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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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知らない間に家が爆発した

 エミナは窓際に腰かけ夜の月を肴にクイッとワインを喉に通した。

 開け放った窓から届く夜風が彼女の黒髪を優しく撫で、その感覚にエミナは小さな満足感を覚えた。


「ようやく肩の荷が下りた気分だよ、まったく……」


 世話が焼ける――。

 何度そう思ったことか……。

 初めてクロトと出会った時もそうだが、その後も何度手を焼かされたことか。

 しかももう魔術は使わないと宣言された時の衝撃など何日も酒に溺れるほどエミナにショックを与えたものだ。

 それが今となっては……。

 思い返すと自然と笑みが込み上げてきた。

 ここ一、二ヶ月のクロトの成長はエミナにとってまさに心が躍るものだった。

 クアトロの調査という名目がありはしたが、そんな些末なことを抜きにしてももう一度クロトが魔術の道に足を踏み入れてくれた。

 そればかりじゃない。

 もう二度と返すことがないと思っていた彼の相棒も渋々ではあったが受け取ってくれたのだ。

 何年もかけて説得してもダメだったことなのに学院に通うようになってクロトは確かに変わった。

 それもこれもクロトの心を変えた一人の少女の存在があってこそだとエミナは確信していた。

 恐らくはあの金髪の少女こそがクロトを変えた張本人なのだろう……。

 入学式に出会った少女。

 一目みた瞬間にその子の潜在的魔力の高さには目を見張るものがあった。

 無意識に垂れ流していた魔力の余波ですら魔術に影響を与えるほどだ。

 クロトに重力魔術をかけるのと同時に彼女自身にも簡易的な封印をしかけはしたがそれももうそろそろ効力が切れる頃だろう。

 その封印が解ける時――。

 その時こそがきっと――。


「いや、今は考えても仕方のないことか……」


 そう……考えても仕方のないことだ。

 これは彼女の宿命であって逃れることのできない運命。

 それとどう向き合うかが彼女の魔術師としての大きな選択となるはずだ。

 それにしても――。

 とエミナは思考を切り替え、ワインを口に運んだ。

 クロトを変えたのがあの少女だというのにどうにも居心地が悪かった。

 わかっている。

 これがただの嫉妬だということくらい。

 けど、誰だってそうだろう。好きな人の心を動かせるのは自分でありたいと――。

 だが、そんな劣情を抜きにしても――。


「今夜の酒は特に旨いな……」


 エミナは上機嫌にワインを煽った。


「そうか。それはよかった」


 だからこそ、エミナの独り言に返答があったことにエミナは多少ばかり驚きを隠せなかった。

 いつからそこにいたのか、数人の魔術師が廊下から姿を現した。


「誰だ? 勝手に人の家に上がりこんでくるなんて……チャイムくらいは鳴らせ」

「それは失礼。相手は仮にもあの『氷黒の魔女』だ。警戒されては困るので、こちらの用意が整うまで気配は消させてもらっていました」

「む? そうなのか? どうにも屋敷にネズミがいるとは思っていたが……いや、すまなかった。ネズミでももう少し気配の殺し方は上手いよな。これじゃあネズミに失礼だった」


 男の眉間がピクリと動いた。


「その減らず口もここまでです。あなたほどの魔術師ならわかるはずだ。この屋敷に敷かれた結界くらいは」

「そうだな……魔術の発動を阻害する類のものか? 恐らくこの屋敷では魔術は使用できないとかそんなものだろう?」

「ご明察の通りですよ。付け加えるとこの結界の外から我々の仲間が狙撃魔術であなたを狙っています。逃げ場はありませんよ」

「そうだな……面倒だし、素直に降伏しておこうか」


 エミナは素直に両手を上げた。

 それに気分をよくした男がニヤリと笑みを浮かべる。


「まさか、あの魔女を手玉に取れる日が来るなんて思っても見ませんでした……ああ、夢のようだ」

「そんなのはいいからさっさと本題に入れ。私も暇じゃないんだ」


 見るからに機嫌を悪くした男はそれでも立場が優勢であることに満足しているのか、腕を組みながらドサリとソファーに身を沈めた。


「後々その態度は私が直々に矯正させてあげますよ。それよりも私が伺いたいのは一つだけです。あなたが神殿から持ち出した『クアトロ=オーウェン』の杖とローブ、その二つを渡して頂きたい」

「どこからその話を?」

「それを教える必要はないでしょう。我々はただあるべき持ち主に杖とローブをお渡ししたいだけです。それはあなたが持つにはふさわしくないものではないですか?」

「そうだな。だが、お前の言う持ち主も相応しいかどうか怪しいものだ。あの杖とローブはクアトロが持ってこそ意味があるものだぞ?」

「ご心配なく――と言っておきましょう。それよりも杖とローブの隠し場所を教えては頂けませんか?」


 その言葉にエミナは呆れたようにため息を吐いた。


「誰からその話を聞いたのかは知らんが、残念ながらこの屋敷に杖とローブはないぞ」

「……嘘は困ります。我々は確かな情報を得てここに来ているわけですから。あなたがそう言うなら仕方ありません。勝手ながら調べさせてもらいますよ」

「好きにすればいいさ。だが――」


 エミナが最後まで言い終える前に男が手を挙げたのを合図に背後にいた部下が次々に扉を開け放っていく。


「おい、人の話は最後まで聞いたらどうだ?」

「おや、もしかして教えてくれる気になりましたか?」

「いや、そうじゃない。ただそこの扉を開けるのは止めておいてくれないか?」


 エミナの視線の先にはまだ誰の手も付けられていない扉があった。

 扉の周囲は焦げたような痕跡があり、つい最近修復されたばかりのような部屋だ。


「……それは教えているのと同じことですよ」

「あ、だから待てって!」


 エミナの静止を無視して部下の一人がその扉――クロトの自室の扉を蹴破った。


「……ダンさん、どうやらこの部屋は自室のようですが……」

「馬鹿な! そんなことあるはずが……!」


 ダンと呼ばれた男がソファーから立ち上がり、クロトの部屋に足を運んだ。

 ガサガサと部屋を荒らし、苛立った声がエミナの耳に届く。


「くそ、なんだこの部屋は! なにもないじゃないか! なにかあるはずだ! くまなく探せ!」

「……だから止めろと言っているだろう……これ以上、私の大切な場所を荒らすなら容赦はしないぞ」


 足音一つ立てずにダンの背後まで迫っていたエミナは怒りを押し殺した声音でダンに告げた。


「黙れ! 私の指示なく勝手に動かないで頂きたい!」

「お前も私の話を聞かずにこの部屋に入るな、下種が」

「げ、下種だと……バカにしないで頂きたい!」


 ダンがパチンと指先を鳴らした。

 恐らくそれが合図だったのだろう。

 開け放たれた窓から光の銃弾がエミナの脳天に直撃――する前にその光が弾け飛んだ。

 青白い魔力を身に纏ったエミナの魔力の壁が銃弾を粉砕したのだ。


「ば、バカな……魔力で防げる威力ではなかったはずだ……ッ!」

「いいよ。お前ら、頭に来た。その部屋を見ていいのはこの屋敷で私一人だけなんだ。無事に帰れると思うなよ……」

「ふ、ふははは……あなたこそ忘れないで頂きたい。この屋敷には結界が……」

「関係ないな。全部吹き飛ばせばいいだけの話だ」


 エミナの膨れ上がった魔力が屋敷の一角を吹き飛ばし、その衝撃で中にいたダンと部下のほとんどが屋敷の外に弾きだされた。


「ば、バカなこれほどの魔力が……ッ!」


 空中に放りだれたダンは魔力を身に纏って体勢を整え、屋敷の惨状に目を奪われた。

 天井が吹き飛び、壁は半壊していた。

 これが一人の魔術師が魔力だけで引き起こした惨状と誰が想像できようか……。

 そしてその魔術師――ランクAの魔力を誇る『氷黒の魔女』は先端に白銀の宝石が埋め込まれた黒い杖を手に月を背後に浮かんでいた。


「痛めつけられる覚悟はできたか?」


 エミナが黒い杖に魔力を通すとその先端に三日月状の氷の鎌が創られ、その姿は魔女ではなく――『死神』を連想させた。


「まあ、覚悟があろうがなかろうがお前たちの未来は変わらないがな」


 エミナは氷の鎌を構えると夜空を踊るようにその杖を振るった――――。



――――――――――――――――――――――――――――



 瓦礫に身を預け、エミナは黒い杖をたてかけた。


「くそ、あいつの帰る場所が無くなったじゃないか……」


 深いため息の原因はそれだけではなかった。

 現在の杖とローブの所在を打ち明けたのは女王を含めた臣下の数名だけだ。

 情報が漏れるとすればそこから。

 この国のトップに本命の敵がいると考え流した情報ではあったのだが……。


「これは思った以上に深刻なことになりそうだな……」


 エミナは半壊した屋敷を眺めながら険しい表情を浮かべた。


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