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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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知られたくなかった真実

「では、これで今日の授業は終わりにしますわ」


 予鈴が鳴る前に懐中時計を見たミレイは、手にしていたチョークを下ろし、生徒達に視線を合わせる。

 誰も言葉が出ない。

 クロトでさえ、黒板に書き綴られた術式に舌を巻いていたのだ。


(か、完璧すぎる……)


 ミレイの初授業――それは基礎魔術概論。

 基礎魔術概論は長期休暇前に終了していた事もあり、始まった当初は生徒全員がやる気のない表情を見せていたが、そんなのは五分もしない内に消し飛んだ。

 書かれた術式はエミナと似た術式。

 誰もが理解出来ないと匙を投げたあの術式だった。


 生徒達が困惑するのも無理はない。

 だが、ミレイは術式を書いた後、教科書に載った劣化版の術式を横に並べ、本来の術式を噛み砕き劣化版の術式に置換する――という方法の授業を行った。


 奇しくもその方法はクアトロがこの国に魔術を伝える時に思いついたのと同じ方法だった。

 ウィズタリアに魔術を教えるのはいい。だが、余計な力をつけさせたくはない。なら、どうするか――既存の魔術式を砕き、最低限使えるレベルの術式に書き直せばいい。

 重要な式を除き、魔術の形成式だけを残せば、その式を知らない限り、魔術が必要以上に発展する事はない。

 クアトロは、四則演算で例えれば足し算と引き算しかこの国に伝えていないのだ。だから、この国の魔術レベルは低い。他の魔術国家なら当然習う演算法則の半分も知らないのだから。


 だが、クアトロが意図して教えた劣化魔術は――今日、この日、終わりを迎えた。


 ミレイは、この国に欠けている法則を懇切丁寧にクラスに教授したのだ。

 その結果――


 この国では最上級だと思われていた魔術を基礎魔術で発動出来るまでこのクラスの魔術レベルは一気に飛躍した。

 当然だ。足し算と引き算だけで答えを出していた今までと違い、四則演算を使って答えを出せるようになったのだ。その差は歴然だ。


(国が、変わる……けど……)


 授業が終わり、放心していた生徒がパチパチと拍手をする。まばらだった拍手は次第に盛大となり、教室を埋め尽くすまでになった。


 クロトは押し黙った表情のまま、横に座るレティシアをチラリと見る。

 頬が仄かに赤く染まり、キラキラと輝いた瞳が憧れの色を抱いて、ミレイを見ていた。

 クロトはその視線に既視感を抱く。

 つい先ほど、その視線を向けられた記憶があるのだ。

 クロトを師と仰ぎ、魔術を教えて欲しいと懇願してきたあの時と同じ視線。


(それ以上に不味いのはコイツだ……)


 ようやく本当の魔術を学べる機会を手にしたレティシアがどうするか――

 短い付き合いのクロトでもそのくらいはわかる。

 恐らく、授業終了と同時に、ミレイに飛びつくだろう。

 クロトは今後の展開を予想し、思わずため息が漏れた。


 今さらクロトに止める手立てはない。ミレイの授業は、それ程までに致命的なダメージをクロトに与えていた。

 この国の誰も気付いていない法則をたった一回の授業で理解させたその手腕。

 教師としての実力は申し分ない。恐らくクロト以上に魔術を教えるのが上手いだろう。

 だからこそ、クロトはレティシアがミレイに近づく事に対し、どこか否定的な考えを思い浮かべていた。


 別にレティシアがミレイにとられる――とか、そんな考えを持っているわけではない。

 シドウが気になったのは、彼女の出身だ。

 どう考えてもウィズタリア出身ではないだろう。

 恐らく余所の国。それも魔術がクアトロのいた国と同じくらいに発展した国だ。

 わざわざ魔術が未発展のウィズタリアに講師として来る理由が、どうしても思い浮かばなかった。

 この国は魔術的な意味合いで立地のいい国だが、言ってしまえばそれだけしかない。

 魔術を極めるなら、もっと他に良い場所は幾らでもある。

 ミレイがこの国に来た理由がどうしても掴めない。

 だからクロトは懐疑的な視線をミレイに向けていた。


(けど、どうする事も出来ないよな……)


 授業が終わるのと同時に教壇に駆けだしたレティシアの背中を見送りながら、今は様子見という判断で、渋い表情を浮かべるのだった。



 ◆



「凄かったね、ミレイ先生の授業」

「……ああ」


 ノエルの店へと向かう道中。話題提供としてノエルが漏らした感想を上の空で聞き流すクロト。

 クロトの意識は完全にミレイという女性に向いており、人通りや馬車の通行が多い大通りでは少々危機意識に欠ける。

 だが、ノエルを壁際に、道路側を歩くクロトは、そんな事お構いなしに通り過ぎる人を避けていく。

 ノエルは、ほとんど無口なクロトに乾いた笑みを浮かべる。

 元々は、レティシアとの仲直りの為に計画した試食会だが、クロトもレティシアも、喧嘩していた事などすっかり忘れている。

 今日、新しく来た教師に二人とも目が奪われ、新作のケーキなど彼方へと吹き飛んでしまっている。

 喧嘩した事を忘れ、次の日には元の関係に戻ってくれるなら別にノエルも構わない。

 むしろ、そうなりそうな気がする。

 別れ際のレティシアは普段通りで、クロトも普段通りに対応していた。まだ少しぎこちなくはあったが、明日には仲直りだろう。

 そうなれば、ノエルの中に芽生えたのは、小さなヤキモチだった。

 ケーキなんかより、美人で博識の先生の方がいいの?

 必死になって二人の為だけに新作のケーキを完成させたノエルにしてみれば、思わず頬が膨れあがるほどだった。


 絶対にケーキに夢中にしてやるんだから! と息巻いて、ノエルは普段なら絶対にしないような行動に出る。


「お、おわ! ど、どうした?」

「う、ううん! な、何でもないの!」


 頬を真っ赤に染め、クロトの手を握ったノエル。

 握った手が思った以上に男らしかった事に今さらながらに羞恥の気持ちがわき上がる。


「そ、それより。どうしてそんなに驚くの?」

「あ~それは……」


 だが、それとは別に――

 クロトの驚きようが少し気になった。

 クロトの手をとる時、ノエルは明らかに挙動不審で、クロトの視界の端で奇妙な行動をしていた筈だ。それに気付かないクロトではない。

 だが、クロトはノエルの奇抜な行動に気付く事なく、手をとられるその瞬間まで、ノエルに気付かなかったのだ。


 言い淀むクロトにノエルはグッと視線を近づける。


 そして――


「……あ」


 気付いた。

 よく注意して見ないと気付かないが、気付いてしまえば、その不自然さはより顕著となった。

 ノエルはごく自然にクロトの右頬に手を添える。

 ビクリとクロトの肩が震える。

 ノエルは確信に満ちた声音でそっと呟いた。


「右目、見えてないの……?」


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