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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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世界を守護する天使Ⅲ

「ここだ」


 《転移》先に選ばれた場所は人気のない路地裏だった。

 奇しくもその場所は先日、エミナが守護天使ソフィアと密会を行った場所でもある。


 あの時、エミナが施術した人払いの結界は未だに機能しており、無駄な魔力を使わず話をするにはうってつけの場所だった。


 ソフィアがノエルの身体を借りて顕界してからすでにそれなりの時間が経過している。

 人の器で魔族と同等以上の魔素を摂取し続ける事は自殺行為に等しく、平然と装っているが、すでにノエルの肉体は顕界を超えていた。


 この場所に《転移》した時に頭の光輪は輝きを失い霧散している。

 銀翼の翼も消失し、すでにソフィアの意識は深いに眠りに落ちつつあった。


(ままならないものだな……)


 かつてはこんな不自由な身ではなかった。

 世界を救うという使命を果たす為に人間界に渡ってきたソフィア。

 ソフィアはこの世界の守護を役目とする守護天使だった。


 かつて人間界に渡ってきたソフィアは世界を救う為の『鍵』と呼ばれる人間を探す為に各地を回っていた。

 そして、このウィズタリアで念願だった『鍵』となり得る青年を見つける。


 『開闢の魔術師』クアトロ=オーウェン。彼こそがソフィアの探し求めた『鍵』だった。


(だが、世界は彼の死を私に救わせなかった。その不可解が異物となって胸の奥で燻っていたが――)


 ソフィアはクロトと出会う事でその謎が氷解していくのを感じていた。


 ソフィアは人間の心を読む事が出来る。

 もっとも、深層意識までは無理だが、ある程度なら深いところまで探る事は可能だ。


 最初、ソフィアが首を傾げたのは先日、エミナ=アーネストと再会を果たした時だ。

 かつてのエミナには無かった笑みや愛情といった感情にソフィアは面食らった。

 初めて会った時のエミナはこの世界に対する絶望しか持ち合わせていなかった。それが何故、このように様変わりしたのか――気にするな。という方に無理があった。


 そして、こっそりとエミナの心を読み取り、ある二人の男のイメージを読み取った。

 一人はクアトロ。そしてもう一人が――クロトだ。


 エミナの心に安寧をもたらした男。興味が無いといえば嘘になる。

 そして、ソフィアはクロトとの邂逅した時、クロトに絶望を与えた刹那の瞬間にその心を読み取り、確信した。


 クアトロとクロトが同一の魂である事を。


 そして、あの時の世界の選択がこの為にあった事を。


 ソフィアは残った魔力でクロトを視てほくそ笑む。


(世界はより強大な『鍵』だけで無く、この男も必要としていたのか)


 今のソフィアにとって意味を成さない未来視が最良の未来をソフィアに見せる。

 いくら堕天したとはいえ、腐っても世界を守護する天使だ。

 彼女の未来視にはこの世界にとって最良となる未来が映し出される。


 かつて、ソフィアはこの未来視に従って、禁呪に絶望し、自害するクアトロを救わなかった。

 世界の救済に必要な鍵を見殺しにした結果、故郷から追放され、人間界に放逐される運命を辿ったソフィアだったが、あの時の判断に間違いは無かったのだと今になって思い知った。



(だが――もはや関係ない)


 追放され、魔力が枯渇し死に瀕した時、伸ばされたこの子の手にソフィアは救われた。

 以来、ソフィアは世界を守護する天使では無く、ただ一人。

 

 ノエルだけを守護する天使として、この身を堕天させたのだから――



 今さら世界の命運を視たところでソフィアの心に再び世界守護の大役が息を吹き返す事はなかったのだった。





「ここは……」


 クロトは目を白黒させ、硬直していた。

 何気なくソフィアが囁いた《転移》という魔術。

 それは人間には逆立ちしたって真似出来ない大魔術だ。

 クロトだって《完全魔術武装》無しには実現出来ない。

 そんな大魔術を目の当たりにして連れてこられた場所がどこかの路地裏。


 微かにエミナの魔力も残留しているところからウィズタリアのどこかであることは伺い知れた。

 だが、疑問は尽きない。

 何故、ノエルはこんな場所にクロトを連れ込んだのか。

 話をすると言っていた。


 それの内容がなんなのか気になって仕方ない。


 クロトは麻痺した思考回路をフル回転させ、どうにか平常心を取り戻すと背後にいたノエルに振り返った。


「ノエル、一体何のつもりだ……?」


 クロトの言葉が濁る。

 無理もない。

 今のノエルには光輝く光輪も対翼の翼もないのだ。


 白銀に輝く霊装や槍も光の粒子となって消えていく最中。


 あれほどまでに圧倒的だった魔力による圧迫感もすっかりとなりを潜め、普段のノエル程度の魔力しか感じられない。


 放置された角材に腰を落ち着けたノエルは不遜な態度を崩すこと無く呆気にとられたクロトを見やる。


「時間がない。手短に話すぞ――」


 ノエルはそう言って、クロトに自分の事を説明していくのだった。



 ◆



 全てを話すのに時間は余り必要としなかった。

 要点だけを纏めた話だが、それでもクロトには理解の及ばない話が多分に含まれていたのは確かだった。


「つまり、あれか? ノエル――いや、えっと……ソフィアは魔族って呼ばれる魔界の住人?」

「あぁ」

「世界を救う為に人間界に来たけど、失敗して、ノエルに助けられて、ノエルの守護天使になった?」

「あぁ」

「……」


 淡々と頷くソフィアに言葉を詰まらせるクロト。

 魔界も魔族という言葉も初めて聞いた。


 ゼリームなどの魔獣とは異なり、この世界の裏側で人間と同じように生活を営む種族。

 天使だけでなく、エルフや竜族といった多種族も生活し、多種多様な知性ある種族が生息する。


 いや、可能性としてなら魔界の存在をクロトも疑ってはいた。

 クアトロだった頃、ドラゴンなどの巨大な魔獣と戦った事がある。

 だが、ドラゴンの生息地やどこから現れたのか――その情報だけはまったく掴めなかったのだ。

 その時から異なる世界の存在に疑問を抱いてはいたが、まさか本当に実在するとは……


「気になる事がいくつかある」

「話せる事なら話そう。これも礼だ」


 ソフィアはクロトに対しては何故か友好的だ。


 先ほど、馬車からノエルを庇った事に恩義を感じているらしく、時間が許す限りならクロトの質問に答えてくれるという。


 だが、悠長に質問攻めにしている時間は残されていない。

 すでにソフィアの霊装は全て消え失せ、瞳の色も元に戻っている。

 髪の長さ以外はほとんどノエルに戻ってしまっているのだ。


 ソフィアが顕界していられる時間はかなり短い。

 ソフィアが必要とする大気中の魔素の量に器であるノエルの肉体が耐えられないからだ。



 今の様子から見るに時間はもう残されていないはずだ。


「ノエルはアンタの事を覚えているのか?」

「いや、魂を移す時、ノエルから私の記憶は消した。私が顕界している時は余計な負担を与えないように彼女の魂を眠りにつかせている」


 なら、ノエルはソフィアの事を知らない事になる。

 今後はノエルの前でソフィアの話を振るのはよした方がいいだろう。

 次だ。


「リュウキっていう名前の魔獣――魔族は知っているか?」


 これがクロトにとって何よりも大切な質問だ。

 レイジとリュウキ。

 この二人は以前、『神殿崩壊』の時に刃を交えた相手の名前だ。

 これまで謎に包まれていた相手の居場所がわかる。

 それだけでもクロトにとっては僥倖だ。


 そして、ソフィアの答えは。


「あぁ、知っているとも。魔界では有名な悪ガキの名前だ。もっとも十年以上前の話だがな」

「十分だ。なら次だ。どうやって魔界に行ける」

「《転移》で可能だ」

「俺を――」

「無理だな」


 連れて行け。言い切る前にクロトの言葉が遮られる。

 ソフィアは険のある声音で続けた。


「魔界はこの人間界とは比べものにならない魔素がある。人間が一歩でも踏み入ると即死だ。私は友である其方を死に追いやりたくはない」

「けど――!」

「焦るな。リュウキがこの世界に来た時に叩けばいい。違うか?」

「敵はあいつだけじゃねえ。レイジだっているんだ」

「……レイジ?」


 ソフィアが首を傾げる。

 だが、クロトはその事に気付く事はなかった。


「アイツらを倒す為に俺は……」

「――どちらにせよ、貴方には無理だ。かつての貴方ならともかく、今の貴方では」

「魔力か……」

「それもある。だが――これは友とて、そしてかつて世界を守護する守護天使だった私として言わせてもらう。クロト=エルヴェイト、貴方は死んではいけない」

「どういうことだ?」

「この世界の命運に興味は失せた身だが、それでも心の奥底に眠った使命が私を駆り立てるのだろう。貴方と話すと伝えずにはいられない」

「だから、何を言って――」

「貴方には大切な使命がある。この世界を救うのにもっとも大切な――貴方はこの世界から消えるべき人間ではない」

「だから、どういう意味だ!!」


 激昂するクロトに対し、ソフィアは心情を見透かしたかのような視線を向ける。

 話はこれで終いだと、ソフィアは瞳をゆっくりと閉じていく。


「おい、ソフィア!」

「クロト=エルヴェイト、最後にこれだけは伝えておく。世界が貴方に何を求めようと私には関係無いが、もし、ノエルを傷つける選択を選ぶようなら――


 世界の死など関係なく、私は貴方を殺す」


 その言葉を最後に守護天使ソフィアはノエル=ディセンバーへと姿を変えたのだった。



 ◆



 眠りにつく刹那の瞬間、ソフィアは怒りに染まるクロトの顔を見て、呆れていた。

 世界が救済に選んだ人間は実に人間らしい。

 ノエル以外は守る価値などない有象無象の一人だ。

 気持ちに呑まれ、我を忘れる。

 そんな人間らしい側面がソフィアは苦手だった。


(毒されているとわかってはいるつもりなのだがな……)


 ノエルの中で眠る内にソフィアもまた人間へと近づきつつある。


 ノエルを害されるだけで我を忘れてしまう。

 まさにソフィアが毛嫌いする人間の感情と一緒だ。


 だが、同時に思う。

 こんな人間だからこそ、世界を救う鍵に選ばれたのだろう――と。


 世界から恩恵を色濃く受けた魔族ではなく、人間に『鍵』が現れる理由はそれかも知れない。



 それをなんと言葉で表せばいいのかまだ、ソフィアには判断出来ない。

 だが、それでも……


(残酷な運命だとわかっていても、選ぶのは私でもクロト=エルヴェイトでもない。この世界の意思だ)


 ソフィアが垣間見たこの世界の最良の未来はクロトにとって残酷なものだ。



 最愛の人を刃で貫く事でしか、この世界に明日はないのだから――


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