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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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魔術国家の成り立ち

「もう、いいです」

「嫌です。まだ言っていないことが沢山あります! 私はクアトロのような絶対的な英雄がいなくてもこの国の魔術は国民を幸せにできるって信じています。だって、彼が死んだ後にだって素晴らしい魔術は沢山――」

「黙りなさいッ!」

「ヒッ……!」


 マークの激昂にレティシアは肩を震わせて押し黙った。

 あまりの怒りに血管を浮き彫りにさせたマークが苛立った視線をレティシアにぶつけた。


「よくわかりました。ええ、よくわかりましたよ。貴女は魔術師でもなんでもない。ただの小生意気な生娘だ。そんな子を一瞬でも魔術師だと勘違いしていた自分がたまらなく苛立たしいですよッ!」


 頭を掻き毟りながら、マークは怒りを顕わに目を血走らせていた。


「君は勘違いしている。彼が死んでから産まれた魔術などない。そもそも《インスタント魔術》の原型となる技術は彼が既に持っていた。いいことを教えてあげますよ。《インスタント魔術》に必要不可欠な魔晶石――その鉱石はこの国にも眠っていました。それも手をつけられること無く大量にッ!」

「――ッ! まってください、先生……魔晶石はこの国ではほとんど採掘出来ないって……」

「ええ。ほとんど採掘されないことは事実です。ですがそれは現状、他国から安く仕入れられているからです。他国では利用価値がない石ということもあって、実際に発掘するより色々と都合が良かったからにすぎません」

「――都合がよかった……?」

「……その話までする必要はありませんよ。私が言いたいのは――魔術国家前の旧国家であったこの国に未使用の魔晶石が大量に眠っていたからこそクアトロ様はこの国を魔術国家として再建したということです。いいですか――」


 大仰に手を広げたマークは陶酔しきった顔でレティシアの後ろで佇むクアトロに視線を向けた。

 それはもはや狂気に満ちた視線でしかなく、その瞳を一瞬でも垣間見たレティシアはもはやマークのことを敬意をはらうべき教師としては見れなくなった。


「この国にとってクアトロ=オーウェンは誰よりも必要とされる存在です。彼がいなければ魔術はこれ以上発展することはない。衰退していく一方だ。彼なくしてこの国に繁栄の未来などない。魔術師ならば彼の復活に命を捧げることができたことをむしろ誇りに思うべきだッ! それが死にたくない? 恋をしたい? そんなのは余所でやって下さい。魔術師の世界に持ち込む感情ではないッ! まったく……君のことを見込んで散々手を回してきたというのに、残念でなりませんよ」

「手を回してきた? それってどういうことですか?」

「…………まぁ、この際話してもいいでしょう。私は君がこの計画の重要な要で、そして最大の障害になると思っていたんですよ。入学式で君の潜在魔力を知った時から――」

「私の――?」

「ええ。この魔術の発動条件にはクアトロ様のランクAオーバーを超える魔力の持ち主が必要だった。この計画が持ち上がったのはこの春先のことでした。神殿に潜り込んで彼の亡骸を回収したまではよかった。あとは長い年月を待って彼を超える魔力を持つ人間を待つだけでよかったんですよ。幸いこのプロジェクトには時間だけはあった。遺骨を保存するための魔術も完璧に仕上げ、遺骨を狙ってくる賊もここには侵入できませんからね」


 確かにその通りだった。

 国の運営する研究所のセキュリティは一目置かれていた。まず立ち入れるのが許可を得た人間だけ。

 つまりは国にとって都合のいい魔術師と後は同じ敷地にある学院に通う学生だけなのだ。

 あのエミナ=アーネストであろうと許可なく跨げばこの国のお尋ね者としてこの国から追われかねない。


(だから、クロトを抱きかかえていたあの人は門を跨ぐことを躊躇っていたんだわ……)


 入学式、クロトと一緒に居た女性はこの敷地に足を踏み入れようとはしていなかった。

 それは彼女には認可が下りなかったからだ。

 外敵から身を守る。大切な物を隠すという意味ではここよりいい場所はそうないだろう。


「そして、プロジェクトを発動させたその年に君はこの学院に来た。ランクSオーバーという規格外の魔力を持って。これこそがまさに運命ッ! あとは君に余計な力をつけさせないように細心の注意を払うだけでよかった」


 嫌な予感が脳裏を過り、レティシアはその不安をそのまま口にしていた。


「……まさか、私がクロトとペアを組んだのって……」

「ええ。この計画のためです。魔術の使えない落ちこぼれとペアを組んでいれば、あなたは基礎を身に付けることさえ満足にできない。そう考え、ペアを組ませました。そして狙い通りに君はクラスでも最低ランクの成績になった――」


 確かにその通りだった。

 入学したての頃、レティシアとクロトのペアはクラスの中で最下位の成績だったのだ。

 だが――。


「けど、君は私の予想をはるかに超えてきた。落ちこぼれというハンデがありながら魔術競技では誰にも出来なかった簡略化した魔術式を使い、そして今、さっき、伝説上の技術である『魔力装填』すらしてみせた。脅威でした。貴女のその成長が、潜在力が。もし、エルヴェイト君とペアを組んでいなければ今頃、私の手に負えない化け物になっていたかもしれない。そう思うと鳥肌が立ちそうですよ」

「ア……アハハハ…………」


 マークの話が終わる頃、レティシアは乾いた笑みを浮かべていた。

 マークの話を聞いて理解してしまった。

 彼は間違えている。

 一番の脅威はレティシアではないのだ。


「先生……」

「なんですか?」

「先生は間違えています。私は、私にはクロトがいたからあなたに脅威だと錯覚させることができた。もしクロトがいなければ私は今でもロクに魔力の纏えない落ちこぼれでしたよ。先生の判断が最低だった私を最強の魔術師に見せかけてくれたんです」

「……気に入りませんね、その言い方。まるでエルヴェイト君の方が優秀だとでも言っているようだ。彼は魔術の使えないランクEの一般人だ」

「そうですね。私もずっと不思議でした。けど、一つだけはっきりしています。先生の計画は絶対に成功しないって。だって……先生の言う最低魔術師が私を守ってくれるからッ!」


 マークはため息を吐くとレティシアの身体を突き飛ばす。

 為す術なく転がったレティシアのすぐ横には虚ろな瞳を携えたクアトロ=オーウェンが佇んでいた。


「君の話は聞くに堪えない。そんな夢を語れるほど現実は優しくはないんですよ。君には失望しました」


 マークが背を向けると今まで黙って人形のように動かなかったクアトロの腕が動き始める。

 生気のない瞳、力なく伸ばされる腕から逃げるようにレティシアは後ずさる。

 それが所詮無駄な行為と理解していても、生きたいと願う執念がレティシアの震え上がった体を動かしていく。


(大丈夫……絶対に大丈夫ッ)


 レティシアは自分に言い聞かせながら震える足で立ちあがる。


(怖くなんかないんだからッ! 絶対にクロトが助けてくれるッ! だから――)


「怖くなんてないんだからああああああああああっ!」


 伸ばされる手を前にレティシアはギュッと瞳を閉じる。

 それと同時に――。


 ザンッ――。


 と空気を斬るような鋭い音が耳元で聞こえ、生温かい液体がレティシアの頬に跳んできた。


「……時間稼ぎだけは上等だ、レティシア」

「……え?」


 恐る恐る瞳を開けたレティシアの目に飛び込んできた光景は――。

 宙を舞うクアトロ=オーウェンの片腕に、

 レティシアを庇うように漆黒の剣をクアトロに突きつけたクロトの後ろ姿だった。


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