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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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最後の魔力

「おおおおおおッ!」


 クアトロの片腕を斬り飛ばしたクロトは構えた剣を振りかざし、弧を描くように漆黒の剣を振るった。

 洗練された剣筋は綺麗な軌跡を描き、躊躇うことなくクアトロの同体に迫っていく。

 が――。


 ガキィィィン…………。


 剣がクアトロの身体に直撃する直前、目に見えない壁のような何かがクロトの剣を遮り、甲高い金属音を響かせ、レティシアのすぐ横まで吹き飛ばされる。


「チィッ……」


 渋面を覗かせ、舌をうったクロト。

 その直後、クアトロが目に見えるほどの膨大な無色の魔力を纏った。

 魔力を纏うだけで魔術師はある程度の衝撃を防ぐことができる。

 それはレティシアが基礎魔術を完璧に防ぎきれた時と全く同じ状況で、魔力を全く纏わせていなかったクロトの斬撃がクアトロに届くはずがなかったのだ。

 だが、クロトが苦い表情を浮かべたのはそれだけが理由ではなかった。

 クアトロとの距離が開けた瞬間に周囲の壁画に描かれた魔術式が発動したのだ。

 流動系の魔術を得意とする魔術師はエネルギー放出系の魔術を得意とする傾向がある。

 先ほどこの研究室から逃げた時も放たれた魔術のほとんどが高密度に圧縮されたエネルギーの塊だった。

 力の流れを制御し、威力と軌道を正確に調整できる特徴のある魔術は正確無比のクロトのことを狙ってくるだろう。

 クロトは魔術が発動する直前に、ポケットに忍ばせていた一欠けらのひし形の魔晶石をレティシアに押し付けると、レティシアの身体を担ぎ上げた。


「ちょ、ちょっと、クロト……」

「いいから黙ってろ。舌噛むぞ。あとレティシア――」


 クロトがブツブツとレティシアの耳元で何かを呟いた。

 その直後、クロトは大きく体をしならせ、レティシアを研究室の隅まで投げ飛ばす。


「きゃああああああああッ!」


 レティシアの悲鳴が遠ざかるのと壁画の魔術式の輝きがより一層強くなったのはほぼ同時だった。

 クロトは剣を構えつつ、その場を離脱しようと駆け出した瞬間。

 そんなことは許さないとばかりに無数のエネルギー弾がクロトに向かって放たれた。


 その魔術の奏で出る轟音は地面の衝撃を魔力を纏って緩和したレティシアの耳にも届いた。

 未だに降り続く魔術の光はクロトの影を跡形もなく飲みこみ、原型すら残らないような破壊の傷跡をレティシアの双眸に刻みつける。


「く――」


 思わず叫び出しそうになったレティシアの前で瓦礫と煙の中から傷だらけになったクロトが地面を転がりながら這い出てきた。

 服のいたるところが破け、打撲に切り傷、魔術による火傷の跡が目立つその姿はすでに満身創痍だ。

 魔術の猛攻から抜け出し、膝をついたクロトにマークはこめかみをピクつかせ、目の端をギリッと吊り上げていた。


「な、なんてことを……」


 その言葉の端々に怒りが滲み出していることにこの場にいた誰もがすぐに理解出来た。

 マークは血走った視線をクロトに向け、怒鳴り散らすように声を張り上げる。


「なんてことをしてくれたんだ、キサマッ!!」


 ダンッ――。

 とマークの怒りに合わせるように周囲の壁画から魔術の本流がクロトに向かって降り注ぐ。

 クロトは転がるように最初の一撃を避けると、片腕を地面に押し出し、その反動で体勢を立て直してから、研究室を縦横無尽に走り、マークの魔術を躱していく。


「キサマは自分のしでかした罪の大きさを理解しているのか!? よりにもよってクアトロ様の片腕を斬り飛ばすなど……ああッ! なんということだッ……この国の財産が、国宝が……キサマごときがッ……」

「うるせえよ……」


 爆炎の中、クロトは苦虫を噛み潰したような表情をマークに向けた。

 立ち止まったクロトは迫りくる魔術を魔力を纏わせた剣で受け流す。


「――うっ……が……」


 魔力を纏った途端、クロトの顔から血の気が無くなり、魔術を受け流したと同時に膝をついて喀血した。

 手で血を拭うとクロトは冷や汗を流しながら、マークに鋭い視線を向けた。


「……そんな……に、クアトロが……大事なのかよ……コイツがいなければ魔術は衰退していく……って本気でそんなバカなこと……」

「当たり前だッ!」


 降り注いだ魔術の本流をクロトは足を引きずりながらギリギリで避け――。

 その爆風になす術もなく吹き飛ばされる。


「君にはわからない。魔術師でない君にはッ! 彼の偉業が、彼の知識が、彼の力が、何一つ! そんな君ごときがクアトロ様を傷つけるなど……楽に死ねると思うなよ、クソガキィィィィッ!」


 狂乱するマークはクロトをいたぶるように魔術を発動させていく。

 その魔術が引き起こす衝撃をロクに防ぐことも出来ず、クロトはぼろ雑巾のように宙を舞い続ける。


「だいたいなんですか!? ロクに魔力も纏えない分際でこの儀式の邪魔をするなど……今の君はそうやって無様に這いつくばっているほうがお似合いだ。身の程をわきまえて魔術師の前に立て!」

 地面に転がったクロトの手元から漆黒の剣が弾き飛ばされる。

 漆黒の軌跡を描き、その剣はクアトロのすぐ側に突き刺さる。


「――ウゥゥゥ……」


 それまでレティシア以外にまるで興味を示さなかったクアトロが初めてクロトの剣に興味を示した。

 まるで懐かしむようなうめき声に掴んでいた『月の杖』を手放し、その剣へと手を伸ばす――。


「ッ! いけません、クアトロ様!」


 直後、小さな魔術弾がクアトロの眼前を通過し、彼の目の前にあった剣を弾き飛ばした。

 その剣を見送るクアトロにマークは狼狽えた表情を見せた。


「どうしたのですか? そんな下賤な輩が持っていた剣に興味を示すなど……。杖であるならまだ理解できますが……剣などと……時代遅れの武器に興味なぞ抱かないでください。貴方は偉大な魔術師なのですよ?」


 慌てて駆け寄ったマークが落ちていた『月の杖』を拾い、クアトロに握らせる。

 クアトロが握りしめたのを確認したマークは安堵のため息を吐くと、地面で横たわるクロトに憎しみで満ち溢れた視線を向けた。


「キサマがいるからあぁぁぁぁッ!」


 倒れ込んで身動き一つしないクロトの身体をマークは首を絞めて吊し上げる。


「キサマがいるせいで私の計画に大きな傷跡が残ってしまった。もう生かしてはおけません! この場に下等な人間の血が出るだけで本来不本意極まりないですが、キサマはこの場で、クアトロ様の前で殺さないと気が済まないぃぃぃぃッ!」


 マークの腕に紺色の魔力が密集する。

 たとえ『魔力装填』が出来なくとも一か所に魔力を集めれば、鉄の強度を一瞬ではあるが引き出すことも可能だ。

 それに加え、マークは力の流れの操作には長けている。

 一点に集めた魔力は手刀を纏い、さながら一本のナイフのようにマークの腕を覆った。

 その光景を見たレティシアはクロトに渡された魔晶石を握り締めながら背筋が凍るような思いで声を上げそうになる――。


「……ん? なんですか? その拳は……?」


 が、レティシアが叫ぶ直前、クロトの弱弱しい拳がマークの胸に押し当てられた。


「…………ようやく……近づいて……くれたな……」


 同時、クロトの腕にバチバチと魔力が音をたてて収束していく。


「……俺の……最後の……魔力だ……しっかり……味わえ」

「――クッ!」


 マークがクロトの首を手放すよりも一瞬速く、クロトの『魔力装填』が炸裂する。


「《イグニッション―――――バースト》!!」


 高密度に圧縮された魔力が炸裂した瞬間、マークの身体がきりもみしながら吹き飛ばされ、魔術式の描かれた壁画に激突し、マークの魔術師としての粋を結集させたであろう壁画は粉々に砕け散った――。


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