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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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呪い

 研究室へと飛び込んだクロトはその光景を目の当たりにして一瞬で状況を理解した。

 研究室の床に描かれた見覚えのある胸糞悪い魔術式。

 そしてレティシアの上に覆いかぶさる見覚えのある顔。

 そしてそいつが今にもレティシアに噛みつこうとしている光景。

 あらゆる状況が過去に目にした悲劇と酷似し、クロトは一瞬で理性を吹き飛ばしそうになる。


「……そういうことかよ……クソッたれ!!」


 怒りが――絶望が――。

 過去の罪が――。

 あらゆる負の感情がクロトの理性を上書きしていく。

 感情に身をまかせ、無謀にも目の前の男に飛びかかろうと身を構え。


「く、クロト!」


 その少女の叫びが怒りに満ちたクロトの理性を正常な範囲まで引き戻した。


(クッ! 今はレティシアを助けねえと!)


 クロトは肩に背よっていた革製の包みに包まれた棒状の得物を構えるとレティシアに襲いかかっていた男――クアトロ=オーウェンに向けて勢いよく振りかぶった。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 電光一閃。

 クロトの渾身の一撃がクアトロに肉薄する。

 だが、それよりも速く――。


「――ッ!」


 クロトの一撃に反応したクアトロが杖で受け止め――。

 直撃の瞬間。

 『魔力装填』を行使したクロトの魔力が膨れ上がり、瞬間的に魔力が跳ね上がる。


「――!?」


 この一撃は予想外だったのか、『魔力装填』で生み出された高密度な魔力を伴った一撃をクアトロは受け止めきれず、その体が大きく弧を描いて吹き飛んだ。


「レティシア!」


 クアトロに目を向けず、クロトは横たわるレティシアを抱き上げる。


「く、クロト……」

「……しっかり掴まれ」


 クロトは過度な魔力行使で激痛の奔る身体をさらに酷使し、二度目の『魔力装填』を行う。

 今度は両足に密集された魔力がバチバチと光り、凝縮させた両足の魔力が炸裂した瞬間、クロトたちは目にも止まらぬ速さで研究室の扉の前まで後退していた。


「ぐっ……!」


 苦痛にクロトの表情が歪む。

 『魔力装填』で集めた魔力を推進力に高速移動を可能とする技能《イグニッション・ブースト》

 通常の『魔力装填』に加えインパクトの瞬間に体にかかる負荷は予想以上にクロトの体にダメージを与えていた。

 この技を使うには今のクロトのほぼ全力の魔力を行使する必要がある上、本来なら余剰魔力を纏って身体にかかる負荷を相殺するはずの魔力をすべてレティシアを守るために使っていたのだ。

 二度にわたる限界以上の魔力行使に加え、さらには加速時のダメージによる全身を襲う激痛にクロトは思わず膝をつく。

 魔力切れによる眩暈と外的要因のダメージで意識が飛びそうだった。

 クロトは唇を噛み切り、どうにか眩暈だけを払いのけると油断ならない視線でマークを睨みつける。


「ま、まさか……エルヴェイト君……ですか?」


 クロトに睨みつけられたマークは今しがた巻き起こった光景に目を見開き、信じられないとでもいうかのように半信半疑でその名を口にしていた。


「他に誰に見えるんですか?」

「い、いえ……まさか……ど、どうして君が……?」

「それはこっちの台詞だ。なぜ、こんな胸糞悪い魔術を起動させた。なにが狙いなんだよ、あんたらは!」


 冷静さを装って丁寧な口調を心がけていたクロトではあるが、事の発端――。

 マークの背後にいる存在に気付き、最後には乱雑な言葉遣いへと変わっていた。


「……私たち? そうですか……ただの一般人だとばかり思っていましたが、どうやら一杯喰わされたようだ」


 マークの表情から驚愕の色が消え去り、代わりに冷酷な顔が浮かび上がる。


「過小評価すべきではなかったようだ。あの『氷黒の魔女』エミナ=アーネストのもとにいた少年だ。もっと警戒すべきだった」


 マークが指をパチンと鳴らすとそれを合図に部屋中に描かれた魔術式が起動する。

 周囲を覆い尽くす幾重もの魔術式にクロトは表情を引き締めた。


「エルヴェイト君。私は君に危害を加えるつもりはありません」

「はッ! 魔術を向けられてるっていうのにそんな言葉を誰が信じるかよ」

「これは警告です。今すぐ彼女を置いてこの場を去りなさい。これは君ごとき人間が口を挟めるような問題ではないのです。たとえ私たちの計画を知ったとしても……いえ」


 マークは唇の端を歪に歪めると醜悪な笑みを浮かべた。


「私たちの計画知っているなら、むしろ君は私たちに協力すべきだ。魔術師であるなら私たちの崇高な考えが理解できるでしょう?」

「……悪いけど……」


 クロトは得物を構え、片腕にレティシアを抱きかかえる。

 身に纏った魔力がバチバチ発光しながら両足に集まっていく。


「俺、魔術ってヤツが大嫌いなんです」

「……残念です」


 周囲の魔術式の輝きがさらに強まり、幾重もの魔術がクロトたちに向かって降り注ぐ。

 クロトは残る全ての魔力を使いきる勢いで『魔力装填』を行いながら、扉に体当たりをした。

 扉が壊れ、通路に投げ出された瞬間、先ほどまでクロトがいた場所を大量の魔術が削りとり、その爆風がクロトたちをさらに吹き飛ばす。


「キャアアアアアアアアアアア!」

「グッ……オオオオオオオオ!」


 大きく弧を描き、地面に叩きつけられた瞬間、クロトは両足に密集させた魔力を炸裂させ《イグニッション・ブースト》を行使する。

 ただただ通路の先を見据えて蹴り上げた両足が地面を砕き、クロトを通路の遥か先まで吹き飛ばす。

 行きつく先も着地のことも考えずただその場を離脱するために無理矢理行使したこともあってクロトはレティシアを庇うように抱きかかえながら地上へと向かう階段の中腹に直撃した。


「あ…………ぐぅ……」


 全身を蝕む激痛に息が詰まる。

 間違いなく骨の一本や二本は折れたかもしれない。

 立ち上がろうとした瞬間、左足に走った痛みにクロトは呻き声をあげた。

 当然だ。

 あんなデタラメな魔力行使。しかも身体の負担を軽減する魔力すらすべて『魔力装填』へとつぎ込んだのだ。

 身体を守る余裕など持ち合わせてはいなかった。

 クロトは左足の具合を確かめる。


(折れちゃいないが、こりゃあ走るのは無理か……)



「う……く、クロト……?」

「大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう……」


 クロトの差し出した手をレティシアは掴むとゆっくりと立ち上がった。

 見たところ擦り傷はあるがこれといった大きな怪我はなさそうだ。

 ひとまず胸を撫でおろすと、クロトは扇情的なレティシアの姿に一瞬目を奪われた。

 破れたブラウスから覗く健康的な白い肌。

 胸を隠すシルクの下着に自然と目が吸い寄せられ――。

 彼女の胸を目にした瞬間、クロトの表情が固まった。


「ちょ、ちょっと何ジロジロ見てるのよ!」


 クロトの視線に気づいたレティシアは頬を真っ赤に染めて胸元を両手で隠すと半眼でクロトを睨む。


「い、今はこんなことしてる場合じゃないでしょ! なにがなんだかわからないけど、ひとまずここから逃げないと」


 レティシアが階段を駆け上がる直前、クロトがレティシアの腕を引っ張った。

 そのままレティシアの両手を開き、腕に隠されたレティシアの胸元がクロトの前に二度曝け出される。


「ちょ、ちょっと何すんのよ」


 未だに力の入らないレティシアはクロトの暴挙になす術がないまま乙女の柔肌を見られたことへ怒りに瞳が染まっていく。


「この変態! バカ! 痴漢! だいたい何が嬉しいのよ、こんな小さな胸をまじまじと見つめて――――え?」


 クロトに怒鳴り散らしながら自身の胸元へと視線を下ろしたレティシアは呆気にとられた。


「え? な、なに? これ? 魔術式?」


 レティシアの胸にはマークの研究室の床に描かれていた魔術式と似た魔術式が浮かび上がり、それを見たクロトは額にびっしりと汗を浮かべ、レティシアを掴んだ両手は震えていた。


「クソッ! ……コイツは『死淵』の呪い。やっぱりレティシアを贄にあの魔術を発動したってことか……! どこまでもふざけやがって!」

「の、呪い? く、クロト……それって……」


 レティシアの恐る恐る口に出していた言葉はそのあまりの剣幕に弱弱しいものになっていく。

 クロトは苛立った表情を浮かべ、その感情をぶつけるように拳で壁を殴りつけた――。


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