やっぱお前、バカだろ
クロトは目の前の光景に愕然としていた。
レティシアと共に訪れた場所に迂闊にも目を奪われたのだ。
この場所に立っているのはレティシアとクロトの二人っきり。
他には誰もいないこの状況にクロトは目を覆いたくなった。
「……やっぱ、お前、バカだろ?」
あまりの光景にクロトは本音を包み隠さず漏らした。
それを聞いたレティシアは自信たっぷりにクロトに向きなった。
「誰が馬鹿ですって? ここなら戦いやすいじゃない」
「アホか! こんな場所、誰もきやしねーよ!」
四方を校舎に囲まれた校庭でクロトの絶叫が響き渡った。
レティシアは肩をビクリと震わせるとクロトからバツが悪そうに視線を逸らす。
「ならクロトには何か考えがあったわけ?」
「少なくともこんな酔狂な場所にノコノコ出ては来ねえよ。周りは校舎に囲まれて、俺たちの周囲には遮蔽物が一切ない。校舎に隠れている奴らは俺らを狙い放題だろ? そんな状況をどうやって覆すつもりだ?」
「どうって……狙って欲しいからこの場所を選んだんじゃない」
「はあ?」
クロトは言われた意味が理解出来ずに首を傾げた。
狙われたらアウトだろ……。
少なくともレティシアの……いや、一年生の技術じゃ魔術戦に一瞬でも出遅れれば敗けが確定しかねない。
そもそもレティシアはこの校庭のどこにも魔術式を書いていないのだ。
ポーチの留め金すら開けていない。
つまりは魔術を行う様子が一切なかった。
「まさか狙われてから魔術式を書こうってんじゃないだろうな?」
「そのつもりだけど?」
呆れてものも言えない。
クロトは渋面を覗かせ、レティシアに指差した。
「あのな……魔術式を書くのだってそれなりの時間がかかるんだ。狙われてから書くんじゃ遅すぎる。今からでも遅くねえから、さっさと――ッ! レティシア、しゃがめ!」
「え? ――――イッタアアアアアア!」
校舎から飛んできた光魔術《ライトボール》がレティシアの頭部に直撃したのだ。
レティシアは頭を抱えてその場にうずくまると呻き声をあげた。
クロトはやれやれとため息を吐くとレティシアに手を出す。
「だから言っただろ? ほらここにいたら的になる。さっさと校舎に逃げ込むぞ」
「……問題ないわ。計画の内だから……」
レティシアは目尻に涙を浮かべながらクロトの手をとる。
その瞳はやる気に満ち溢れ、レティシアは身体に無色の魔力を纏った。
「やってくれるじゃない。けど、この一撃で私を倒せなかったことを後悔しなさい。あんたたちは唯一の勝機を逃したんだから……!」
「いや、そもそも《ライトボール》一発ぐらいじゃ魔晶石の機能は停止しないだろ……」
影で突っ込むクロトを無視してレティシアは魔術が発動した校舎に向かって猛然と駆けだす。
続けて放たれた二発の《ライトボール》――クロトとレティシアを狙った魔術が飛んでくる。
クロトは身を屈めて危なげなく避け、レティシアは身に纏った魔力で強引に弾き飛ばす。
クロトはその様子に苦笑の笑みを漏らした。
(なるほど、この方法があるからわざと狙いを絞らせたのか……)
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魔術は魔術でしか対抗できない。
それは魔術を使う上での大前提だ。
そしてもう一つの大前提が実在する。
魔術師は常に魔術を使う時は魔力を纏わなければならない――ということだ。
これは防御壁にもなる魔力を纏っていれば、魔術がもし暴走した時、少しでも危険性を減らせることが出来るからだ。
一の魔力量を必要とする魔術には必ず一以上の魔力量が必要となる。
この理由の一つが術者が魔力を纏った状態を維持するための必要な魔力量を常に考える必要があるからだ。
もちろん、この学院の制服として着用しているローブにもある程度の魔術抵抗の効果はある。
だが、このローブよりも単純に術者の纏った魔力の方が魔術に対する抵抗力は高いのだ。
そしてランクSオーバーのレティシアの纏った魔力は要塞に等しい防御力がある。
魔力操作が得意ではないレティシアだが、無意識に垂れ流す魔力だけでも基礎魔術程度なら完全に防ぎきるほどの密度があった。
だからこそ、常に魔力を纏った状態ならこのサバイバルの間、確かにレティシアは無敵に等しい存在となりえる。
だからといって、無防備で校庭のど真ん中に立つのはどうかと思うが……。
クロトはレティシアの背中を追いながらその常識を逸した魔力に呆れる他なかった。
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「見つけたわよ。逃げられると思わないで!」
幾つかの教室の扉を開け、レティシアはようやく五人ほどの生徒の集団と出くわした。
その五人は一斉にレティシアに振り返り、地面に描いていた魔術式に手をつける。
赤、青、黄色と色とりどりの魔力が室内に満ち、それぞれが得意とる魔術が一斉にレティシアに向かって撃ち出される。
普通ならこの直撃を喰らえば一瞬で魔晶石の魔力が霧散し、効力を失うだろう。
だが、レティシアの纏った魔力の壁はそのことごとくを打ち破ったのだ。
無傷のレティシアに五人の生徒は驚愕に目を見開ける。
「な、なんだよ……勝ってこねえじゃん……」
ボソリと漏れた囁き声はすでに勝敗を分けていた。
レティシアはその五人にゆっくりと指先を突きつける。
「次はこっちの番ね」
無色の魔力を膨れ上がらせたレティシアは魔力を纏わせた指を使って空中に魔力を帯びた術式を書き連ね始めるのだった――。