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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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禁呪を止める方法は――

「話が逸れたな……。とにかくまだ死淵しえん転生てんせいは完成してないってことだ。まだ止める方法はある」

「止める……方法?」


「ああ」とクロトは頷く。


「一つは蘇ったクアトロ本人をもう一度殺すことだ。もっともそれが可能ならとっくにしてるがな。正直な話、この国でクアトロに勝てる魔術師はまだいねえ」


 それもそうだ。

 クアトロ=オーウェンが亡くなって十八年が過ぎたが一代で魔術国家を誕生させたクアトロの卓越した魔術の腕にこの十八年間誰も届いてはいない。

 もちろん彼が死んでから生まれた新たな魔術もある。

 その代表的な例が《インスタント魔術》

 ようするに大衆化された魔術だ。

 だがこの技術ですらこの国に《インスタント魔術》の触媒に必要な魔晶石と呼ばれる鉱石が大量に発掘された偶然が産んだ技術であって、もし仮にこの鉱石がなければより発展が遅れていただろう。

 つまるところ、クアトロ=オーウェンがこの国でもっとも偉大な魔術師であることは現在も過去も変わらない真実だ。

 それを理解していたレティシアはクロトの独白に神妙な顔つきで頷いてみせた。


「あとは発動させた術師であるマーク本人をどうにかすること」

「……どうにかって? まさか……」


 クロトはクアトロに対しては殺すという表現を選んで口にしていた。

 だがマークに対してはどうにかすると。

 それは殺す方法以外の解決策があるのでは? という淡い期待をレティシアに抱かせるには十分すぎる表現だった。

 だが、渋面を浮かべたクロトは今にも泣きだしそうな顔だった。


「……殺す。しかないんだ」

「……え?」


 その言葉はどうしてかレティシアの心の奥底まで響いた。

 冗談めいたものでも、比喩でもない。

 クロトが張りつめた表情を浮かべたから。

 身を切るような覚悟がその言葉にあったから。

 後悔に沈んでしまいそうな瞳をしていたから。

 今のクロトを創り出す全てがそれが真実なのだと如実に現していた。

 だからレティシアには追求することしか出来なかった。


「ど、どうして……?」

「……。マーク自身にも発動した魔術は止めることは出来ない。止めるならこの方法しかないんだよ!」

「違うわよ!」

「え……?」


 呆気にとられたクロトが目を見開いた。

 レティシアは知らず知らずの内に瞳に涙を蓄えて声を震わせた。


「どうして簡単に『殺す』なんて言葉が出てくるの? そんなのおかしいわよ。間違ってる! 普通は考えないわ。もっとみんなを助ける方法。安全な方法を考えるわ。それこそ魔術で! だってそうでしょ? 魔術は人を幸せにする技術よ。ならこの魔術だってきっと誰も傷つけずに止めることができるかもしれない。けど、どうして? どうしてクロトは真っ先に最低な言葉を選んだの? クロト、あなたは一体、なんなのよ!?」

「お、俺は……」


 言いよどみ、言葉に詰まったクロトにレティシアはこれまでの鬱憤を晴らすように涙を流しながら叫ぶ。


「おかしいわよ。だいたい、どうしてそこまで魔術を嫌悪するの? クアトロ=オーウェンを憎むの? あなただってこの国の魔術の恩恵にあやかっているのでしょう? ならどうして魔術が人を傷つけるものだって考えられるのよ? わからない。なにもわからないわ。あなたが考えていることが何も!」

「お、俺のことは……いいだろ」

「よくないわよ。私たちはパートナーじゃないの? 言ってくれなきゃなにも理解できないのよ。もっと、あなたのことを教えてよ。知りたいのよ、あなたのことが………………好きだから!」

「……え?」

「――え? え、ち、違ッ! す、好きっていっても友達? パートナーとして? と、とにかく違うから!」


 口に出した直後に動揺してしどろもどろになったレティシアを見てクロトはフッと笑みを零した。

 それが言葉通りの意味なのか、それとも別の意味だったのかクロトに知る術はない。

 ない、が――。


(どのみち、俺はお前の想いに応えることは出来ないよ。それに――)


 クロトたちの隠れた場所に向かって近づく足音が徐々に大きくなってきた。

 もう落ち着いて話せる時間も多くはない。


(けど、これはこれでよかったかもしれない。あと一つの停止手段を伝えずに済んだしな)


 正面突破も覚悟の上でクロトは『相棒』を持つ手に力を籠める。


「……とにかくだ。今、お前の胸に浮かんだ刻印はお前自身が術式に取り込まれた証のようなもんだ。そんなお前をクアトロの復活に陶酔しきった連中が見逃すはずもない。逆に言えばお前が連中に――ようするにこの国に捕まりさえしなければこの魔術は完成しない。ここまではわかるよな?」

「え……ええ……けど、どうしてこの国なの?」

「ここをどこだが考えろ。国立の研究施設だぞ。そして、この場所にいる魔術師はこの国に認められた魔術師だ。――あとは言わなくてもわかるだろ」


 曖昧に頷くレティシアを放ってクロトは続けた。


「どうにかしてお前だけはここから逃がす。その後はエミナ……入学式の時、俺のことを捕まえていた女を覚えているか? あいつを頼れ。あいつの近くなら絶対に安全だから。だから――」


 と続けていたクロトの表情が凍りつく。

 そして――。


「嘘だろ……」


 クロトたちのいた場所の空間が歪み、その歪みから這い出るように黒髪の青年――『クアトロ=オーウェン』が姿を現す。


「え……ど、どうして?」


 突然の出現にレティシアは呆然と口を開き、クロトは冷や汗を流した。


(こいつは……転移魔術ッ! 体に描いていた十二の魔術の一つ……自我は無くても体に刻まれた魔術は使えるってことか――ッ!)


 驚愕に目を見開くクロトの眼前にクアトロは『月の杖』を突きつける。

 嫌な直感にクロトが魔力を張り巡らす直前、

 クアトロの放った魔力の本流がクロトの身体をぼろ雑巾のように吹き飛ばす。


「く、クロトッ! キャッ!?」

「ぐ……ま、待ち…………やがれ」


 短い悲鳴を聞き、霞む視線を彷徨わせたクロトはレティシアとクアトロが時空の歪みに消えて行く様を目に焼き付けた――。


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