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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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魔術を教えてよ

「お早う、レティシア」


 朝の通学時間、待ち合わせをしていたわけでもないのに、クロトとアイリがレティシアを出迎える。

 レティシアは目元に立派なクマを浮かべ、アイリと朝の挨拶を交わす。


「お早う……ふぁ~……」

「レティシア、眠いの?」

「うん。ちょっと調べ物をね……」


 眠気を堪えきれずに、欠伸を漏らすレティシア。

 大方下らない事だろう。クロトは肩を竦める。


「なに、調べてたんだよ?」

「……エミナさんの魔術式」


 やはり下らない事だった。

 クロトはこれ見よがしにため息を吐く。


 エミナが昨日の授業でレティシア達に見せた魔術式は、この国の基準を遙かに上回る術式だ。

 ウィズタリアにはまだ伝わっていない魔術。正真正銘の基礎魔術の魔術式なのだから。

 その劣化魔術もどきを最上級魔術と位置づけているウィズタリアの魔術師にはどう足掻いたって理解する事は出来ない。

 要は時間の無駄だ。


 クロトは呆れるのも無理はない。


「で? 何かわかったのか?」

「……」


 途端、押し黙るレティシア。

 クロトはその姿を予想していただけに、次いで、レティシアから出た台詞に間の抜けた声を発した。


「わかったのよ」

「は……?」

「私の知る魔術が、魔術じゃなかったってこと。魔術の真似事だって事をよ」

「え……マジで?」


 コクリと頷くレティシアに、クロトは開いた口が塞がらない。

 昨日のエミナの授業で、そこまで考えつくなんて思わなかった。

 他の教師陣のように、エミナの魔術を意味不明と投げ捨て、考えるのを放棄していたものとばかり思っていたのだ。


 少なくとも、魔術の真似事を表現する為には、この国の最上級魔術の術式を理解する必要がある。

 レティシアはたった一晩で、その事に気がついた。

 彼女が魔術に向ける情熱と夢を改めて思い知らされた気分だ。


「ねえ、クロト?」

「な、なんだよ」


 改まった物言いにクロトは身構える。

 散々、バカだ、三流だと言い続けてきたレティシアに対し、その聡明さに初めて戦慄を覚えたのだ。

 

 そんなクロトの心情を露ほど知らないレティシアは懇願するような視線をクロトに向け、言った。


「私に魔術を教えてくれない?」

「魔術を……?」

「うん」


 普段の勝ち気な――我が儘な態度はすっかりなりを潜め、そこにいるのは、クロトを師と仰ぎ見、教えを請う弟子の姿だった。


 クロトはアイリの頭を撫でながら、逡巡する。


 魔術を教える事は可能だろう。

 レティシアは自力で、この国の魔術のあり方に気付けた。さらにはこの国の最上級魔術――余所では基礎魔術――をある程度、理解している。

 禁書のように、本当に危険な魔術以外の知識なら教えてもよいのではないか? という葛藤がクロトの中に芽生えつつあった。

 だが――


「ダメだ」


 クロトは、レティシアの願いを取り下げる。


「な、何でよ!?」

「……お前には向いてないからだよ」

「……また、三流だとか言ってバカにする気?」


 レティシアの瞳が怒りに染まる。目元が吊り上がり、口調も強くなる。

 だが、クロトの意思は変わらない。


「ちげえよ、バカ。お前には必要ない力だって言ってるだけだ」

「必要に決まってるでしょ!? だって、私は!」

「皆が幸せになる魔術を見つけたい。か?」

「そ、そうよ……」


 クロトに先を越されたレティシアが呻くように絞り出す。

 一瞬、目を瞑り、クロトは非情になる事を決めた。

 

 魔術なんて力では誰も救えない――その事をよく知るクロトだからこそ、言える事がある。


「レティシア、お前には話したよな? カザリの事を?」

「え、ええ。クアトロが『死淵転生』を使って蘇らせようとした人よね?」

「そうだ。お前だって、あの魔術の危険性、復活した人がどんな状態だったか知ってるだろ?」

「……うん」


 かつて、マークの策略により、レティシアはランクSオーバーの魔力を利用され、『死淵転生』の生贄となりかけた事がある。

 その時、レティシアは一度知った筈だ。魔術はロクでもない力だと。

 誰かを不幸にする事しか出来ないと。


 それでも、レティシアはもう一度、魔術を信じた。

『開闢の魔術師』で夢見た魔術を実現する為、誰もが幸せになれる魔術があると信じて、もう一度、魔術に触れる事を誓った。


 だからこそ、現行の魔術を教えるわけにはいかない。

 人を殺す為、悪魔に魂を売り渡すような魔術を、その現状を知って、彼女に折れて欲しくない。


 これはクロトの我が儘だ。レティシアの夢を守り、応援すると決めた以上、彼女の夢を手折る事実は伏せたいと願う、クロトの我が儘。


「この世界の魔術はロクもんじゃねぇ。お前だけじゃねえ。アイリの様子を見たらわかるだろ?」

「あ、アイリは……」


 レティシアの言葉が泳ぐ。『神殿崩壊』の経緯は既にレティシアにも伝わっている。その時、何が起こり、何があったのか。カザリのこと。アイリもこともレティシアは知っている。


 だからこそ、すぐには否定出来ないのだろう。

 クロトはレティシアに反論の余地すら与えず、話を締めくくる。


「わかったか? 魔術はお前には向いていない。だから、教えない。以上だ」


 ここで、せめて、魔術の現状を教え、レティシアの求めるような魔術が存在しない事を伝えられていれば、また結果は違ったのだろうが……


 見事に言い負かされたレティシアはうつむき、嗚咽を上げるのだった。



 ◆



 それから、ほぼ無言で教室に着いたクロト達。

 互いに言葉を交わすことなく、席に着く。


 周囲のクラスメイトは普段とは異なる様子に首を傾げた。


 まるで、アイリが編入してきた時のようだ。と。

 


 確かに、その表現は間違っていない。

 だが、状況は、より最悪だ。

 あの時は、レティシアがアイリに言い負かされた事に少なからず腹を立てたシドウの行動が発端だった。

 けれど、今回は、クロトがレティシアを拒否したことが原因だ。似たような喧嘩でも、内容がまったく違う。

 仲の修正には、以前以上に時間がかかるだろう事は明らかだった。

 異質な雰囲気を放つ二人。そして、教室に着くなり、居眠りを始めたアイリ。間の悪さ、空気の悪さは最悪だった。


「クロト君、レティ……?」


 そんな中、親友のノエルが、二人に話しかける。

 二人の緩衝材として割って入ったノエル。

 クロトは軽く視線を合わせるが、レティシアはふさぎ込んだままで、視線を合わせようとしない。

 ここで、何かあったの? と聞くのは野暮だ。

 話題を逸らすのが一番無難だろう。

 少なくとも、この悪い空気は少しはマシになるはずだ。


「そ、そうだ。二人とも、今日お店に来ない? 新しい試作品があるんだ」


 かねてより、計画していた試作ケーキをこんな形で披露する事に心を痛めるが、今は自分の気持ちよりも二人の仲だ。


 誰が見ても、相性最悪な二人だが、レティシアから聞く、クロトの愚痴は、相性が悪いから出る愚痴ではない。あれは言ってしまえばヤキモチだ。


 レティシアはクロトの事が好き――その端々が垣間見える話を聞いてきたぶん、今回のこの険悪さは少々、問題だ。


 ノエルは自分を差し出し、彼らの仲の修繕を計るが……


「ゴメン……今日はそんな気分じゃないの……」


 今にも泣いてしまいそうな声音でレティシアが目も合わせず、呟いた。


「俺は、いくよ。前に言っていた試作だろ?」


 クロトはクロトで、レティシアに視線も向けず、真逆の事言ってくる。

 二人揃ってないと意味がないんだけどな……とノエルは胸の中で零すが、一度言ってしまった手前、今さら断る事も出来ない。


 仕方なく、今日の放課後、ノエルとクロトの二人だけでケーキの試食を行う約束を交わし、HRが始まる。



 予鈴と共に、始まったHR――


 昨日までなら、担任のエミナが教壇に立っていた筈なのだが、今日は見慣れない女性が立っていた。

 黒い髪を三つ編みで束ね、黒いシャツの上に、白衣を着た女性だ。齢は二〇代後半。眼鏡をかけたその姿は理知的な印象を抱かせる。

 その女性は細い指でチョークを手にすると、黒板に文字を書き連ねる。


「皆様、初めまして。今日からこのクラスを担当する事になりました、ミレイと言いますの。皆様、よろしくお願いいたしますわ」


 小さなお辞儀をして、微笑ましい笑みを携えながら、新しい担任教師、ミレイ=カタリアは教鞭を手に取るのだった。


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