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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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英雄が命を落としたきっかけ

「チッ――こっちだ!」


 階段を上りきったところで、クロトは物陰に隠れるようにレティシアを促した。


「え? ど、どうしてよ」


 手を引かれたまま物陰に隠れたレティシアは声を潜ませてクロトに向き直る。

 二人の前を通りすぎたのはこの施設にいる魔術師たちだ。

 たわいもない話をしながら通りすぎた二人の魔術師はどうみても身を隠すほど危険な人物には見えない。

 むしろ地下の研究室から追ってくるであろうマークから助けてもらうように懇願すべきではないのか?

 そんなレティシアの考えを見抜いたようにクロトは首を横に振った。


「レティシア、お前さっき『魔力装填』を使わなかったか?」

「え? えーと……」


 クアトロに襲われる前までの記憶が朦朧なレティシアは必死にその前の出来事を思い起こす。

 確かに『魔力装填』という言葉に聞き覚えはある。

 身体の脱力感もそれに関連している可能性は十分にあり得るだろう。

 なら、クロトの言う『魔力装填』と呼ばれる何かをしたのかもしれない。

 レティシアは曖昧気に肯定した。


「た、たぶん? ご、ゴメン、私ぜんぜん覚えてなくて」

「え? 覚えてないって……?」

「ここ最近のこと。たぶん一週間くらいの記憶かしら。どうにも曖昧で……」

「なるほどな……」


 クロトの中でバラバラのピースがかみ合った。

 一週間前の決闘。

 その時、禁書の内容にばかり気をとられていたクロトはレティシアが去ったことにも気付けなかった。

 そして翌日――。

 教室で顔を合したレティシアは別人のように変わっていた。

 瞳に宿る生気。そして何より、レティシアが普段から無意識に垂れ流している魔力に濁り……つまりは何かしらの魔術的干渉があったのだ。

 魔術には直接人間に作用する魔術が多数存在する。

 呪いや毒、催眠など類がそれに該当する。

 そしてそういった魔術は本人が気が付かずとも生命エネルギーたる魔力にその影響が現れるのだ。

 だが、今回のような軽い催眠魔術は普段は絶対に気付くことは出来ない。

 なぜなら大抵の魔術師の魔力には色がある。

 それは赤、青、黄色と多岐にわたり、それらの色は魔術師にとって適性のある魔術の系統を現しているのだ。

 クラスメイトのノエルなら白銀。すなわち治癒などの聖魔術を得意とする。

 他のクラスメイトにももちろん魔力に色がある。その魔力が多少濁ったとしても目の錯覚くらいに受け流すだろう。

 だが、レティシアは違った。

 非常に稀有なあらゆる魔術に適性のある無色の魔力に加え――。

 本人は気付いていないだろうが、レティシアの膨大な魔力は常に身体の外に溢れだしていたのだ。

 魔力量の低い魔術師なら意識せずとも閉める魔力という名の蛇口が、レティシアに限ってはその蛇口が少し緩かった。

 魔力に敏感な人間なら察知できる程度に常に魔力が放出されていたのだ。

 その二つの偶然があったからこそ、クロトはレティシアの無色の魔力が微かに濁っていることに気付くことができた。

 そして今、枯渇したレティシアの魔力を感じ取ることは出来ないが、恐らく『魔力装填』をした時に体の中の不純物である催眠魔術を打消したのだろう。

 その結果、魔術師としてはまだまだ経験の浅かったレティシアはなんの抵抗も出来ずにかけられた催眠魔術の間の記憶が曖昧となった。


(けど、これは不幸中の幸いだ。もしまだ催眠状態にあるならあの研究室から連れ出すことも難しかったはずだ)


 クロトの見立てではレティシアにかけられた催眠は認識を錯乱させるもの。それもかなり効果の弱い類。

 できたとしても普段なら気になるものが気にならない程度のもの。

 クロトはその魔術に気付きながら……大丈夫だろうとその魔術を軽視していた。

 だが、それが逆に仇となった。

 レティシアならマークが禁書をめくった瞬間に何らかのリアクションを起こしたはずだ。

 なにより素人が魔術研究の助手を行えるという本来ならありえない状況に疑問を覚え、距離をとっていたはずなのだ。

 それがこの程度の魔術のせいでよりにもよってあの『死淵しえん転生てんせい』を発動させてしまった。

 もはや後悔しても後の祭りだと理解しながらクロトは額に手を押し当てた。


(くそ。気付いた瞬間に解除しておくんだった!)


 もっともそれができるならクロトもすぐに実行に移していた。

 だが、クロトではレティシアにかけられた催眠を解くことは出来ない。

 Eランクの魔力しかもたないクロトには解呪の魔術など使えるはずがなかったのだ。


「く、クロト? どうしたの?」


 胸元を隠すようにクロトから借りた制服のローブを羽織ったレティシアが不安そうな瞳をクロトに向けた。


「いや、なんでもねえ。それより、問題はどうやってこの施設から抜け出すかだ」


 この施設から脱出さえできればすぐにでもエミナを呼び出してレティシアを保護してもらえばいい。


(その間に俺はマークを……殺す)


 クロトは悲壮感の漂わせる表情を浮かべ、手元の相棒をギュッと握りしめた。


「そんなの……このまま真っ直ぐ進めば出口じゃない」

「お前……ヘッポコなのは魔術だけにしてくれよ。頭までポンコツだと俺もカバー出来ねえ」

「ちょ、ちょっと! 誰がポンコツですって――ムグッ!」

「バカ! 大声出すな!」


 クロトは声を押し殺しながら怒鳴るという矛盾を無視した特技を披露しながらレティシアの口元に手を押し当てる。


「ちょ、ちょっと触らないでよ」

「うるせえ。今、説明してやるから黙って聞いてろ。俺にも余裕がねえんだ」


 クロトはレティシアから手を離し、呼吸を整える。

 額にびっしりと浮かぶ脂汗は確かに余裕がないのかもしれない。

 クロトは袖で汗を軽く拭うとレティシアを押さえつけた手をまじまじと見つめ。


「ふむ――」


 その手を口元に押し当てようした。


「ちょっと何してんのよ! 余裕あるじゃない、この変態―!」


 身の毛もよだつ行為を目の当たりにしたレティシアがクロトの手を間一髪のところで押さえつける。


「べ、別にいいだろ、これくらい! お前だってこの間俺に『好き』だって告白したじゃねえか!」

「え? う、嘘!?」


 ここ一週間ばかりの記憶が曖昧なレティシアには否定できる材料が見つからず、「もしかしたら」という可能性が一瞬で頬を紅潮させていく――。


「もちろん嘘だ」

「このバカアアアア!」

「ちょっとした冗談じゃねえか。てか大声出すな! 見つかるだろ!」

「あ、アンタが出させているんでしょうがあああああ!」

「あ! バカ! それはマズイ!」


 慌ててクロトがレティシアの口を押さえつける。

 今度ばかりは表情を引き締め、レティシアの耳元でカチャリとクロトの相棒が音をたてる。

 遠くからバタバタと駆け足が聞こえてきた。

 もしかしたらさっきの二人の魔術師が引き返してきたのかもしれない。


「いいか。絶対に取り乱すなよ…………この施設にいる魔術師は恐らくマークの目的……『クアトロ=オーウェン』を復活させることを知っている。そうじゃなきゃ『魔力装填』したお前の膨大な魔力に誰も反応しないなんてことはありえねえ。だから連中は『死淵転生』も……レティシア、お前がクアトロに差し出される生贄だってことも知っているはずだ。そんな連中がお前を逃がすはずが――」

「ちょ、ちょっと待って……生……贄って何?」


 レティシアが青ざめた表情を浮かべていた。

 クロトは追い打ちをかけることをわかっていながらそれを口にする。


「禁呪『死淵転生』の発動条件の一つに生前の魔力を超える魔力を持つ人間の魂を贄に捧げるって条件がある。これは魔術で動き出した骸が活動を維持するために生前以上の生命エネルギーを必要とするからだ。そしてその魔術師の魂を取り込むことでその魂を火種に骸は偽りの自我と仮初めの命を得る。これが『死淵転生』だ。――――コイツは死者を蘇えさせるような魔術じゃねえ。これは死体を操るだけの最低でクソッたれな魔術だ」

「………………ねえ」


 レティシアは胸に浮かんだ魔術刻印のことを思いだし、想像したくもないことを頭の中に思い浮かべてしまった。

 けど、それよりも気になることがあったのだ。


「どうしてこの魔術にそんなに詳しいのよ?」


 そう。詳しすぎる。

 そもそもこれは禁呪。限られた者にしか知ることが許されない魔術だ。

 けれど、クロトはその魔術をクソッたれと表現できるほど理解していた。それが気になって仕方なかった。

 それにクアトロとクロトが似ている。これもただ偶然ではないのかもしれい。

 クロトは後悔に満ちた表情で――。


「……この魔術は……お前らが尊敬視する大英雄様が死ぬきっかけになった魔術だからだよ」


 そう口にした――。


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