期待以上の力
レティシアの両手の上には球体上に集められた魔力の塊が浮遊していた。
レティシアに教えた『魔力装填』は一か所に魔力を集め、魔力を高める技法だ。
だが、先に集められた魔力がすでに霧散し始めている。もうこれ以上、この球体が大きくなることは望めないだろう。
レティシアが魔力をかき集めるスピードより魔力が霧散していくスピードの方が圧倒的に速いのだ。
穴の開いたバケツに水を入れ続けるようにどこまで魔力を集めてもこれ以上レティシアの魔力は膨れ上がることはないのだ。
だというのに、自信に満ち溢れたレティシアの表情にマークは仕舞いかけていた水晶を再びかざした。
確信があったわけがない。
べつに失敗しても構わないのであれば納得ができるまでやらせてみてもいい。という気まぐれがマークの心を動かしたにすぎない。
「わかりました。私も教師です。生徒の言葉を信じましょう」
「ありがとうございます!」
レティシアは安堵の表情を浮かべ、両手に集まった魔力に視線を向けると表情を引き締める。
ゆらゆらと揺れていた球体にバチリと光が奔ったのをマークは見逃さなかった。
集められた魔力が一瞬膨れ上がったのだ。
それに呼応するように水晶も一瞬、輝きが強くなる。
その現象にマークは目を見開いた。
「い、いったい何が……」
完成できるはずがない。
開闢の魔術師『クアトロ=オーウェン』が開発し、その名だけが後世に残った彼の技法の一つ。
それを魔術を習い始めて半年も経たない少女が完成にこぎつけるはずがない。
なのに――。
なぜ――。
彼女の手に集まった魔力の塊は今にも弾けそうなほど強い輝きを放っている?
「先生、先生に言われた方法……何度も……試しました。けどいくらやっても…………ダメだった」
よほど集中しているのか額に汗を浮かべたレティシアの声は途切れ途切れだった。
何かを思い出すように目を瞑り、そのイメージを明確にするために当時の状況を口に出す。
「ただ、魔力を集めるだけ……じゃダメ……あいつはそんなこと……一か所に魔力を集めれば……魔力は高まる……けど、それは……一瞬だけ」
「え……?」
レティシアの口にしたことをマークは初めて耳にした。
うなされたように口にした数々の言葉は確かに『魔力装填』に関することだ。
書物に書かれていた『魔力を集めることで飛躍的に魔力が跳ねあがる』ことにも触れている。
だが、一瞬だけ?
そんな言葉はどの書物にも書かれていなかった。
誰も知りうるはずのない情報。
知っているとすれば、エミナ=アーネストか……それこそ『クアトロ=オーウェン』だけだろう。
「そう……インパクトの瞬間だけ……魔力が跳ねあがるのは……その一瞬だけでいい」
レティシアの荒れていた呼吸が落ち着いていく。
――同時に。
彼女の手に収まっていた魔力球が急激に小さくなっていく。
見る見る内に霧散していく魔力に水晶の輝きが力を失っていく。
それを見てマークは知らず知らずの内に安堵のため息を吐いていた。
「失敗ですね。けど、それでいいんですよ。あなたには別の役割がある。それに……」
この国に二人も英雄は必要ないのだから……。
最後のその言葉がレティシアに届くことはなかった。
その言葉が紡がれたと同時――。
「え――?」
それは起こったのだから――。
マークの手元にあった水晶が太陽に勝る程の輝きを放ち砕け散った。
水晶の破片がマークの手を切り、血で染めていく。
だが、マークには破片で切れた手の痛みを微塵も感じてはいなかった。
ただただ一点――。
今にも破裂しそうな無色の魔力の塊に視線が縫い付けられていたのだ。
レティシアの創り出した魔力が吹き荒れ、部屋に無造作に置かれた書物を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた書物には一つ一つにある魔術式が描かれていた。
一つ一つの魔術式に意味はない。
それどころか書物に描かれた魔術式はそれだけでは効力を成さないものだ。
一見無造作に置かれた書物の位置こそが魔術を発動させる条件だったのだ。
暴風とも呼べる魔力の渦は書物に描かれた魔術の効力を打消し、魔術によって室内に隠されていた装飾の施された棺が部屋の中央に姿を現した。
それだけではない。
研究室の床に新たに描いていた魔術式が彼女の魔力に反応してみせたのだ。
「こ、これは……」
夢……か?
マークの脳裏に過った言葉は真実味を帯びることなく消えて行く。
それとは別に湧き上がった歓喜の感情が知らず知らず彼の口元を吊り上げさせていた。
「す、素晴らしい……素晴らしいです! 期待した以上だ!! 私の目に狂いはなかった! あぁ! これで……これで救われる。あなたはこの国の救世主だ!」
マークは歓喜に打ち震える身体で床に描かれた魔術式に飛びついた。
禁書の十三番に書かれた触媒は全て用意した。
一つはこの禁書に記された複雑難解な魔術式。
一つは対象者の遺骸。
そして――。
生前の対象が有していた以上の生命エネルギー――つまりはランクAオーバー以上の魔力。
もっとも重要な触媒となる――。
その魔力を持った魔術師の魂。
「すべて揃えました。ええすべて!」
反応した魔術式はまだ起動したわけではない。
ただ必要な魔力を感知しただけだ。
この魔術は流動的な力と相性のいい魔術師にか発動できない。
力の流れ――。
生と死の流れ――。
常に動く流れ。つまりは流動。
その力の究極に位置する魔術だからこそ、この魔術の行使はマークにしか出来なかった。
「さあ。また貴方の力を……この国に繁栄を! 貴方なくしてはこの国に未来はないのだから!」
マークは地面に描かれた魔術式『禁書目録 十三番 死淵転生』を発動させた――。