黒歴史は暴露してこそ
「……君は?」
こめかみをピクピクと痙攣させながらシャーリィは笑顔を貼り付ける。
大人の余裕を醸し出しているのだろう。
確かに彼女の年齢はクロトの記憶が正しければ二十代後半といったところ。
エミナと歳が近かったはずだ。
こんな学生に怒りを見せまいとする彼女の意地が見て取れる。
だが、そんな姿も、クロトにとっては笑いの種にしかすぎなかった。
「プークス……」
口を押さえて笑いを堪えるのに必死なクロトにとうとうシャーリィが切れた。
「君! 初対面の人に向かって無礼だろ!?」
「……いや、初対面もなにも……あのお漏らししていつも泣いていたシャーリィが立派になったもんだな」
「っ~~」
クロトの追随にシャーリィは頬を真っ赤に染め、吊り上がった瞳でエミナを睨み返した。
「エミナ=アーネスト! なんですか、この子供は? 貴方の弟子か何かですか? 教育というものがなってませんよ!?」
シャーリィの思わぬ秘密を掴んだエミナはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながらクロトとアイコンタクト。
クロトも醜悪な笑みを浮かべ、頷く。
この面白い玩具を前に、二人の師弟は意地の悪さを発揮させた。
エミナは先ほどまで言い負けていた鬱憤を晴らす為に。
クロトは純粋に楽しむ為に。
何も知らないムクな女性をその毒牙にかける。
「弟子ってなぁ……私の方が弟子なんだぞ?」
「はぁ!? 貴女が弟子? 一体なんの冗談ですか?」
「いやいや、これ本当だから。私は彼――クロトに身も心も捧げているんだよ」
「血迷ったのですか、エミナ!? こんな子供ですよ? 年の差を考えて下さい!」
「うぐッ!?」
思わぬ反撃にエミナは胸を押さえて蹲る。
確かに事情を知らなければそう映るだろう。
この国では年の差が離れた男女の付き合いはほとんどない。
少しくらいは差がある事もあるが、せいぜい五歳くらい。
十歳以上もかけ離れた者同士が結婚――あるいは付き合うなど聞いた話がない。
そもそもクロトはまだ学生の身分だ、結婚などまだ先の話だ。
「……クアトロが貴女を拾った時にも思いましたが、師弟揃ってロリコン趣味ですか?」
「ろ、ロリッ!?」
これにダメージを受けたのはクロトだった。
確かに、クロトはクアトロの頃、まだ幼少だったエミナを拾った。
けど、そこにロリコンなんていう趣味はなかった。
かつての愚かな計画の為に、エミナを拾い、利用しようとしていたのだ。
そこにロリコンが介在する余地もなく、クロトは直ぐさま否定する。
「ち、違―よ! 俺はロリコンじゃねえ!」
「……まぁ、確かに、君のような少年にロリコンは些か似合わない。けれど、エミナは私と歳が近い。いくら貰い手がいないからと、こんな子供に攻め寄るとは……もしや弟子とは、ベッドの上での師弟関係!?」
何やら勝手な妄想をはじめ、一人で赤面するシャーリィ。
これはこれで見ていて面白いのだが、この僅かな間でエミナとクロト受けた精神的ダメージは思いの外、大きい。
天然をからかうと逆にダメージを負う。
その事を二人は強く胸に刻み。
未だ勝手な妄想を続けるシャーリィに鋭い手刀というツッコミを入れながらクロトはジト目を向ける。
「い、いたッ!? 何をするんですか?」
「勝手な妄想は止めろ! 調子に乗った俺達も悪かったが、その妄想は止めてくれ。頼みます!」
「私としては、その妄想が現実でも全然構わないがな、師匠?」
「エミナも止めろ! 話が進まないだろ!?」
ニヤニヤと笑みを浮かべるエミナにも即座にツッコミを入れながら、クロトは荒くなった呼吸を整える。
そして、先ほどアイコンタクトで交わした通り、本来の目的をシャーリィに打ち明けた。
「……俺は、クアトロの魂を引き継いでいる。言ってみれば、転生者ってヤツなんだよ」
その一言にシャーリィはポカンとした表情を浮かべ、
「――は?」
まるで状況が飲み込めていないとばかりに間抜けな声を漏らすのだった。
◆
場所は屋敷の広間に移る。
集められたメンツはエミナ、シャーリィ、クロト。
そして、アイリの四人だ。
アイリは各々の前に紅茶の入ったカップを置いていく。
クロトの前には角砂糖のセットを忘れない辺り、このメイドも板についてきたみたいだ。
そんな感心を抱いていると、シャーリィはアイリの手首を掴む。
「貴女はそんな事、しなくていいのよ?」
「……でも、これが私の仕事だから」
おずおずとアイリの提案を断るとアイリはクロトの横に腰を落ち着ける。
その様子を険のある視線でシャーリィは見つめ、そして――
「今度はアイリにまでその毒牙にかけるつもりですか? クアトロ?」
クロトの事をクアトロと呼称して、不名誉極まりない台詞を言ってきた。
クロトはそれを直ぐさま否定する。
「言っただろ? わけがあるんだよ」
「その言い訳すら未だに受け入れられないのですが? そもそも、魂の転生なんて聞いた事がない」
未だにクロトの存在を疑うシャーリィにクロトの口角が吊り上がる。
「なら、もう一度、赤裸々に公開してやろうか? そうだな、あれはお前がまだ――」
「わかった! 信じます! 信じるからもうその話は止めて!?」
涙目になって必死にクロトの蛮行を止めに入るシャーリィ。
ひた隠しにした黒歴史を暴かれるのは誰にとっても生き地獄。
そんな外道の道を躊躇いなく突貫するクロトにシャーリィはたまらず半眼で呻く。
「どうして貴方がここに……」
「さぁ、どうしてだろ?」
「お前が勝手に居候しているからだろう?」
流石にクロトの悪のりが度を過ぎていた事を痛感したのか、エミナはジト目でクロトを見つめる。
コホンと咳払いしてから、クロトは本題に入る。
このままだと何時までたっても話が進まないからだ。
「アイリの症状は今、言った通りだ。お前だって知ってるだろ? この国でクアトロを祭っていた神殿が崩落した事件」
「ええ、それくらいは……」
「その事件に深く関わっていたのがアイリだ」
「……アイリが無意味にあんな事件を起すとは思えません。彼女は騎士団候補なんですよ?」
シャーリィが口にした騎士団。
それはクアトロが最初に所属していた魔導騎士団の事を指す。
シャーリィやアイリのいた国でもトップクラスの魔導士だけが入隊出来る部隊。
クアトロもそこに所属していたのだ。
もっとも、長い歴史の中で、無色の魔力でありながら騎士になったのはクアトロだけだ。
彼の所持していた杖――《黒魔の剣》の貢献がその背後にはあった。
だが――
カザリが死ぬと同時に騎士を除隊。クアトロは狂気に奔った未来を選択する事になったのだが……
その部隊の候補にアイリの名前があったとは驚きだ。
確かに、アイリは魔術師として大成している。
そして、彼女ともっとも親和性が高い魔術も戦闘に特化した魔術だ。
だが、この軍の決定は――
「無謀すぎるだろう……」
アイリの内面を無視し、実力だけを見たその選定に些か不愉快を覚える。
アイリの内情はひどく歪だ。
先の神殿での魔族達との戦いでも、その点を指摘され、アイリは人格の崩壊にまで至っている。
軍なら、その危険性は十分に理解していたはずだ。
クロトがその事を指摘すると、シャーリィは伏し目がちに呟いた。
「今の軍は貴方がいた頃とは違うんです」
「だろうな。時間が経ちすぎている」
クアトロはエミナを見つけてすぐに部隊を去った。
エミナがクアトロの弟子である事は世界的にも有名で、エミナとシャーリィの出会いはクアトロの国葬の時らしい。
あれから何十年と立っている。
国も軍も変るには十分な年月だ。
クロトもそこは深く尋ねない。
本題はそこじゃないからだ。
「で、ここからが本題だ」
「……魔族ですか? その話こそ信じられない」
クロトが打ち明けたのは何も転生の話だけじゃない。
あの日、カザリを奪い去った二人――魔族の事も打ち明けていたのだ。