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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第一章 最低最強の英雄譚
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三流以下

「レティシア、さっきの魔術……」

「ふふふ……どう? 驚きのあまり言葉が出てこないって感じかしら?」


 校舎に潜んでいた五人の生徒の魔晶石を止めた後、クロトは険しい視線をレティシアに向けていた。

 クロトの反応をどう解釈したのか、レティシアは胸を張って鼻を鳴らす。


「これが私の秘策よ。名づけるならそうね……《魔力術式》ってところかしら?」


 レティシアが偶然編み出した魔術式の構築方法は魔術筆ソーサリィを用いたものではなかった。

 レティシアの膨大な魔力で線を創り、魔術式を指先に籠めた魔力で描く――それがレティシアの編み出した秘策だった。

 この方法を用いれば魔術筆ソーサリィで式を描いた後に魔力を魔術式に伝える必要がなくなる。

 魔術を起動するために必要な魔力で魔術式を書いているから完成したその瞬間に魔術が起動するのだ。つまり、魔術の完成速度が圧倒的に速い。

 しかも、レティシアの魔力の障壁は基礎魔術程度なら難なく防げるほどの密度がある。

 敵の攻撃にさらされながらでも、十分に《魔力術式》の展開が可能だった。

 先ほどの五人もその方法で御しきることができ、結果的にレティシアは最初の一撃以外に目立ったダメージは無かった。

 この秘策があれば陣地を形成して敵を待つ必要などない。

 見つけ次第、魔術式を描き、魔術を発動させればいい。

 しかも一度発動すれば描いた魔術式は霧散する。

 魔術式をその場に置き去りにする心配もないので描いた魔術式の防衛にあたる必要もないのだ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 レティシアが最初に行っていたのはもともと詠唱の練習だった。

 詠唱の練習は声に魔力を纏わせて魔術を発動させるものだ。

 けれど、魔術師としての経験が浅いレティシアには声という実態のないものに魔力を纏わせるにはあまりにも技術という面で不足していた。

 けれどこの《魔力術式》は違ったのだ。

 もともと体に魔力を纏わせた時点である程度の操作は可能だった。

 試しに指先に纏っていた魔力を魔術式に魔力を伝える方法で放出してみれば、指先から僅かに魔力が溢れ出たのだ。

 そのことに気が付いたレティシアはそこから時間があれば指先の魔力で魔術式を描く練習を行い――ようやく基礎魔術の幾つかは《魔力術式》で展開できるようになった。


 クロトは渋面な面持ちでレティシアに向き直った。


「悪いことは言わねえ。その魔術式の書き方は止めるんだ」

「な、何よ。成功してるんだからいいじゃない。もしかして嫉妬? 教えた側が教えられた側に追い越されたんだからそりゃあ焦るわよね」


 レティシアはクロトの態度を冷やかすようにジト目で見つめ返す。

 クロトの非難の視線に居心地が悪くなったのだ。

 てっきりクロトはレティシアの秘策に称賛するものだとばかり思っていた。

 それがどうして――。

 こうも切羽詰まったように必死の形相を浮かべているのかレティシアには理解が及ばなかった。


「そうじゃねえよ。その魔術行使はお前が思っている以上に危険だ。その危険性がわかれば……いや、そもそも魔術師なら魔力だけで魔術式を描こうなんて考えは出てこねえ。そんなお粗末な魔術行使をするヤツは三流以下だ」

「な、なんですって……ッ!」


 必死になって習得した方法を三流以下だと馬鹿にされたのだ。

 レティシアが怒りに我を忘れるのに時間はいらなかった。


「クロトに何がわかるっていうのよ? ロクに魔術も発動できない三流のクセに! そもそも――!」


 なんでアンタみたいな魔術嫌いがこの学院にいるのよ!?


 その言葉は幾重もの魔術の衝撃によってかき消された。

 気が付けば、何人もの生徒に周囲を囲まれていたのだ。

 けど解せないことがある。

 彼らの足もとには魔術式なんてものがなかったのだ。


(ならどうやって魔術を――?)


 まさかレティシアと同様に《魔力術式》を使ったのか?

 いや、いくら《魔力術式》でも描くのにはそれなりの時間がかかるのだ。

 いくら見逃していたとはいえ、これほど近くまで接近されていれば魔術式を空中に書いた瞬間に気付ける。


 その答えはすぐにわかった。

 周囲の生徒たちはレティシアたちのクラスのように二人一組の体勢を整えていたのか、パートナーの生徒が広げた和紙で出来た巻物にはでかでかと大きな魔術式が描かれていたのだ。

 両手で巻物を持ち抱えたパートナーに代わってもう一人がその用紙に記された魔術式に魔力を通す。

 その瞬間、雨のように赤い炎の光――火属性魔術《ファイアーレイン》がレティシアたちに降りかかってきた。


「こんなもの……!」


 レティシアは『無色』の魔力をその身に宿し、降りかかる魔術を跳ね飛ばす。

 レティシアの圧倒的な魔力の前にたかが基礎魔術の《ファイアーレイン》はなんの障害にもならないはず――――だった。


「きゃあッ!」


 肩に伝わる衝撃にレティシアは短い悲鳴をあげる。

 見ればレティシアの魔力障壁を貫通し、制服のローブを焦がしていたのだ。

 どうして?

 という疑問より先に周囲の生徒も同様に魔術を発動し、その幾つかはレティシアの魔力を貫通してレティシアにわずかな衝撃を与え始めた。


「…………調子に乗らないで!」


 怒りに身に纏う魔力が膨れ上がり、レティシアは眼前に指先を突きつける。

 魔術式を描こうと指先に魔力を籠めた瞬間――。


「きゃああああああ!」


 拳サイズの硬球を叩きつけられたような痛みが腕に伝わり、指先がダラリと力なく垂れ下がった。

 別方向からの魔術がレティシアの魔力障壁を突き破り、振り上げた腕に直撃したのだ。

 涙を滲ませたレティシアはここでようやく自分のしでかした失態に気がつきはじめた。


(まさか……魔力切れ?)


 いかにランクSオーバーといえど大量の魔力を放出し続ければ魔力が枯渇するのは当然のことだ。

 それに《魔力術式》は魔術式を描くことにも魔力を消費する。

 いかに規格外の魔力量とはいえ、無駄に垂れ流し続ければ魔力障壁も基礎魔術が貫通するくらいには弱くなってしまう。

 膝をついたレティシアはクロトの忠告をようやく理解したのだ。

 魔術を使うに当たってもっとも重要なこと……自分の身を守れる魔力を纏う――。

《魔力術式》を使っていれば魔力消費量の計算を見余り、身に纏った魔力が薄くなることにも気が付けない。

 だからこそ、魔術師はこんな簡単な魔術の起動法を誰も使おうとはしなかったのだ。



 基礎魔術すら完璧に防げないほどに疲弊していたことに気が付いたレティシアは力なく頭を垂れた。

 クロトに自慢げに話していた自分が恥ずかしくなった。


(これじゃあ、クロトの方がよっぽど優秀な魔術師じゃない)


 負けを覚悟したレティシアはただただ自分を卑下する笑みを浮かべるしかなかった――。


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