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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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授業崩壊

 アイリが復学したその日の夜。

 時計の針が深夜十二時を指す頃、エミナの屋敷ではすすり泣く声が聞こえていた。


「……いい加減にしてくれよ」


 クロトは泥酔状態のエミナにタオルを掛けながら酒に手を伸ばそうとしたエミナの手を叩く。


「だって、だってええええ――……」


 酒に酔いつぶれ、思考が若干幼児退行したエミナが目尻に涙を溜めながらクロトを見上げる。

 またか……といい加減疲れ切った頭が頭痛となってクロトに抗議を訴える。

 クロトはエミナの頭を撫でながらあやすように優しい口調で続ける。


「はいはい。お前は悪くない。悪くないよ。ちょっとばかり張り切っただけだもんな?」

「そうだろ? それなのに、それなのにだ! なんで、私がクビなんだよ……いい加減な授業をしたわけでも、授業放棄したわけでもないのに……」


 エミナは学院から帰宅してからずっと同じ事を愚痴っている。

 初めは怒り心頭といった感じで手が付けられなかったが、酒が入ってからは余計に手が付けられなくなった。


「クロト……?」

「ん? アイリか?」


 寝間着姿のアイリが廊下からそっと顔を覗かせる。

 眠たげな瞳がエミナを一瞥する。


「まだ、エミナ泣いてるの?」

「ああ……」


 アイリはそのままクロトとエミナの脇を通り過ぎるとキッチンからクロトが挽いたコーヒーをカップに注ぐ。

 それからエミナの対面に座るとちょびちょびとコーヒーをすすりながら首を傾げた。


「なんでエミナはクビになったの?」

「……お前、寝てたもんな」


 あの状況に立ち会っていなかったアイリは不思議そうにエミナを見つめる。

 普段、屋敷の主として傲慢不遜な態度しか見てこなかったアイリからしてみれば、酒に酔いつぶれて、子供のように泣きはらすエミナは新鮮に映ったのかもしれない。

 もっとも、エミナは大酒飲みのくせに酒癖が悪い。

 普段は暴力に訴え出るが、ごく希に泣き上古な一面を見せる事がある。どちらにせよ絡み酒である事には違いないので、普段は自制してもらっているが……


 今日は目を離した隙に度数の強い酒を飲み、一気に酔いつぶれたというわけだ。

 その理由は、アイリが言ったようにエミナのクビに理由が繋がる。


「私は、ただ頑張っただけなのに……」

「はいはい。こんなところで寝てると風邪引くぞ?」


 泣き疲れてそのまま寝てしまったエミナをクロトは抱きかかえ、寝室へと運ぶ。

 エミナを寝かしつけて来たところでリビングに戻ったクロトは酒を片付けながらアイリに喋りかける。


「寝ないのか?」

「うん……目が覚めた」


 コーヒーをこんな時間に飲むからだ。とクロトは苦笑する。

 エミナの絡み酒に付き合う為に眠気覚ましにと用意したコーヒーだ。コーヒー独特の香りが部屋に充満し、その香りに釣られ、クロトもカップにコーヒーを注ぐ。


「アイリ、砂糖とミルク、シロップは?」

「いる。大盛りで」

「気が合うな」


 クロトは笑みを浮かべながら棚から砂糖などを取り出し、テーブルに並べる。

 アイリは無造作にミルクや砂糖、シロップをコーヒーに注ぎ込んでいく。


「あまり入れすぎるなよ? 虫歯になるぞ?」

「わかってる」


 アイリは眠たげな表情のままコーヒーに口を付け、一息つく。

 クロトもアイリのように砂糖などを入れてから、コーヒーを飲んでいく。

 ブラックでも飲めない事は無いが、やはり甘い方が美味しい。

 この屋敷で甘党はクロトだけだった。エミナはブラック派なので砂糖などはクロトが買い込んでいる。

 アイリも甘党ならもっと大量に仕入れる必要があるな……


 そんな事を考えながらコーヒーを啜っていると、アイリがジッとクロトを見つめていた。


「ん? どうした?」

「なんで、エミナがクビになったのか気になって」

「ああ、その事か」


 クロトはコーヒーの余韻に浸りながら、今日の授業風景を思い返すのだった。



 ◆



 朝のHRを終え、授業が始まった。

 最初の頃こそ真剣に授業に耳を傾けていた生徒達だが、今は青ざめた顔色を浮かべ、ペンを動かす手が完全に止まっていた。

 クロトの横に座るレティシアでさえ、驚愕に目を見開き、手を止めているのだ。

 魔術オタクの彼女でさえ放心する授業内容。


 そう言えば聞こえはいいかもしれない。


 クラスの様子などお構いなしにカッ、カッ、カッっと白いチョークで魔術式を書き殴るエミナの背中を眺めながら、クロトは盛大にため息を吐いた。


「さて、諸君!」


 板書を終え、振り返ったエミナが活き活きとした表情で生徒を見渡す。

 生徒はまるで通夜のような暗い表情を浮かべながら、ビクリと肩を振るわせる。


「今日は休み前の復習と言うことで基礎魔術の復習を行ったわけだが――」


 チラリとクロトはエミナの板書を見る。

 うん。これは確かにクロトが知る基礎魔術の魔術理論だ。

 クアトロが幼少のエミナの教えた基礎魔術。

 だが、この国の教科書の載った基礎魔術とは次元が二つほど違う。

 この国はクアトロが意図的に魔術レベルを下げている。魔術国家とて有名な国だが、その内実は低レベルな魔術だけしか知らない発展途上の国なのだ。

 この国で本当の魔術師と呼べるのはエミナだけ。

 後の連中はクアトロが国の力を抑制する為に広めた質の悪い低俗な魔術しか使えない。

 エミナと他の魔術師が同じ魔術を使う場合、威力に差が出るのは当然だ。

 なにせ、使っている魔術理論のレベルが違う。


 今、エミナは基礎魔術の復習と称して魔術式を板書したが、恐らく誰もこの魔術式を理解出来ていない。


 唯一、理解出来そうなアイリは授業開始早々に船を漕いでいる。

 他の生徒もそうした方が楽なのに、真面目なせいか、誰も授業を放棄する素振りを見せない。


「さあ、そこの君! この術式でどんな魔術が発動する?」

「え!?」


 次の標的になったのはレティシアに次ぐ座学成績の上位者だ。

 彼は泣きそうな顔を浮かべながら、必死に教科書と板書を見比べる。

 だが、残念ながらどの教科書にもエミナの書いた術式は存在しない。

 その結果――


「わ、わかりません……」

「こら、ダメだぞ。予習、復習はしっかりやれよ」

「は、はい……ごめんなさい」

「まあ、いい。この方式は――」


 そんなこんなでエミナの高次元の授業は進み、誰も理解出来ないどころか、終には授業放棄して独学する生徒まで現れる始末。

 それでも嬉々としてクアトロから教わった基礎魔術理論を披露し続けたエミナは――



 ◆



「クビになったの?」

「まあ、そういう事だ」


 コーヒーを飲み終えたクロトは背もたれに体重を預けながら大きく伸びをする。

 エミナの絡み酒からずっと身動きがとれなかったのだ。伸びをした途端、体中の骨がポキポキと鳴った。


「わからない……」

「ん? 何が?」

「エミナは正しい方を教えただけなんでしょ? なんでクビになるの?」

「エミナの持つ知識が学院に認められなかったんだよ」

「どういうこと?」

「学院の教師もエミナの術式を理解出来なかった。最大の問題はそこだな」

「……? よくわからない……」

「まあ、気にするな。暴走したエミナにはいい薬だ」

「クロトがそう言うなら……」


 キョトンと小首を傾げるアイリにクロトは苦笑いを浮かべる。

 

 エミナがクビとなった理由は、実は単純な話だ。

 誰も彼女の持つ知識を理解出来なかった。

 この国の魔術レベルが一だとすればエミナのレベルはその十倍以上。エミナの知識を理解出来る筈がないのだ。


 そして学院のとった行動が――

 既存の魔術式でも同じ魔術が発動出来るからとエミナの話を虚構と斬って捨てたのだ。

 要するに理解出来ないから外に遠ざけた。

 

 ただそれだけの話なのだ。


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