とっておきの秘策を用意したわ!
「おはよ~レティ」
「あ、おはようノエル」
通学時間帯、偶然居合わせたノエルと共にレティシアは学院へと向かっていた。
入学して早くも一ヶ月が過ぎ去り、二人は親友と呼べるまでに打ち解けあっていた。
今、クラスでもっとも仲のいい人は? と聞かれた迷うことなくノエルの名前を上げるだろう。
可愛いし器用だし、何よりも気遣いができる。
本当、嫁にしたいなぁ~ と頭をよぎることも少なくはない。
恐らく、クラスの男子からの人気も高いだろう。
なにせ、分け隔てなく接し、その態度も計算されたものではないのだ。
天然と養殖の格の差を見たような気分になる。
そしてレティシアは…………残念ながら男子から人気はあまりない。残念といっていいのかは甚だ疑問が残ってしまうが……。
容姿はいい。ノエルと負けず劣らず整った顔立ち、鮮やかな金色の髪をサイドアップに括った髪形。か細い体躯もあり、控えめな胸を覗けばその整えられたプロポーションは誰もが一度は振り返る程の美しさがある。
だが、クラスでのレティシアを知っている人は引くことはあってももう惹かれることはないだろう。
それほどまでに彼女とそしてその相方であるクロトの言い合いを目にしてきた生徒たちはある種の達観を抱き、「やっぱ、見た目だけじゃなく中身も重要だ」とレティシアを通じて理解することができたのだ。
もっとも魔術バカであるレティシアに恋の話をしても仕方のないことではあるのだが……。
「いよいよ今日ね。例の魔術競技!」
レティシアが目を輝かせて切り出したのは今日の昼から行われる一学年の魔術競技の話だった。
内容はサバイバルゲーム。
制限時間までにより多くの生徒が残っているクラスが優勝だ。
この成績次第で休み明けの二学期からの授業内容が決まってくるので、誰もがこの競技に力を入れていた。
もちろんレティシアたちもだ。
「うん。それにしても驚きだね。ここ最近のクロト君」
「……ええ、そうね」
レティシアは曖昧な表情を浮かべながら答えた。
レティシアに魔力操作のコツを教えて以来、クロトは少なくとも、授業放棄をすることは無くなった。
一応、授業に出席し、教科書は開けている。(ノートはとっていないが……)
教師の授業など目もくれず、退屈そうに教科書の文字に目を走らせ、その内容に苦笑している姿をレティシアは何度か目撃していた。
未だに授業態度に問題こそあるが、それでも随分とマシになったほうだ。
あの日以来、クロトは加点は無くても減点もない状態が続いている。
それに付け加え、元々秀才だったレティシアの成績の影響もあり、二人のペアは今ではクラスの上位に名を連ねていた。
一つ不満な点があるとすれば魔力操作のコツを覚えてから、クロトはレティシアに何かを教えるということはしていない。
それがなんだか無性に腹立たしく、レティシアは今でも一日に一回はクロトに説教をしていた。
(あいつだってやればできるのに、どうしてあそこまで魔術が嫌いなのかしら?)
最近のレティシアの頭を悩ませる案件といえばその一点に尽きる。
あの日、クロトはレティシアにだけ魔力操作した自分を見せていた。
その一件以来、クロトは一度として魔力操作をしていない。
魔術訓練には参加するが、隅で様子を眺めているだけ。
先生が理由を聞いたところ、「Eランクで魔術がロクに扱えないから見学させて下さい」と言われたそうだ。
このままだと近い将来、魔術適性に問題があるということでクロトが学院から追い出されてしまうかもしれない。
事実、もうその話は上がっているそうだ。
レティシアにはそれが少し許せなかった。
だってクロトはレティシアと同じく『無色の魔力』の持ち主なのだ。
まだその事実を知らない教師たちが勝手にクロトの処遇を決めるのはどうかと思う。
初めて魔力操作の授業が行われたあの日、レティシアが身に纏った魔力は『無色』だった。
マークによると『無色』の魔力を持つ魔術師はかなり少ないらしい。確認されているのは『クアトロ=オーウェン』とレティシアだけという話を聞いた。
大抵魔術師は何かしら一つの属性と相性がいいのだ。
そしてその相性は色となって魔力に現れる。
ノエルは聖儀式や治療系魔術と相性がいい。
一方、レティシアはあらゆる魔術と相性がいい。
無色とはそういう意味があるらしい。あらゆる魔術に適応でき、苦手な相性がないそうなのだ。
ただ、そのかわりに相性の良さは少しばかり他の魔術師よりも落ちてしまうらしいのだが……。
それは仮にノエルと治療系魔術の相性が100%とするならレティシアと治療系魔術の相性は70%くらいと三割近くは差が出てしまう。
だがそれでもあらゆる魔術を扱えるという利点は大きく、レティシアはクラスの中では誰よりも多く基礎魔術を獲得していた。
クロトだって、同じ『無色』なのだ。学院がそれを知れば彼への処遇を改めるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いてはいるものの、レティシアは未だにその事実をノエルにすら打ち明けてはいなかった。
理由はよくわかっていない。もしかしたらこの秘密を自分だけのものにしたいのかも……。
そこまで考えていたレティシアは頬を赤くさせて俯いた。
(な、なによ、それ! ま、まるで私がアイツに気があるみたいじゃない……!)
しかもその思い込みが不快なものではなかったことが殊更に恥ずかしかった。
「レティ? どうかした?」
「いいえ、なんでもないの、なんでも……」
慌てて否定するレティシアだが、説得力は皆無だった。
「そ、それよりも今日は期待していて! 秘密特訓した魔術できっとクラスを勝利に導いてみせるから!」
「う、うん……期待してるね?」
レティシアはクロトへの感情を頭の隅へと追いやると、今日の魔術競技の話しを再開しながら学院へと向かうのだった――。