魔術の可能性
お待たせしました!!
久々の更新になります!!
「いいですか、クアトロ」
シャーリィは半眼でクロトを睨んだ。
その瞳には僅かながらの怒りが含まれている。
クロトは「な、なんだよ……」としり込みしながら、ジト目でシャーリィを見返した。
「転生の事や、今のあなたの生い立ちを言及するつもりはありません。魔族――が、人の言葉を喋り、人の姿を形どった事も、この目で確認するまでは、クアトロの言葉を信じましょう」
「ですが――」
とシャーリィは続けて、険のある声音で、激怒した。
「カザリさんにした事は到底許せることじゃありません!!」
「……」
クロトはその一言にバツが悪そうに視線を逸らした。
だが、シャーリィの言及は止まらない。
「死者の冒涜にもほどがあります!! まさか、禁呪に手を染めてまで……しかも、ずっと封印されていた!? あなたは、あの人の命を弄んでいるんですよ!? 魔族に遺体が攫われたのだって……!」
「ま、待ってくれ、シャーリィ。カザリを封印したのは私なんだ」
汗を滲ませ、エミナが割って入る。
だが、目くじらを立てたシャーリィは、その怒りの矛先をエミナにも向けたのだ。
「エミナ、貴女だって、クアトロに利用されたんですよ? 彼に怒りを抱かなかっのですか?」
「そりゃあ、憎んださ。殺してやりたいくらいに。知ってるだろ。私が荒れていた時期を?」
「そ、それは……」
エミナの疲れた表情を垣間見たシャーリィは言葉を濁す。
クロトとの再会を果たすまで、エミナは魔術を心の底から憎み、裏切ったクアトロを憎んでいた。
クロトとの再会。そして、エミナ自身の本音と向き合うまで、エミナは世界に鬱憤を吐き出していたのだ。
その時の逸話は、遠く離れたシャーリィの国でも噂になるほど。
エミナの心情を察してか、口ごもるシャーリィにクロトもゆっくりと口を開く。
「俺も馬鹿な事をしたって思ってるよ。あの時の俺は、ただカザリにもう一度会いたかった。それだけだったんだ」
エミナを拾った事も。
世界をめぐり、カザリの為の国を作った事も。
全ては、魔術に耄碌したクアトロ――クロトの浅慮だった。
あの罪から逃げる事は出来ない。
一生背負っていかなきゃいけない罪だ。
レティシアの夢を応援する一方で、クロト自身、キチンと己の罪と向き合い、そして償うべきだろう。
「だから……俺は、エミナもカザリも助けたいんだ」
「……クアトロ」
「クロト……」
今、エミナの胸には魔術的な呪詛の刻印が刻まれている。
それは死淵の呪い。
カザリが死人として、復活を果たすのに必要な高純度の魔力を宿した魂の生贄の証だ。
それが胸に刻まれている限り、エミナは贄としての運命から逃れる事は出来ないだろう。
「どうやって、助けるつもりですか?」
「わからん!」
半眼で問い詰めるシャーリィにクロトはきっぱりと言い切った。
シャーリィの眉間に深いしわが刻まれた。
「あ、あなた……ッ!!」
プルプルと肩を震わせ、怒りを露わにするシャーリィにクロトは、真摯に向き合う。
「だから、お前の力を貸してほしいんだよ」
「わ、私の?」
「あぁ。お前のその服、騎士団の服だろ?」
「えぇ……まぁ」
シャーリィは恥ずかしそうに白い団服に視線を下す。
何せ、クロトの知る彼女は、まだほんの小さな子供で、まさか、騎士になれるとは思ってなかったのだ。
しかも、クロトの記憶が正しければ、彼女に魔術の素質はなかったはず……
「お前、剣の腕だけで、騎士団になった、脳筋タイプの騎士だろ?」
「その、呼び方は止めてほしい! 私のような騎士に対する侮辱だぞ!?」
「まぁ、そう言うなよ。褒めてんだぞ? 一応」
「一応って何ですか、一応って!! 嫌味ですか!?」
まぁまぁ――とシャーリィを片手で宥めるクロト。
まぁ、彼女の実力は折り紙付きだろう――とクロトは短刀に貫かれたエロ本へと視線を向けた。
茶封筒は、綺麗にど真ん中を貫き、クロトの飽くなき探求心をこれでもか! と叩き折っている。
だが、クロトの邪心を貫く見事な投擲は、シャーリィの騎士としての実力を存分に示してくれた。
(もしかしたら、アイリの師匠的なポジションなのかもな)
アイリも騎士団候補だったらしい。
だが、アイリの使える魔術は数が少なく、どちらかと言えば、近接タイプの騎士だろう。
クアトロのように魔術に秀でた騎士ではなく、シャーリィのような達人タイプの騎士だ。
「魔術の腕は?」
「……あなたが知るころと大差ありませんよ。身体強化くらいでしょうか……」
ふてくされたようにシャーリィは愚痴る。
なるほど……魔術の腕は壊滅的か……
クロトの求める人材にピッタリだった。
「お前のその腕を見込んで頼みがある」
「……やっぱり、バカにしてますよね、クアトロ!?」
シャーリィが憤慨しながら、目じりに涙を浮かべる。
泣き虫なのは相変わらずだ。
「お前じゃなきゃ無理なんだよ。頼む。騎士の特権で禁呪――《死淵転生》を調べてほしい」
「……は?」
シャーリィはしっかりと数秒、間を開けて呆けた表情を浮かべた。
クロトは付け加えるように説明する。
「この国にある禁書目録は、俺の技術だけしか乗ってないんだよ。魔術の技法や効果だけ。実録の方はサッパリだ」
これはエミナに調べてもらったのだが、禁書目録十三番《死淵転生》には技法だけで、実際の記録がなかったのだ。
これは、この魔術を使ったのがこの国でクアトロだけで、他に魔術を試した人間がいなかったからだ。
他の禁書目録も似たようなもので、魔術の起動に成功した魔術師が禁書に追加で記述を足しているらしい。
即ち、圧倒的な知識不足。
禁呪を実際に使って、どうなったか、何が引き起こされたのか――その記述がほとんどないのだ。
だが、その禁書の知識を得た、シャーリィの国でなら、死淵転生の明確な記述があるはずだ。
「なんでもいい。《死淵転生》の情報が欲しいんだ。俺が知ってるのは、魔術の起動方法と効果だけだから……」
「知ってどうするんですか?」
「エミナとカザリを助ける為に使う」
「……エミナを助けるなら、もっと確実な方法がありますよ?」
「……知ってるよ」
術者を殺すか、転生した肉体を壊すか、だろ?
クロトは肩を竦めて苦笑した。
何せ、クアトロが死んだ原因であり、
レティシアを助け出した方法だったからだ。
つまり、術者を殺す方法でも、転生者を殺す方法でも、生贄を助ける事は可能だ。
「だけど――」とクロトは哀愁を漂わせた表情を浮かべる。
「言っただろ? 俺は二人とも助けたいって……」
「なら、簡単です。クアトロがもう一度死ねばいい」
「それじゃあ意味ねぇんだよ……」
「はぁ? 意味がないって……」
「カザリを救えないだろ?」
「あ、あなたは!!」
シャーリィの顔が剣呑に歪む。
もし、腰に剣があれば迷わずその切っ先をクロトへと向けていただろう。
奥歯をギリッと噛みしめ、拳を鬱血するほど握ったシャーリィに対し、クロトも、己が内を焦がす妄執を口にした。
「我儘だって事は、わかってる。けど、カザリをもし救えるならって……気持ちがあるのも嘘じゃねぇんだよ。ただ魔術を解除するだけなら簡単だ。けど――」
賭けてみたい。
魔術はみんなを幸せにする力だと夢物語った相棒の為に。
魔術の無限の可能性を。
それでこそ、クロトは、最低で、最強の魔術師になれるのだから。
「信じてほしんだよ。魔術の可能性ってやつを……」
クロトは、シャーリィに対し、深く頭を下げるのだった――