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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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逆鱗

 クロトはバツが悪そうに視線をノエルから逸らした。

 ノエルは懐疑的な瞳でクロトの顔を覗き込んでくる。

 

 ノエルが言ったように、クロトの右目は失明している。

 初めて《完全魔術武装》を使った時の後遺症だ。

 ゼリームの使う強化の魔術を《完全魔術武装》でコピーした瞬間、魔術負荷により、右目の視力を失った。


 日常生活ならまずバレることはないと高をくくっていた。

 だが、ノエルは僅かな違和感からクロトの右目に気付いたのだ。


 バレたなら仕方ない。

 クロトは腹を括るとノエルに向き直る。


「ああ、そうだよ」

「……な、治らないの?」


 ノエルは青ざめた表情を浮かべ、そう問いかける。クロトは首を横に振った。


「治らない。治癒魔術でも無理だろうな」


 魔術負荷――と言うのは、文字通り魔術による負荷だ。限界以上の魔力行使による体へのダメージ。

 それは、あらゆる治癒を受付けない不治の怪我だ。だからこそ、魔術師は一定の期間、一切の魔術を使わないインターバルを設け、魔術による体へのダメージを可能な限り抜き取る。

 そのインターバルを設けず、過度な魔術行使は身を滅ぼす事になる。今のクロトの様に。


「どうして? 魔術なら――」

「魔術は奇跡の技じゃない。人の技術だ。限界はある。魔術を盲信するのは良くない傾向だ」


 こんな時でもクロトは魔術を毛嫌いした強い口調でノエルの言葉を否定する。

 

 実際、どうしようもないのだ。クロトのダメージは魔術で治癒出来るレベルを超えている。

 治す手立てはないのだ。


 それに、ノエルの様に勘違いしがちだが、この世界の魔術はそこまで便利なものじゃない。

 魔術には限界がある。それも魔術師が思っている以上にその限界は浅い。


 魔術を神聖視すると痛い目にあう。これはクロトがかつて痛いほど理解し、同時に魔術を毛嫌いする理由の一つでもあるからだ。


 魔術の限界を見極める。そこが魔術師の第一歩でもある。


「でも……」


 ノエルは今にも泣き出しそうな顔を浮かべながら、クロトの頬に手を伸ばす。

 どうする事も出来ない。それが痛いほどに理解出来る。

 クロトはノエルの髪に手を伸ばし、優しく撫でる。


「いいんだ。俺はもう納得しているよ。それよりも約束があるんだ。この事はレティシアには黙っていてくれないか?」

「どうして? ううん。レティはこの事――」

「知らない。アイツには話してないんだ。余計な心配をかけさせたくないから」


 それはクロトの本心だ。

 今、この時期はレティシアにとって一番大切な時期だ。

 魔術の新たな可能性を見つける。レティシアのその夢の邪魔をしたくない。

 

 それに、言えば気付くだろう。

 クロトが視力を失った原因を。

 そして、それが魔術によるもの――それを知れば、レティシアは再び魔術に絶望し、涙を流すかもしれない。


 勝手かもしれないが、そんなレティシアの顔は見たくない。

 あの子にはいつも笑っていて欲しい。夢にだけを見ていて欲しい。

 クロトの不調でその表情を曇らせたくはなかった。


「……なにか、理由があるの?」

「男が大切な女に意地を張るのに理由がいるのか?」


 皮肉な笑みを浮かべ、クロトは肩を竦める。

 クロトの言い分を聞いたノエルはたっぷりと間をとった後、プッと吹き出した。


「あはは。そう。意地なのね」

「ああ。アイツにだけは弱い姿を見せたくないんだ。だから黙っていて欲しい」


 これはレティシアとの約束だ。彼女の理想の魔術師であり続ける。彼女の夢が叶うその時まで。

 だから、嘘は付いていなかった。


 ノエルはひとしきり笑った後、目尻の涙を拭き取ると、クロトの顔を覗き見た。


「うん。わかった。なら、私からはなにも言わないよ。けど、もしレティが自分で気付いたら――」

「ああ、その時は話してくれてもいい。ただ俺が不甲斐なかっただけの話だ」

「うん。わかったよ。けど、黙っている代わりに私のお願いを一つだけ聞いてくれるかな?」

「え……?」


 悪戯を思いついた様に笑うノエルを見て、クロトの頬が引き攣った。

 ノエルは誰かの弱みにつけ込む様な子じゃない。誰よりも優しく、気遣える子だ。だから、正直、こんな事を言い出すなんて意外だった。


 いったい、どんな要求を?

 言いようのない不安がクロトの心を押しつぶす。

 

 だが、ノエルはそんなクロトの不安をぬぐい去る様な屈託ない笑みを浮かべて、言い返す。


「難しいお願いじゃないよ。そこまでレティが大切ならキチンと仲直りして欲しいな」

「え……? 気付いていたのか?」

「……隠してたつもりなの? 誰が見ても気がついたよ。また喧嘩してるって。だから、私のお願いは二人が仲直りする事。あまり喧嘩しない事。ちゃんと二人揃って私のケーキを食べてくれる事。これくらいかな?」

「……一つじゃないだろ」


 いつの間にか、ノエルのお願いが増えていた。

 ノエルは小さく舌を覗かせて、可愛らしくゴメンねをする。


 クロトも怒る気にもなれず、肩を竦めた。


 ノエルのお願いを断る気はない。クロトだって出来れば仲直りをしたいと思っているのだ。

 それに、ノエルのケーキは一人で食べるよりも二人で食べた方が――


 いや、今は違うか。

 レティシアも、ノエルも、アイリも加えて一緒に食べた方が美味しい。


「なら、今日の試食は止めるか? レティシアもいないし」


 クロトはそう提案してみる。元々、今日の誘いはレティシアも含まれていた。だが、機嫌を損ねたレティシアはそんな気分じゃないと断っていたのだ。

 だが、ノエルは首を横にする。


「ううん。今日はクロト君にだけ食べて欲しいかな? それで感想をもらって、もっと凄いケーキを作って、レティを驚かせたいんだ」


 ノエルはそう言うと、心底楽しげに笑う。

 クロトも釣られて笑った。


 まったく、ノエルには敵わない。クロトもレティシアもその両方を気遣える彼女の配慮深さにクロトは感謝の気持ちしか湧かなかった。


「そういうことなら遠慮しないぞ。俺のコメントは辛口だ」

「凄い甘党なのにね?」

「うるせぇよ」


 下らない冗談を交えると、ノエルがクロトの手を握り、引っ張った。

 思わずつんのめるクロト。なんとか姿勢を戻し、道路に飛び出したノエルに半眼を向ける。


「あ、危ないだろ!」

「でも、見えてない方が危ないでしょ? 私が連れて行ってあげるよ」

「いや。片目は見えるから――」

「遠慮しないで欲しいな」


 恥ずかしそうに言われるとクロトも返す言葉がない。

 ノエルの気遣いに改めて感謝し、彼女の手を強く握る。


 仕方ないとばかりに演技じみたため息を吐きながらもクロトは笑顔だった。


「なら、頼むよ」

「うん。任せて」


 大仰にノエルが頷く。


 勢いよく歩き出したところで――



 それは起こった。



 最初に気付いたのはクロトだった。

 クロトの死角。右側から悲鳴が聞こえる。

 続けざまに、動物の荒々しい息づかい。激しく地面を鳴らす蹄の音。


 咄嗟に振り返る。


 その時にはもう手遅れだった。


 馬車だ。


 ノエルがクロトの手を引いて大通りに飛び出した瞬間、運悪く馬車が接近したのだろう。

 馬の手綱を握る御者は決死の表情を浮かべ、馬をコントロールしようとしていた。


 だが、突然ノエルが飛び出した事により、馬は半狂乱状態。とても制御出来る状態じゃなかった。

 その瞬間にクロトはノエルの体を抱きかかえる。


 ノエルが胸元でなにかを叫んでいるが、今のクロトに耳を傾ける余裕はない。


(くそ! どうして気付かなかった!?)


 クロトは自身の浅慮さを呪うばかりだった。


 先ほどは馬車や人通りを意識して、視力が残る左側を道路側に向けて歩いていた。

 だが、ノエルがクロトの右目に気付き、意識が散漫してしまった。

 注意を向けるべき大通りへの意識が薄くなり、運悪くそのタイミングで馬車の接近を許してしまった。


(俺が怪我なんかしてなければこんな事には……! ちっくしょう!!)


 クロトは必死に魔力を練り上げる。

 この局面でクロトに出来るのは魔力を瞬間的に高めた『魔力装填』――その魔力を推進力に変換した《イグニッション・ブースト》だ。


 だが――クロトが魔力を集めるよりも速く――


 馬の蹄がクロトの脳天を直撃するのは明白だった。


(間に合わねぇ……)


 クロトの顔に焦燥の汗が滲む。

 せめてノエルだけでも。

 今さら突き飛ばしたところで、暴走した馬車がノエルを巻き込んでしまうかもしれない。

 ならばと、クロトはノエルのその細い体を力強く抱きしめる。


 なけなしの魔力で障壁をつくり、クロトは全身を襲うであろう衝撃に身構える。


 その時だ。


「まったく、情けないな」


 胸元からそんな声が聞こえた。

 凜々しく、落ち着きをはらった声。

 同じ声音だというのに、クロトにはどうしても同じ人物だとは思えなかった。


 クロトの脇から彼女が腕を伸ばす。

 彼女の手の平には凝縮された魔力の塊があった。


 彼女――ノエル=ディセンバーと同じ白銀に輝く魔力。

 手の平で圧縮された白銀の魔力はクロトが『魔力装填』を行った時よりも、レティシアの魔力が籠められた魔晶石を使った時よりも、なお強力な魔力の塊だ。


 クロトは一瞬でノエルの考えを看破する。そして、叫んだ。


「やめ――」


「吹き飛べ、塵が」



 クロトが制止するよりも速く、ノエルの手から白銀の魔力が解放される。


 その魔力は馬はおろか、馬車さえも吹き飛ばす威力だった。

 吹き飛ばされた馬の体は魔力の威力に耐えきれず潰れ、馬車は圧壊していた。御者はおろか、馬車の中に乗っていた人たちの命すら危ういだろう。


 呆然とするクロトや通りにいた人達を無視し、ノエルはゆっくりと立ち上がる。


 いや――その姿は、もはやクロトの知るノエルではなかった。


 腰まで伸びた白銀の髪。背中には一対の翼。そして、彼女の頭上には光り輝く光輪。

 体は白銀の鎧に包まれ、その手には精緻な装飾が施された槍が握られていた。


 彼女がノエルだと――クロトには思えなかった。

 別の何者か。

 ノエルとはまったく別の何かが、ノエルの中から現れた。

 そう表現するのが正しい。


 クロトは震える声で、その象徴の名を呟く。


「天……使?」


 ノエル――いや、その天使は周囲を見渡すと、眉間に深い皺を寄せた。

 まるで汚物を見るような視線で周囲の人たちを睨むと手にした槍を高く掲げるのだった。


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