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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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魔力装填

「あ、こんにちは」


 レティシアは通路ですれ違った施設の関係者に明るい声で挨拶を交わしていた。

 最初の頃こそ場違いな雰囲気に呑まれ気後れしていたが、この一週間の出来事がレティシアにある種の矜持を持たせたのは間違いない。

 魔術の深淵に触れられている。

 その満足感、そしてクラスメイトとは一線を画したことができている充足感――そのプライドこそがこの施設における彼女の心境を形作っていた。

 彼女の挨拶にすれ違った関係者――つまりは魔術師たちは朗らかな笑みを覗かせ会釈した。

 彼らもすでにレティシアがマークの助手を行っていることも、そして彼女がランクSオーバーの魔力を保有することも知っていて誰も彼女を邪険にする雰囲気はない。

 レティシアは通い慣れた通路を進み、地下へと繋がる階段を軽い足どりで降りていく。

 マークの研究施設はこの施設の地下にある部屋の一室だ。

 与えられる部屋は魔術研究の内容によって決められる。

 マークが行っている魔術研究を詳しくは知らないが、その部屋の大きさからみて大きな魔術の研究を行っているのは明らかだ。

 つまりは大魔術クラス。文献でしか読んだことがない大規模魔術の研究。

 それがマークの専門魔術なのだとレティシアは推測を建てていた。

 大魔術とは効力こそ絶大なものだがそれ故に発動条件が厳しい魔術の類だ。

 それこそ一人の魔術師が何年もの修練を積み、そして魔術に必要な魔力量を有して初めて実現できる禁忌に近いと言われる魔術。

 そんな魔術の一端に関われていることが何よりも嬉しくて自然と速足となる自分を止めることができなかった。

 研究室の扉の前に到着したレティシアは馴れた手つきでノックをする。


「先生、失礼します」


 くぐもった声で『どうぞ~』と気の抜けた声がいつものように聞こえ、レティシアは逸る気持ちを抑えゆっくりとドアノブを回した。


「やっ。ようこそ」

「またお邪魔しますね」


 レティシアは馴れた手つきでマークに近寄るとすぐ側のマグカップにマーク特製のお茶を注いでいく。

 疲れた身体を癒す。緊張をほぐす。など様々な理由はあるのだが、レティシアはマークの研究を手伝う前は必ずそのお茶を飲むように心がけていた。

 変な緊張を残してせっかくの研究を邪魔するわけにもいかないし、何よりもこれを飲むことで普段以上に落ち着けるのかマークの言葉をなんの疑いも挟む余地なく受け入れられるのだ。

 魔術の助手をする上で魔術師に対して不安を覚えれば最高の結果を残すことは出来ない。

 マークの受け売りであるこの言葉は今のレティシアにとって大きな責任へと繋がる言葉だ。

 先生は信頼して助手を任せてくれているのだ。と――。

 そんな私が先生を裏切るような真似は出来ないのだ。と――。

 レティシアはマグカップに注がれたお茶を飲んでいくことでマークに対する不信感を押し込んでいく。

 空になったコップを流しに置いたところでレティシアは意を決してマークに向き直った。


「先生」

「ん? なんですか?」


 いつものように『禁書目録 十三番』に目を通して難しい顔を浮かべていたマークが顔を上げる。

 レティシアはある種のやり遂げた表情を浮かべ、晴れ晴れとした顔つきだった。


「先生に言われていた課題、完成しましたよ」


 ――ガタッ。っとマークが椅子からずり落ちそうになった。

 かなり驚いたのか、居住まいを正してもその顔から驚愕の色は消えることがなかった。


「え、え? もう、ですか? 教えたのは一週間ほど前ですよね? お昼に見た時はだま成功の兆しすらなかったような気がするんですが……」


 マークが言ったことも事実だった。

 レティシアがこの部屋でしていたのはマークに言われた課題を完成させること。

 それをこの一週間、朝、昼、夜と学業と就寝の時以外のほとんどの時間を使ってレティシアはその課題に取り組んでいた。

 さすがに見かねた母親から少しは休むように注意されもしたが、レティシアはその言葉すら払いのけ、取りつかれたように作業に没頭してきた。

 けれど、それほどまでに身を削ってもマークから与えられた課題はついさっきまで完成する兆しはなかったのだ。

 それも当然と言えば当然かもしれない。

 やり方を教えたマークですら実はレティシアが練習してきた課題を実行することができないのだ。

 やり方は知っているがあまりの難しさに実現できない。

 マークはレティシアにそんな課題を押し付けていた。

 できればいいな。という楽観視から提案したにすぎず、どうせそう遠くない内にマークの求める水準にレティシアが到達できると考えていたが故にそれほど気にしてもいなかった。

 全ては少しでも多くの時間、レティシアと共に過ごしたいというマークの狙いの上に出された無理難題な課題であったはずなのだ。

 マークはコホンと息を吐くと、机の引き出しから水晶の塊のようなものを取り出した。

 ちょうど手の平に収まりそうな大きさのそれは瞬間的な魔力を測定する《インスタント魔術》だった。

 近くで放出された魔力の量に伴って宝石が輝くという仕組み。

 入学式にレティシアたち新入生の魔力測定に使われていた羅針盤と同じ仕組みだ。

 もっとも今、マークが手にしているのは魔術師から放出された魔力を測定するものであって潜在的な魔力量を測る羅針盤とは性能が僅かに異なっていた。


「ひとまず、その課題の成果を見せてもらってもいいですか? 完成かどうかはそれで判断するとしましょう」

「はい!」


 では始めてください。というマークの掛け声の後に続く形でレティシアがその身に無色の魔力を纏った。

 レティシアの魔力に反応した水晶も淡く輝き、その輝きを見たマークはその輝きに落胆の色を浮かべた。

 やはりというべきか、あまりにも弱弱しい。

 潜在的な魔力量がランクSオーバーを誇るとはいえ、まだまだ初心者のレティシアが纏える魔力は精々ランクDマイナスといったところだ。

 予想していた通りの結果だがマークは気落ちすることはなかった。

 一朝一夕で上達するわけがない。これが今の彼女の実力なのだ。

 英雄の再来と呼ばわれる彼女も今はまだ赤子のようなものだと再確認できただけでも善としてマークはレティシアに視線を向けた。


「では、『魔力装填』をやってみてください」


 コクリと頷いたレティシアは身に纏っていた魔力を一か所に集めていく。

 ふわふわとレティシアを覆っていた魔力が質量を増して開けた両手に集まっていく。

 そして、その魔力に反応した水晶が先ほどよりも強い輝きを放ち始めた。

 マークがレティシアに課した課題とはこの『魔力装填』だった。

 身に纏える魔力を一か所に集めることで魔力の底上げを行う技法だ。

 上手くいけばランクEであろうと瞬間的にランクBにもAにも到達しかねないほどの魔力を一瞬ではあるが生み出すことは出来る。(もちろん、理論上の話ではあるが)

 欠点は多々あるが最大の強みは瞬間的に魔力を上げられる点だ。

 その効力は魔力の壁をより硬度に出来ることや、単純な魔術くらいなら魔力で相殺できるなど、詠唱の時間がないときに魔術に対抗する術として発案された超がつくほどの高難度な技術だ。

 実際に水晶の輝きは強くなったといえ、その輝きは精々Cランク程度という感じだろうか。

 とてもではないがマークが求めていた彼女本来の潜在魔力――ランクSオーバーに並び立てるほどの魔力はない。

 これも予想していた通りの結果というべきだろうか。

 この技法の最大の難点は誰がどうやろうと魔力を一か所に集め続けることが不可能という矛盾を孕んでいる点だ。

 マークですら『氷黒の魔女』エミナ=アーネストが屋敷の一角を吹き飛ばす際に目撃しただけで、それ以外の魔術師が実際に使用した場面を見たことがなかった。

 そもそも魔力を一か所に集めようとしても、魔力が霧散していく性質を持つ以上、どうやっても限界以上の魔力を生み出すことができないのだ。

 だからこそ、レティシアの今の状態は失敗だともいえる反面、これで成功なのだということができる。

 確かに一か所に止めることができている点でいえばマークの課した課題は十分に達成できているからだ。

 問題があるとすれば理論上では膨大に膨れ上がるはずの魔力が思った以上ではなかっただけの話。


「ありがとうございます。もう――」


 いいですよ。

 マークはそう言って水晶を仕舞おうとレティシアに背を向ける。が――。


「ちょっと待って下さい。まだ終わってませんから」


 その直前、真剣な表情を浮かべたレティシアがマークを呼び止めていた。


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