。

 レティシアがたまらず目を瞑った瞬間。


 ――ガキィィン。

 

 と盛大な金属音を響かせた。


「―――え?」


 衝撃音がレティシアの鼓膜を振動させ、その青い火花はレティシアの目に焼き付いていた。

 クロトは片腕でレティシアを抱き寄せると転がりながらその場を離れ、起き上がるのと同時に一閃。

 レティシアに伸びたクアトロの腕を振り払った。


「ク、クロト……」

「大丈夫だ」


 クロトはレティシアを安心させるように力強くその言葉を口にする。

 もとより最初からクロトにはレティシアを手にかけるという考えすらなかったのだから、その一言はレティシアを安心させるには十分すぎる真実味を帯びていた。


「言っただろ? 俺がお前を守るって」

「けど! 私を……こ、殺さない……と……魔術が……」

 

 クロトにはマークは殺せない。

 それはクロト自身は口にした真実だ。

 現にクロトの最後の魔力でもマークを気絶させることすら出来なかった。

 今、この禁呪を止める一番、有効な手段はもう一つしかありはしないとクロト以外の誰もが思っていた。


「あのな……一つ勘違いしてるぞ?」


 けれど緊張感の欠片もないクロトの言葉がレティシアの不安を打消していく。


「確かに俺にはマークを倒すことは出来ない。それは嫌ってほどよくわかったよ。ったくなんだよ。あんな魔術をボンボン撃ちやがって……殺す気か」


 憎たらしい物を見るような視線で崩れた壁画に目を向けながらクロトは毒づく。


「あんな化け物相手に出来ないって。マジでレベルが違いすぎるからな。どうにか足止めするだけで精一杯だ」

「なら……」

 

 懇願するように自暴自棄になったレティシアがクロトのシャツを掴む。

 なら、どうしてそんな表情ができるの? と言いたげな顔を浮かべ、レティシアは核心を言いだせずに嗚咽を漏らした。

 当たり前だ。

 まだ十代の女の子が……それも実は泣き虫で気弱な女の子が『殺して』なんて一言を言えるはずがない。

 そしてクロト自身、そんな言葉を聞きたくなかった。

 だから、クロトの手は自然とレティシアの柔らかい髪質の頭に伸びた。


「……クロト?」

「ばーか」


 クロトは伸ばした手をガシガシと動かし、強引にレティシアの頭を撫でまわす。


「え? え? え?」


 目を見開いたレティシアは乱れた頭を抑えながら立ち上がるクロトを見上げた。


「確かに俺はお前に期待している。本当に誰かを幸せにできる魔術師になれるってな。けどな……ぶっちゃけお前はまだただの女の子だ。そんなのはまだまだ先の話だと思ってろ」


 クロトはレティシアを庇うように前に立ち、呆然と立ちすくむクアトロの前に立ち塞がる。


「だから今はまだ守られてろ。お前が成長するまで俺が守る。どんな困難からも、宿命からも必ずな。それが俺にとっての――」


 ―――贖罪だ。


 そう独白したクロトはクアトロに向かってその手に握った剣を振りかざす。

 幾重もの金属音と火花がクアトロの前で弾ける。

 クロトの斬撃、その全てがランクAオーバーを誇るクアトロの魔力に防がれていくのだ。


「む、無理よ……敵いっこない」

「いいや。勝てるッ!」


 額から汗を流しながらクロトは斬撃の応酬を繰り返す。

 その都度に傷ついた身体から血飛沫が飛び、レティシアの頬に温かい液体が付着する。

 深く踏み込んで、袈裟懸けに斬り下ろされた斬撃が今までとは異なる金属音を響かせ、鍔迫り合いのように二人は硬直した。


「……確かに俺じゃマークは倒せない。けどな……」


 グッと押し込まれた剣が悲鳴をあげるように火花を散らす。

 クアトロの無色の魔力が眼前に膨れ上がり、クロトを押し出そうとその密度を上げていく。

 クアトロの魔力が弾けるその刹那の瞬間――。

 クロトの体が残像のように霞んだ。

 姿勢を低くしてクアトロの体を回り込むように移動したクロトが剣を水平に構える。


 ――ドンッ!


 と、クアトロの膨大なエネルギーを秘めていたであろう『魔力装填』が寸前までクロトがいた空間を根こそぎ破壊していく。

 瓦礫が宙を舞い、土煙が視界を遮る。

 クロトは自身の直感を信じ、水平に構えた剣を力強く横殴りに薙ぎ払った。


 ――ザンッ!


 と、今までの金属音とは明らかに異なる手応えがクロトの手に伝わる。

 肉を斬る不愉快な感触に眉を歪めながらクロトは剣についた血を振り払った。


「そ、そんな……ありえない……」


 驚愕に声を震わせたマークの呟きを耳にしながら、クロトはクアトロに背中から流れる鮮血を目に焼き付け、単なる思い付きが確信へと変わっていった。


「俺なら――いや、俺だけがクアトロ=オーウェンをもう一度殺すことができるッ!」


 クロトは剣を構え直すと再び魔力を張り巡らせたクアトロと激しい火花を散らせた――。


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