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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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禁書目録 十三番

「いてて……何も本気で殴ることないだろ?」

「うっさい! 次、同じこと言ったら本気でブツからね!」

「おい、待て。まるでさっきのが本気じゃないみたいな言い方だな?」

「あ、当たり前でしょ。怪我人に本気で殴れるわけないじゃない」


 うええ……と苦い表情を見せるクロトの頬には立派な紅葉の後がクッキリと残っている。

 ヒリヒリと痛む頬に触れると思わず涙が込み上げてきそうだ。

 これよりもさらに強力となると果たして顔の原型を留めていられるのか。

 恐怖に打ちひしがれるクロトはぶるっと肩を震わせる。

 迂闊な発言は未来をも易々と奪うことを身をもって体験したクロトは身体の状態を確かめるように拳を握ったり解いたりを繰り返す。

 気だるさは残るものの、何とか立って歩く程度には回復していた。

 もっとも激しい運動――それこそ魔力を使った活動は一日以上様子を見る必要はありそうだが。

 壁にもたれたままクロトは手にしていた『禁書』に視線を落とした。

 赤い表紙には金の文字で『禁書目録 十三番』と書かれている。

 クロトはその表紙を撫でるとページをめくろうとして、

 その横からレティシアに禁書を横取りされた。


「……おい。なにすんだよ?」

「それはこっちの台詞よ。なんで勝手に本を開こうとしてるのよ。このおバカ!」

「誰がおバカだ。このペッポコ! いいだろ減るもんじゃないし、ちょっとだけでいいから!」


 第三者が聞けば勘違いしそうな恥ずかしいセリフを口走りながらクロトはレティシアの手にある禁書に手を伸ばす。

 だが、その手は禁書に届く前にパチンと弾かれた。

 子猫が威嚇するように目を吊り上げたレティシアが可愛らしい犬歯を覗かせる。


「ダメ! 絶対に触らせないんだから!」

「べつにお前のじゃないだろ? この本は俺が決闘で勝って得た本だろ?」

「その内容を決めたのは私じゃない。そもそも興味本位で本に目を通したら私たちも先輩たちと一緒の行為をすることになるのよ? それじゃあ決闘した意味がないじゃない!」

「よく考えろ。意味なら十分あっただろ。お前のヘッポコ具合をこの学院に知らしめたんだ。これからお前の間違った理想像も瓦礫のように崩れていくって。もとの鞘に戻れよ」

「嫌よ! …………いや、別に私の間違った認識が戻るはいいけど、元に戻るのはイヤ! だ、だってもとに戻れば……」


 今はまだ『英雄の再来』という無駄に大きすぎるレッテルがレティシアに貼られているが、もしそれがなくなれば……。

 またクロトとの三角関係を噂されるかもしれないのだ。

 それは何としてでも避けたい。

 クロトも同じことを考えていたが故に顔を真っ赤に染めたレティシアの心情を手に取るように理解した。


「…………まあ、あのプライドの塊みたいな先輩たちが言いふらすとも思えないけどな。もし言っちまえば禁書を持ち出したことももれなくバレるんだ。そんなヘマはしないだろう。それに俺も言いふらされたら困る」

「困るって……?」

「だま俺のことを勘付かれて欲しくないんだよ。この学院にいるごく一部の奴らに、な」

「なによ、それ? 格好つけてるの? それともバカなの?」

「なんでその二択しか用意してもらえないんでしょうか?」

「だってそうでしょ? 魔術はこの国を豊かにするために『クアトロ=オーウェン』がこの国にもたらした技術じゃない。少なくとも私はクロトの持つ技術が不要なものだなんて思わないわ。きっと何かに役立てるはずよ」

「…………ハァ」

「な、なによ……」


 呆れた様子で頬杖をつくクロトにレティシアは狼狽する。

 あからさまにため息を吐いてみせたクロトは不満を全く隠そうとはしていなかった。


「レティシア、俺が言った言葉を覚えているか?」

「な、何よ、突然」

「俺は言ったはずだ。魔術と向き合えって。よく考えろ。俺の技術。そしてあいつ等の魔術を。俺がお前に伝えたかったものはそこにある」

「クロトの伝えたかったもの?」

「そうだ。お前は今日の決闘で思い知っただろ? 魔術は綺麗なものじゃないことを。お前は痛みと一緒に魔術の恐怖を知ったはずだ」

「そ、それは……」


 言いよどむレティシアにクロトは間を与えることはなかった。


「この際だ。はっきりさせておくぞ。魔術は人殺しの技術だ。お前の尊敬する大英雄はただの――」

「止めて!」


 身を切るような悲しい悲鳴がクロトの言葉を止める。

 視線を上げたクロトはバツが悪そうにレティシアから視線を逸らす。

 今にも泣きそうな……いや、地面に染みがあったから恐らくはもう泣いているのだろうレティシアの顔を見ることができなかったのだ。


「止めてよ。わかってる。わかってるわよ、そんなこと。けどだからって私はアンタにそんな顔で言って欲しくないのよ」

「……どんな顔だよ」

「わかってないならアンタは本当に大馬鹿よ」

「そうかよ……って、いつの間にか話ずれてんな」


 強引に話を切り変えたクロトはレティシアの目を見ずに手だけを差し出す。

 レティシアはクロトの差し出された手を見つめ、その手を無視した。


「おい……」

「なによ」

「本を見るくらいは別にいいだろ? 俺には魔術が使えないんだ。俺が読んだところで意味なんてない。俺が知りたいのはその本に書かれた内容だけなんだよ」

「内容を知ってどうするのよ?」

「どうもしないよ。ただどこまで精密に書かれた本なのか気になっただけ。ただ魔術の効力を記しただけならまだいい。それよりも魔術式や触媒……魔術の発動に必要な条件が記されているのか、それを知りたいんだよ」


 レティシアはおかしなものでも見るようにクロトを見つめ、クロトの背筋を凍らせる一言を呟いた。


「やっぱり禁書のこと何も知らないのね。そんなの全部に決まってるじゃない」

「……………は?」


 たっぷり間をおいたクロトの狼狽ぷっりはレティシアも初めて見るものだった。

 まるで化けの皮がはがれたような……。


「全部は全部よ。魔術の発動に必要な条件はすべて記載されているでしょうね。なにせそのあまりにも膨大な情報量のせいで禁書一冊に付き、禁呪は一つしか書くことができなかったって話だし……」

「ちょ、ちょっと待てよ。おかしくないか? なんで禁呪をまるまる本に修めてるんだよ? 禁呪ってもんを理解してるのか? 発動すれば必ず厄介なことが起こる魔術だぞ? この国、バカじゃないのか?」

「あ、アンタ、ちょっと言い過ぎじゃない? 確かに禁呪は危険なものだけど……だからこそ禁書は国が厳重に保管してるし、見れる人間は国が認めた優秀な魔術師だけで、安全面はきちんと確保されているわよ。そもそも国のためになりそうな技術を失くす方がよっぽどバカな行いじゃないかしら?」

「そういう問題じゃないだろ……くそ、やっぱ嫌な予感が当たっちまった……俺がもう少しでも魔術の危険性をわからせておけば……」


 その場でブツブツと考え込んだクロトはもうレティシアのことなど視界に捉えてはいなかった。

 真剣に考え込むその姿に水を差すこともはばかられ、その場に居づらくなったレティシアは禁書を抱きかかえると踵を返す。


「そ、それじゃあ私はこの禁書を先生に渡してくるから。クロト……今日のことも含めてまた今度、詳しいことを聞かせてもらうから」

「…………ああ」


 いかにも話を聞いていないようなから返事な返答に肩をすくめたレティシアはクロトを気遣うようにそっとその場から離れていった。




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