勝ちに行くわよ!
「皆さん、魔術道具の準備は出来ましたか?」
レティシアたち一組が集められたアリーナの中央でマークが声を大にしていた。
マークの言葉を聞いた生徒の数名が「持ちました~」と返事をする。
「では、これから簡単な注意事項を説明していきます」
改めて説明を聞いた魔術競技の内容をレティシアは頭の中で箇条書きで整理していく。
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敷地は学院内全域。
制限時間は放課後の鐘の音が鳴るまで。
内容はサバイバル。判定方法は生徒一人ひとりが所持した魔晶石の機能停止、あるいは破壊されることで敗退扱いとなる。
クラスの魔晶石の多さで順位を決めることになる。
使える魔術は基礎魔術のみ。
魔術具は魔術筆のみ。魔術式は競技中に書き込むこと――。
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要点をまとめるとこんな感じだ。
レティシアの隣ではクロトが退屈そうに手元でマークから手渡された魔晶石を弄っている。
魔晶石とは魔力をため込む性質のある国外の鉱山から発掘される特殊な水晶だ。
国内で採掘できる場所はほとんどないため、他国から輸入する形で魔晶石は国内に流通している。
その魔力をため込む性質こそがこの国を発展させてきた要でもあるのだ。
けれどこの魔晶石に籠められた魔力はちょっと叩いたりするだけで簡単に放出される。
そのため、永遠に魔力をため込めるものではなことが他国では価値を下げる要因になっているが……。
この国ではその性質に目をつけることで価値を見出すことに成功していた。
あらかじめ魔晶石に魔術式を直接刻み、魔力を貯めておく。
そして利用者が魔晶石を軽く叩くことで魔力を放出させるのと同時に魔術式を起動させ、魔術を使用するのだ。
これが、大衆化された《インスタント魔術》の大まかな仕組みだった。
他国で不要だと言われた欠点を利用して新たなこの国独自の魔術をつくる。
その先駆けとなった《インスタント魔術》だが、解決できなかった問題点もある。
魔晶石に封じた魔力は何もしなくても徐々に霧散していくという点だった。
いわゆる使用期限が存在するのだ。
効力の高い魔術ほど期限が短い。
もっともリサイクルも可能で魔力切れの魔晶石を買い取る専門の店もあり、買い取られた魔晶石は再び魔力を籠めることで再利用が可能となるのだ。
今、マークから手渡された魔晶石は淡い光を放っていた。
この光が輝いている間はサバイバルに勝ち残っている証となる。
もし、魔晶石に強い衝撃が加わり、魔晶石の魔力が無くなると魔術で起動していたこの光も当然消える。
そうなるとゲームオーバーとなるわけだ。
今、クロトのように後先考えずに弄り回すとその衝撃だけで魔晶石の魔力が霧散していく。
そうなればクロトの魔晶石の効力も当然短くなり、勝率が余計に下がりかねない。
レティシアはクロトを軽く肘で突くと視線をきつくして忠告した。
「ちょっと、説明聞いてた? 魔晶石を雑に扱わないこと。あなただって一応、この競技の参加者なんだから。自滅なんてことになってクラスのみんなに迷惑だけはかけないでね」
「はいはい」
クロトは面倒そうに頷くと無造作にポケットに突っ込む。
だから、雑に扱うなと――レティシアは喉元まで出かかったお小言を飲みこむと、魔晶石を魔術筆を入れたポーチに大切に仕舞った。
それからしばらくしてマークが懐中時計に目を落としながら手を挙げる。
固唾を呑みこむクラスの中心でマークは声高々に告げた。
「ではただいまより一学年の魔術競技を開催します! 皆さん、日ごろの成果を存分に発揮して楽しみましょう!」
にこやかな笑みを浮かべるマークを始めとして大勢の生徒が一斉に頷いた。
「さて、俺たちはどうする?」
「う~ん、そうね……」
ほとんどの生徒がアリーナから飛び出して数分、レティシアは周囲を見渡した。
残っているのはほんの数人。
その中には親友のノエルたちのペアもいた。
レティシアはノエルに近づくと、その作業風景を覗き込んだ。
「ノエルたちはここに陣を敷くの?」
「あ、レティ! うん、この場所が一番守りに適してそうだから」
ノエルたちがしていたのは魔術筆を使った魔術式の構築だった。
レティシアたち一年生は魔術を使うのにこの魔術筆と呼ばれる道具が必要だ。
魔術筆は魔術を起動させるための式を書くための道具。
一般的に出回っている筆でも魔術式は書けるが、魔術を発動する時、どうしても魔力の伝達が悪く、効力を下げてしまう。
専用の道具を使うことでノイズを生み出さずに魔術を使用することができるのだ。
もっとも、この魔術筆は魔術の入門道具のようなもの。
魔術に対する知識が深まれば、声に魔力を纏わせ、呪文を詠唱することで魔術が発動可能となる。
今、レティシアたち一つ上の先輩がこの方法に挑戦していると聞いていた。
その詠唱が可能となれば、いちいち魔術式を書いてその魔術式に魔力を通して魔術を発動する今の起動法よりも魔術発動の時間が大きく短縮することになるのだ。
ちなみにレティシアも興味本位で詠唱を試してみたが恥ずかしい詩を朗読するだけの結果となったていたことは誰にも打ち明けてはいない。
まだまだ魔術を学ばないととてもじゃないが詠唱なんてできそうになかった。
もっとも、その練習の副産物として新たな技術を身に付けることができたのだが……。
レティシアの目の前で魔術式を書きあげたノエルはポーチに筆を戻すと両手を魔術式に添える。
アリーナの出口の反対側に書かれた魔術式にノエルは一度魔力を通した。
魔術式が淡い輝きを放ち、レティシアたちの目の前で光の球体が勢いよく飛び出し、アリーナの出入り口の扉に直撃した。
光魔術の《ライトボール》――威力は精々平均的な女子のレシーブ並みの強さ。
当たってもちょっと痛いくらいだ。
速度もそれほど速くなく、避けようと思えば十分に避けられる。
だが、アリーナの出入り口に集中砲火させてしまえばそう簡単には突破できない強力な砲台となりえるだろう。
「レティもこの場所に陣を書く?」
「う~ん、そうね……」
それも悪くない。
狙いを一か所に絞っての集中砲火のアイデアは実はレティシアも考えていた。
それも当然のことだ。
一年生の魔術師たちは魔術式を書いた場所から離れることは出来ない。
そもそも陣を書いたところで魔力を通す魔術師がいなければ意味がないからだ。
だからこそこの魔術戦はいかにいい陣地をとるか、最初の陣地戦で大きく戦況が左右される。
その点でいえば周囲を壁に囲まれ、出入り口も限られたアリーナは理想の陣地だと言える。
「ごめん、今回は止めておくわ」
もっとも、それはレティシア以外の一年生にしてみればの話だ。
レティシアはやる気のないクロトの背中を押しながら出口に向かっていく。
「あ、お、おい! どこに行くつもりだよ」
「ただ待ってるだけなんてつまらないじゃない。私たちはクラスの剣としてどんどん攻めていくわよ!」
絶対の自信をのぞかせるレティシアに連れられクロトは不安な表情を浮かべながらもアリーナを後にした――。