思い浮かべるのは――
「か、簡単な魔力操作? そんなのがあるの?」
「いや、言ってみただけ」
「このバカああああああ!」
あっけらかんと言い切るクロトにレティシアの怒りは爆発した。
「どうしてあんたはこう人の期待を裏切ることだけに関しては天才的な才能を発揮するのよ! 期待した私が馬鹿じゃない!」
「まあ、落ち着け」
クロトは手の平をレティシアに向ける。
レティシアは頬を膨らませてクロトを睨んだ。
「俺が言いたいのはお前の間違った魔力操作を改善してやろうってことだ」
「間違った? なに言ってるのよ。ちゃんと教科書通りにしてるわよ」
「教科書通りねえ……ちなみに俺、まだ一度も教科書開けてないんだけど、どんな内容が書かれていたわけ?」
当たり前のようにダメっぷりを披露するクロトに呆れながら、レティシアは教科書の内容を思い起こす。
「確か……魔力をその身に纏う為には内なる己を開け、自己を変革することにある。内なる力を纏うことこそ魔力を操作する要である……だったと思う」
その言葉をに肩を震わせて聞き入っていたクロトはレティシアが言い終えるのと同時に、盛大に噴き出して大爆笑した。
「なんじゃそりゃああああああ! 具体性の欠片もなんもないただの妄想力溢れるエッセイじゃねえか。そんなの参考にしてたら確かに魔力なんて纏えるわけがねえええええええ。お前ら本当にバッカじゃねえの? いや、これはこれで面白いけどよ。俺も一度、教科書開けてみよっかな? もっとも面白いものが載ってそうだし」
「そんな不真面目な理由で教科書を開けようとするなあああああ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
ひとしきり笑い終えた後、クロトとレティシアは向かい合っていた。
「で、具体的にはどうするわけ?」
「ん? そうだな……」
クロトは腕を組んで、魔力操作について考えを巡らせた。
確かにあの教科書を参考にしているようじゃよっぽど感受性に優れているヤツじゃないと魔力を纏うことは不可能だろう。
とはいっても魔力を纏うには本当にセンスが問われる。
今までこの教科書が問題なく運用出来ていたのはひとえにレティシアほど雑な人間がこの学院に来なかったことにあるのかもしれない。
そもそもレティシアは文面通りに受け取りすぎている気がする。
内なる自分を本当に見つけようとして、それが見つからずに苦戦していたのだろう。
他の生徒であればそんなものを見つけるよりもっと簡単な抜け道を探そうとする。
運が良ければその過程で魔力操作を身に付けていくこともあるかもしれない。
いや、実際はそうなのだろう。
だけど、いつまでも基本に囚われるレティシアはその考えに辿り着くのに時間がかかりすぎるのだ。
もしかしたら本当に内なる自分(笑)を見つけて魔力操作ができるようになるかもしれないが、それこそいつになるか分かったものじゃない。
(なら、ここはもっともメジャーな方法で行くか……)
その方がレティシアにとってもわかりやすいだろう。
「レティシア、魔力が何からできるか、そこは理解しているか?」
「う、うん。一応。確か、私たちの生命エネルギーを魔力に変換しているのよね?」
妙にしおらしくなったレティシアが視線を宙に彷徨わせながら答える。
クロトは頷きながら続けた。
「そうだ。魔力ってのは生命エネルギーの塊みたいなもんだ。たぶん、あの教科書の内容の内なる力っていうのは生命エネルギーのことで、そんでもって内なる己――つまり生きようとする強い意志を呼び覚ませってことか……」
教科書の難解解説文をゆっくりと紐解きながらレティシアにわかるように伝えていく。
クロトがレティシアに魔力操作を教えるにあたってもっとも心がけていること。
それは教科書の内容から逸脱しないことだ。
教科書にない内容を喋りだしてしまうとレティシアのような性格の学生はすぐに処理が追いつかなくなってしまう。
面倒ではあるが教科書の内容、一つ一つをかみ砕いて説明していくほうが飲みこみが速いだのだ。
「な、なるほど。そういうわけだったのね」
クロトの説明が的を獲ていたことにレティシアの反応を見て確信する。
「ここまでわかれば後は簡単だ。生命エネルギーを魔力に置き換える。つってもそれがネックなんだが……」
クロトは一度、間をおくと、恥ずかしそうに頬をポリポリと掻いた。
「お前、好きな異性はいるか?」
「…………はぁ!?」
予想の斜め上をいくクロトの発言にレティシアはあからさまに距離をあけた。
「な、なによ。いきなりセクハラとか正直引くわよ……」
「ち、ちげーよ! そもそも俺にそんな趣味はねえ。俺は年上か同い年の子が好みなんだよ!」
「なら、なおさら悪いじゃない!!」
クロトとレティシアは同い年。
クロトのストライクゾーンど真ん中なのだ。
思わず危機感を覚えたレティシアは身体を抱きかかえた。
「ちょ、そんな蔑んだ目で俺を見るな! これは魔力操作にも関わることなんだよ!」
「……また冗談だったら、今度こそ本当に怒るから」
「何度も怒ってるだろ……つってもこれは案外真面目な話だ。俺は魔力を纏う時、守りたい大切な人を思い起こしているんだ。この人だけは死んでも助けるってな。それが俺の生命力を爆発させる。言ってみれば絶対に死ねない。生きたい。っていう人の意志が生命エネルギーを膨れ上がらせて、魔術適性がある人間は本能的にそれを魔力として纏ってんだよ」
「そ、それってつまりはクロトにはいるの? 命を賭けてでも守りたい人が」
「一応な……まあ、とにかくやってみろよ。考えるのは命を賭けてでも守りたいものだ」
バツが悪そうに視線を逸らしたクロトの表情はそのことには触れないでくれと如実に語っていた。
レティシアは妙な胸の痛みを覚えつつ、クロトに言われた通りに自分の全てを掲げられるもの――を思い起こそうとして考えを巡らせた。
…………
……
まったく思い浮かばない……。
命を賭けられるほどのものを十六になる少女がもっているわけなどないのだ。
「ごめん、私……」
レティシアの反応にクロトはその結果があらかじめわかっていたかのようにうんうんと頷いてみせた。
「ま、そりゃあ、そうだな。こんな歳で覚悟を決めてるようなヤツ、俺だって滅多に見ねえよ。これはあくまで俺が魔力を纏う時にイメージするものだ。そうだな……次はもっと簡単に考えろ。楽しかった思い出とか忘れられないものとか、気分が高まった時のこととか……そういった記憶が生きようとする力を強くすることもある。それなら思い浮かぶだろ?」
「そ、それなら……」
もう一度レティシアは瞳を閉じる。
思い浮かべたのはつい最近の記憶。
レティシアにだって忘れない記憶。心が躍った記憶がある。
十五歳の誕生日。初めて魔術適性があるとわかった日。
あの時の感動と心が躍るような衝撃はたぶん、一生忘れることはないだろう。
心が温かくなるような感覚。そして胸が高鳴る感覚がレティシアの身体の隅々まで浸透していく。
全身が温かくなるのと同時に体中に今までかんじたことのない不可思議な力が湧きあがってきた。
ドクンドクンと心臓が血を循環させるように、レティシアの想いを動力源として体中に力が巡っていく感覚。
これがクロトのいう生命力が溢れてきた証拠なのかもしれない。
今まで一度も体験したことのない感覚だったが、レティシアは恐怖といったものを一切感じなかった。
ただ、受け入れていく。想いにまかせて力を循環させていくだけでいいのだと本能が囁いていた。
「…………できたな」
「え……?」
瞳を開けたレティシアの身体を覆うようにクロトと同じ『無色』の魔力がその身に宿っていたのだ。
「今、体の中に溢れる力、その感覚を忘れるなよ」
「う、うん……」
レティシアは曖昧に頷きながら身に纏った魔力を見つめた。
(こ、これが私の魔力……)
綺麗だった。
なにものにも染まらない無色の魔力を身に纏ったレティシアの姿はアリーナにいた大勢の生徒の目を奪っていた――――。