チェンジだ
「お、お前……いったい……」
「俺か? 俺はコイツのパートナーだよ。不本意ながら」
男とレティシアの間に割って入ったクロトは呆れた様子でレティシアに向き直る。
その表情は僅かながらに怒りを滲ませ、レティシアはビクリと肩を震わせた。
「……まったく、なにしてるんだよ、お前」
「アンタには関係ないでしょ」
「ああ。そうだ。だからってこのまま見過ごすとでも思ってるのか?」
「……ヘッポコって馬鹿にして遠くから眺めていたのに信じろっていうの?」
クロトがうぐっと息を呑んだ。
確かにそう言われてもおかしくない行動をとりはした。
野次を飛ばしていたのも事実ではある。
そこを責められると確かに胸が痛むが、逃げる口実を作れないものかと考えた末での言動だ。
今のレティシアには一年上の魔術師にはどうあがいても勝てない。
それほどまでに実力の差がある。
だからこそクロトは現場に駆け付けた時、『逃げろと』と叫んだ。
もっともそれが逆効果となってしまったが……。
「信じるのはお前の勝手だ。俺は俺のやりたいようにするだけだ。ところでアンタ」
「ん? 俺か?」
「そうだよ。寄ってかかって一人の女の子に乱暴をするのはよくないんじゃないのか?」
「……周りから見ればそう映るだろう。だが勘違いはするな。決闘の条件には人数は決められていない。あくまで当事者である俺たちと彼女の決闘だ」
「そうかよ。なら条件を付け加えよう」
「なに?」
怪訝な顔を見せる上級生の男にクロトは指を突きつけた。
「アンタらだってさっき勝利時の要求を変えただろ? 決闘の最中に要求を変えるなんて『魔術師としての誇りを穢す』ような行為をしてるんだ。だったらそれをチャラにするために俺の条件を呑めよ」
魔術師の誇りを何よりも尊重する魔術師にありがちな下らない信念に揺さぶりをかける。
眉間にシワをよせた男はクロトの言い分に納得したのか、しぶしぶ顔を縦に振った。
「いいだろう。お前の条件を一つだけ呑んでやる」
「話がわかるじゃねえか。俺の条件は一つ―――――チェンジだ」
「なに?」
「このヘッポコ三流から相手を俺に替えろ。ただそれだけだよ」
その要求に異を唱えたのは状況を見守っていたレティシアだった。
「なに勝手に話を進めてるのよ……決闘の要求ばかりか相手を変えるだなんてそんなの……」
「魔術師の誇りを穢す行為だってか?」
クロトの鋭い視線がレティシアを射抜いた。
呆れを通り越し怒りに満ちたその視線にレティシアは背筋を凍らせる。
クロトが魔術を毛嫌いしているのはこの学院……クロトのクラスではすでに周知の事実だった。
今さらクロトが魔術を穢すような発言をしても何もおかしくはないが、その行為に巻き込まれる生粋の魔術師であるレティシアは我慢できなかった。
「そ、そうよ……これは私が受けた決闘よ。クロトには関係ないじゃない」
「これだから魔術ってヤツは嫌なんだ……レティシア、下らないものに命をかけるなよ」
「なッ!?」
「そもそもこんなのが決闘? 笑わせるなよ。こんなのは決闘っていう名前のただのケンカ……いやそれ以下の行為だ」
「なにを……」
「レティシア、お前は魔術師としてはまだまだだ。いや、違うな……そもそもお前は魔術師って存在に酔っているただの女の子だ。魔術師ですらない」
レティシアの表情がその言葉を聞いた途端、固まった。
その言葉にレティシアがショックを受けたのは誰もが予測できた。
そしてその言葉を耳にしたであろう周りの視線も鋭いものへと変わっていく。
それもそのはず。
この学院に入学できた時点でもう魔術師になったのも当然のことなのだ。
それを否定することがどれほど魔術師を目指す人間の心を傷つけるのか……それを想像することはあまりにも容易だった。
そしてそれを口にする者への憎悪すら誰もが予想できた。
顔を俯けるレティシアに変わって上級生の男が怒りを隠すことなくクロトを睨みつける。
「お前、それでも魔術を志す者か?」
「さて、どうだろうな」
「……アートベルン、気が変わった。俺はこの男の条件を呑むことにする。度重なる無礼を許せ。だが……その代り、お前の受けた雪辱、俺たちが晴らしてやる」
「……え? で、でも……」
「むこうもああ言ってるんだ。そこは素直に頷いとけよ」
「けど、これは……」
言い縋るレティシアにクロトは痺れをきらせたように背を向けた。
その拒絶の背中にレティシアは何も言えなくなる。
「……お前はもう少し魔術とちゃんと向き合え」
「……クロト?」
「魔術のいい面ばかりに目を向けるなってことだ。魔術師を名乗るならまずはそこからだ」
クロトは呼吸を整えると全身を一瞬強張らせ、薄っすらと無色の魔力をその身に宿した。
クロトの纏った魔力はレティシアの魔力に比べれば弱弱しいものではあったが呼吸をするように魔力を纏ったその技量に誰もが一瞬言葉を失った。
「言うだけのことはあるな。魔力を纏うのに全く違和感がなかった。呼吸をするように魔力を纏うなんざ中々できることじゃねえ。名前を聞いておこうか」
「クロトだ。クロト=エルヴェイト。お前を倒す最低魔術師の名前だ」
「最低……そうか。噂で聞いたEランクの新入生はお前か。ふっ……噂通りの男かどうか見極めさせてもらうぞ!」
鋭い呼吸と共に距離を詰めた男がクロトの顔面目がけて拳を突き出す。
クロトはその一撃を危なげなく弾くと拳を握り締めた。
「いいぜ。ただし、見極められるだけの時間がお前にあればの話だがな」
振りかぶったクロトの拳が男の腹部を捉え――。
男の纏っていた魔力の壁を容易く突き破るとその拳は男を殴り飛ばした。