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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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朝起きるとやっぱり行きたくないって駄駄をこねました

 今朝の騒動から一時間後、学院へと続く通学路をレティシアは肩を落としながら歩いていた。

 制服の染みは母親でもすぐには落とせそうになく結局洗濯する羽目になった。

 レティシアが身に付けているのは予備にと余分に一着購入したスペアだが、朝のショックは二重の意味で中々頭から抜けそうにない。

 知らず知らずの内にため息を吐いていたことさえレティシアは気付く様子がなかった。


「けど、墓荒らしなんて本当にどういうつもりなのかしら?」


 朝の不祥事を頭の隅に追いやると浮かんできたのは新聞の記事の内容だった。

 遺産的な価値はあっても火葬された遺骨は魔術としての利用価値が低いというのが世の通説だ。

 杖やローブにしてもそうだ。

 伝統的な意味合いの方が強く、手にした者を英雄にさせるわけではない。

 勲章のようなものだとレティシアは捉えていた。

 師の後を継げたという達成感と事実が継承には存在する。

 だから、もしこの先盗まれた二つが見つからないままだとすれば二度と英雄の後継者は現れないことになってしまうのだ。

 自分こそがその英雄の『杖』と『ローブ』を受け継いでみせる――――。

 その密かな夢が早々に潰えたことにレティシアは悲しみを隠しきれなかった。


(やっと念願だった魔術師にもなれてこれから夢の学園生活が始まるっていうのに……)


 レティシアの通う国立ウィズタリア魔術学院の入学への道は険しい。

 魔歴十八年という月日の中で魔術適性のある者は誰でも入学できるという時代から魔術適性だけでなく高い学力や人間性も求められ、年々学院への門は狭くなってきている。

 というのも理由があった。

 魔術を早い段階で国に根付かせるため建国当時は魔術の適性がある者は誰でも魔術を学べる環境だった。

 だが、それが災いして加速度的に魔術による犯罪が増えていった黒い歴史がある。

 最近ではめっきり減った方だが、建国当時は酷いものだったと両親から聞かされてきた。

 その時代を乗り越え、魔術国家としても安定した魔歴四年ほどから学院は学力だけではなく、入学希望者の人格的な側面も重視するようになった。

 魔力適性があるだけはダメ。

 勉強が出来るだけはダメ。

 倫理観があるだけではダメ。

 この三つが合わさって初めてこの狭き門をくぐることが許される。

 魔力適性判断が十五歳から任意で受けられるようになっているのもこの三つの条件から理由がありそうだ。

 さすがに幼い子供に高度な勉強と倫理観をどうこう言うのは難しいだろう。

 だからこそ十五歳という年齢はこの国では一種の成人の議となりえる。(もちろん婚姻などはもう少し歳を重ねてからになるが……)

 子どもの頃から英雄譚に出てくる『クアトロ=オーウェン』の活躍が好きだったレティシアは十五歳の誕生日に魔術役所に誰よりも早く訪れ、魔術適性判断を受けた。

 その時の感動は今でも目を瞑れば鮮明に思い出せそうだ。

 無事に魔術適性があることがわかった後はとんとん拍子で話が進んだ。

 子ども頃からウィズタリア魔術学院に通うことだけを考え学年でもトップクラスの成績を誇るだけではなく、一学年上の勉強にも独学で手をつけていた。

 倫理面も問題なくクリアし、ようやくレティシアは夢の第一歩を踏み出せたわけだが……。


「うう……入学初日からついてないわね……」


 いい加減に気持ちを切り替えないと落ち込んでいる姿を同級生に目撃されるかもしれない。

 第一印象でその人の性格は決まってしまうものだ。

 もし落ち込んでいたり、不真面目な格好でも見られでもすれば学院での風当りも悪くなるだろう。

 第一印象はお淑やかで可憐な感じ――というのがレティシアの願いだ。

 だからこそこんな姿、とてもじゃないがクラスメイトには見せられない。

 レティシアは頬を軽く叩くと気持ちを整理する。

 背筋をピンと伸ばしたレティシアは優等生然とした佇まいで学院へと向かった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 レティシアがその少年に気が付いたのは学院の門を視界に捉えた時だった。

 門のすぐ脇で一組の男女が組み合っていた。

 一人はレティシアと同じ学院の制服を着た少年。

 もう一人はその彼のお姉さんだろうか? 黒いドレスを着た二十代前半くらいの黒髪の女性だった。

 レティシアは足を止めると興味本位で二人の様子を眺めた。


「やっぱりイヤだああああああああ! お家帰るううううううう!」

「今さら何を言っているんだ! 行くっていったのはお前だろ? ならちゃんと覚悟を決めろ」

「違うだろ? エミナが無理やり俺から言質を取ったんだろうが! いかにも俺が目を輝かせて学院に行きたかった! みたいなねつ造するのは止めろよ!」

「なにを言っているんだ? お前は涙を浮かべて学院に行くと熱烈に訴えてきたじゃないか? あの時のお前の熱意はどこに消えてしまったんだ?」

「最初から熱意なんてものはねえ! 燃え尽きたのは俺のコレクションだ! くそおおお……結局ぜんぶ燃やされちっまたし、これからどうやっていけばいいんだよ……」

「私で発散すればいいだろ?」

「止めてよね。ことあるごとに俺に迫ってくるの。本当にお前は対象外なんだよ」

「ほほう……」


 女性が少年の首に手を回すと少年の首を締め上げ、その意識を刈り取ろうとしてきた。

 必死に女性の腕をタップする少年。

 すでに顔は青ざめ、遠目から見ていたレティシアですら少年が涙ながらに「ギブ! ギブ! ご、ご、ごめんなさいいいい…………」と必死に喚き散らす声が聞こえてきた。

 本当になんなのだろう…………。

 見た限り、同じ学院に通う生徒であることには間違いないが、どうにも学院の風格に合うような人物ではなさそうだ。

 しかも制服は着崩れ、『ローブ』替わりでもある黒い制服のボタンは一つも留められることなく、開け広げられたローブの下は第二ボタンまで開けられた学院指定のホワイトシャツ。

 ネクタイの着用も勧められていた記憶があったがその少年の首元にはネクタイが見当たらず、黒いシャツの首元が見えているだけだ。

 なんというか凄くだらしない姿だった。

 仮にも誇りある魔術師の見習いであるという自覚をもっているなら最低限の身だしなみは整えるべきだろう……。

 同じ魔術師として恥ずかしい。

 レティシアは知らず知らずの内に冷めた視線を彼らに送っていた。

 その視線に気が付いたのは少年の首を絞めていた女性だった。


「ほら、クロトがいつまでもグズグズしているから…………見ろ。同じ学院の子に笑われているじゃないか」

「俺のせいじゃないって! エミナが洒落にならない技をキメにきてるからドン引きしているんだよ」


(多分その両方です)


 とレティシアはジト目で返す。

 すると目を疑う事態が訪れた。

 クロトと呼ばれた少年の首根っこを掴んだまま、エミナと呼ばれた女性がレティシアに近づいてきたのだ。


(って! な、なんでこっちに来るのよ!?)


 ますますもって理解が出来ない。

 レティシアはただ遠巻きから見物していた野次馬の一人にすぎないはずだ。

 そもそも本能的に関わりたくない。

 脂汗を滲ませながらレティシアは脅えた様子でエミナを見上げた。

 近くで見たその姿はため息が出るほど美しかった。

 黒い髪に黒い瞳。整った顔立ちに女性として完成されたプロポーションは同じ女性としても純粋に憧れるほどである。

 その姿に一瞬目を奪われたレティシアにエミナは無邪気な笑みを浮かべる。


「君、この学院の生徒でしょ?」

「え? あ、はい。そう……ですけど……」


 エミナと呼ばれた女性の笑みにもう嫌な予感しかしなかった――――。


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