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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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最低魔術師の実力

 誰もが目の前の現実を受け止められずにいた。

 騒然とする只中でクロトは拳をだらりと下げる。


「俺の勝ちだ」


 倒れ伏した男を無表情で見下ろし、クロトは上級生の男に現実を突きつける。


「う……嘘でしょ?」


 忘れかけていた呼吸を再開させたレティシアは痛みが和らいだ身体を起こし、クロトに近づこうとする。


「ッ……まだだ。まだ……俺は負けてねえ……」

「止めとけよ。無駄に怪我するだけだ」

「ふ、ふざけんじゃねええええええええええええ!」


 バンッとバネのように跳ね起きた男がクロトに殴りかかる。

 連続で繰り出される拳にクロトは後ずさりながらその全てを弾き落としていく。


「くそが! ふざけやがって!」


 その言葉はクロトの体術を差したものではないのだと誰もが気付いていた。

 確かに次々と攻撃を受け流していくクロトの体術には目を見張るものがある。

 単純な格闘技の話をするならこの学院でクロトに敵う者はそうはいないだろう。

 だが、男が不快感をみせたのはクロトの圧倒的技能ではなかった。

 攻撃のラッシュを止めた男はクロトから距離を空けると肩で息をしながら鋭い視線を向ける。


「お前、俺を馬鹿にしてるのかッ!?」

「なにを言ってるんだ?」

「わかりきったことを聞くな。これは魔術師の決闘だ。それなのになぜ、魔力を纏わない? 魔術で勝負する気がないのか!?」

「ああ、そのことか……」


 クロトは納得がいったように肩の力を抜いた。

 クロトはこの決闘が始まる直前に身に纏っていた魔力を解除し、それ以降一度として魔力を纏ってはいなかった。

 魔術師の決闘ではまず魔力を纏うことが前提条件だ。

 魔術の撃ち合いにおいて身を守る防護壁にもなる上、決闘者の魔力が消失した時点で決闘の勝敗を決めることもできる。

 いわば安全装置のようなものだ。

 魔力を纏ってさえいれば最悪命を落とす危険性もグッと下がる。

 魔力を纏っているという安心感があるからこそ危険な魔術戦であろうと学院の生徒は全力で魔術を行使できる。

 だからこそ、魔力を纏っていないクロトに魔術で攻撃することを誰もが躊躇っていたのだ。


「バカか、お前は」

「な、なに?」

「相手が魔力を纏っていないから本気が出せない? 魔術を使えない? 魔術師を舐めるのも大概にしろ」

「お、お前こそ……魔術を舐めるな。基礎魔術と初級魔術じゃ威力の次元が違う。生身で魔術に直撃すれば命を落とすぞ」

「…………そんな簡単なことがわかっているのになぜレティシアに初級魔術を向けた? レティシアだって魔力が尽きればただの人間だ。初級魔術の威力に敗けて命を落とす可能性を考えはしなかったのか?」

「それこそふざけた話だ。アートベルンはランクSオーバーの魔術師だ。俺たち以上の魔力を持っている人間が初級魔術ごときで命を落とすはずがないだろう」


 その言葉を聞いたレティシアはゾクリと身体を震え上がらせる。

 初級魔術で受けた衝撃は全身に恐怖と苦痛を刻みこむには十分すぎる威力だった。

 なにせ基礎魔術では無敗を誇っていたレティシアの魔力の壁が一瞬で砕け散る威力だ。

 もしあと少しでも魔力の壁で初級魔術の威力を殺せていなければ、命を落としていたに違いない。

 レティシアの青ざめた顔を一瞥したクロトは呆れたように頭を掻いた。


「やっぱりアンタらには魔術師ってもんがわかっていない。そもそもアンタ、レティシアが初級魔術の威力をほとんど相殺できていないことに気付いてないだろ?」

「ば、バカな!?」


 クロトの台詞を聞いた男の表情が一変した。

 あからさまに狼狽えた男は頭を振って否定する。


「あ、ありえない。俺たちですら初級魔術の威力は精々、膝をつく程度の威力だ。アートベルンほどの人間ならほとんど痛みはないはず……」

「やっぱ何もわかってないな。一つ言っておく。もしもう一度初級魔術以上の魔術をレティシアにぶつけていたらまず間違いなく命を落としていたぜ」

「ふ、ふざけたことを言い張るのも大概にしろ!!」


 困惑した表情を浮かべたまま殴りかかってきた男の拳を捌くとクロトは右手を握り締める。

 そのまま突き出された拳は男の魔力壁を打ち破るとあっさりと男の腹部にめり込んだ。


「ぐ……あ…………」


 悶絶し、膝をついた男はあり得ないものでも見たかのように目を見開いた。


「そ、そんなバカな……ただの拳が魔力を打ち破れるはずが……」


 プラプラと右手を振りながらクロトは周囲を見渡した。


「そのナゾナゾはあとで教えてやるよ。それよりもアンタたちはまずその間違った魔術知識を直せ。そうじゃないとそう遠くないうちにアンタたちはそのご自慢の魔術で人を殺す羽目になるぞ」


 その言葉に誰もが押し黙ったのを確認したクロトはコホンと咳払いをする。


「まず、アンタたちは勘違いしている。今のレティシアが纏った魔力の壁は精々Dランクマイナスってところだ。そんで、先輩らの魔力の壁は甘く見積もってもDランクプラスってところだよ」

「ば、バカな……俺たちはBランクだ。Dランクのはずが……」

「そうだな。確かにそれくらいの適性値はあるんだろうよ。ただしそれは潜在的にはって話だ。実質、アンタらが引きだせているのはその程度でしかないんだよ。そもそもこの適性ってのは魔術師としての到達点のことだ。誰もが最初から適性通りの力は発揮できないんだよ。必死に努力して何年もの長い年月をかけて魔術を磨いてようやく適性値にまで手が届く。それが本物の魔術師だ」


 その言葉を聞いたレティシアは思い当たる節があった。

 最初の実習からどうにも違和感があったのだ。

 初めて魔力を纏った時、レティシアと他の生徒との間に殆ど差はなかった。

 もしランクSオーバーの実力があるならレティシアの纏った魔力はもっと桁違いなはずだったのだ。

 それが月日を重ねてもたいした変化はなく、使える魔術は増えてはいくが身に纏った魔力はさほど変わっていない。


「レティシアは確かに見た目は派手だけど、ただ膨れ上がってるだけだ。だから脆いし、アンタらのなんちゃって初級魔術程度も防げない」

「な、なんちゃって……だと?」

「そうだよ。覚えたての魔術を披露したいのはわかるけどもう少しものにしてから披露しろよ。見てて失笑もんだぞ」

「ふ、ふざけるなよ! バカにするのも大概にしろ!」


 苦笑いを浮かべるクロトにいきりたった男は周囲の取り巻きに目配せをした。

 その合図を受け取った取り巻きの一人が魔術式に手を当てる。


「そこまでバカにしたんだ。俺たちの魔術を受ける覚悟も当然あるんだよな」

「…………好きにしろ」


 クロトは男に背を向けると放心状態だったレティシアに視線を向けた。


「レティシア、もう少し離れてろ」

「え、く、クロト……?」


 その時、初めて気が付いた。

 クロトの無色の魔力が右足の一点に集中していることに。

 その力強い魔力の輝きは一度も見たことがないほど圧縮され、その魔力自体が一つの魔術にも見えるほどだ。

 バチバチと発光するクロトの右足から本能的にレティシアは遠ざかる。


「魔力で生み出された魔術は同じく魔力で生み出された魔術でしか打ち消せない。それは魔術の絶対的なルールだ。そしてその魔力は魔力でしか砕くことは出来ない。そこで問題だ。魔術は魔力で打ち消せるのか……その答えがこれだ」


 周囲の取り巻きが手を添えた魔術式から青い輝きが放たれ、クロトに向かって水で生み出された槍が撃ち出される。

 その槍の一撃がクロトを穿つ刹那の瞬間、

 振り向き様に放ったクロトの回し蹴りが槍の横っ面を捉え――。

 激しい光を放ちながらクロトの右足は魔術で出来た水の槍をいとも容易く打ち破ったのだった――。


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