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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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レティシアの熱弁

「皆、怖がっちゃダメよ!」

「レティ……」


 教室に木霊するレティシアの叫びにクラス全員が顔を上げる。

 アイリの事故を将来の自分に重ねていたクラスメイトは暗い表情を浮かべ、レティシアを見つめる。


 一同全員が、なぜレティシアの瞳に脅えが見えないのか首を傾げる。クロトは頭を抱えていた。

『英雄復活』さらに『神殿崩壊』を経験したレティシアは現存する魔術を信奉する一方で、嫌悪している。

 クアトロがこの国に持ち込んだ魔術が最低な技術だ。だが、この国の人は奇跡の技――この国に恩恵をもたらした技術だと信じ込んでいるのだ。レティシアもその一人だった。


 だが、『英雄復活』の当事者となり、魔術の暗黒の側面を知り、彼女は変わった。

 クアトロの魔術が誰も救えないなら、誰も彼もを救う魔術を自分が見つける。クアトロが出来なかった幸福な魔術を見つける――それを夢見たレティシア。


 レティシアは言った。『信じさせてよ』と――レティシアが夢を叶えるまで、クアトロがもたらした魔術が誰も彼もを救う力である事を信じ込ませる。クアトロの嘘を最後まで貫き通す。クロトはレティシアとそう約束している。


 そして、レティシアが今、立ち上がったのも恐らくそれが理由だ。


 クアトロの魔術を、現存する魔術が素晴らしいものであるとクラスメイトに思い込ませる。

 その為にレティシアは震える体を奮い立たせ、緊張の眼差しを皆に向けながら、口を開けるのだ。


「確かに、魔術には危険な側面があるわ。けど、私達はまだ、魔術を習い始めたばかりなのよ? ただ、その危険性を知らなかっただけじゃない!」


「け、けど……俺、アイリみたいになりたくねえよ……」


 クラスの一人がそう呟く。

 レティシアはその言葉を聞き逃すことなく、声を震わせた。


「大丈夫よ!」

「なんでそう言い切れるんだよ……」

「だって、私達には――素晴らしい先生が付いていてくれているじゃない!」

「……は?」


 レティシアの言葉に間抜けな声を発したのは教壇で成り行きを見守っていたエミナからだ。

 突然、話の矛先が向けられた事に、目を白黒させている。珍しい表情を見た気がする。


「私達の担任が誰か忘れたの? あのクアトロ=オーウェンの一番弟子。この国最強の魔術師『氷黒の魔女』エミナ=アーネストよ! 魔術の危険な側面も、いい側面もきっと先生が教えてくれるわ! そうですよね?」

「あー……」


 エミナが眉をハの字にさせて頬を掻く。

 レティシアの熱弁に気圧された事もあるが、まさか矛先が向くとは思っていなかったのだろう。

 流石のエミナもどう答えるべきか迷っているようだ。エミナもクロトと同じ考えで、ここで魔術に怖じけついて魔術師を諦める事を望んでいる一人。


 そもそも、エミナは人に魔術を教える事を何よりも嫌っている。隣国と《契約》を結んでまでアイリを学院に迎え入れたのも、早い話、エミナが教鞭を振るいたくなかったからだ。


 エミナの持つ魔術知識は幼い頃からクアトロが直々に叩き込んだもの。今では彼女の宝物の一つだ。しかも、クアトロがこの国に持ち込んだ魔術は劣化版ときている。

 儀式の土台として魔術国家に仕立て上げたのだから、この国に教えた魔術は最低限。しかもやたらと非効率な魔術式ばかり教えたのだ。

 だからこそ、エミナの持つ魔術はクアトロ唯一のオリジナル。好きな人が残した物を他の人に渡したくない。エミナの純粋で不器用な恋心がエミナの教鞭を奪っているのだ。


(さて、どうしたものか……)


 二人の心境を知るクロトとしては悩みどころだった。

 クアトロの魔術を大切にしたいエミナ。

 クアトロがこの国に持ち込んだ魔術を守り通したいレティシア。

 二人とも、クアトロの魔術への思いは違うが、守りたいという気持ち同じだ。


 それに、クロトはレティシアと約束したのだ。


 嘘を貫き通すと――


 なら、助け船程度は出すべきだろう。


「……そうだな」


 クロトはポツリと呟いた。


「クロト……?」

「先生だって、教科書にある魔術の危険性は知っているだろう。その危険性と、回避云々は元々教育内容の一つだろう……」

「あー……そうだな?」

「なら、話は簡単だ。俺は先生の指導に期待するよ」

「クロト、あんた……」


 途端にレティシアが冷ややかな視線をクロトに向けてくる。なぜだ?


 エミナとレティシアの思い――その両方を上手くフォロー出来た発言だと自負している。

 それに、あの魔術嫌いで有名なクロトの発言と言うこともあり、クラスメイトにも発破をかけられたはずだ。

 あんなランクEの最低魔術師に先を越されてなるものか! っていう具合程度には誘導出来たはずだ。


「なんで、睨む……」

「アンタが考えなしの大馬鹿だからよ……」

「いや、意味わかんねえって」


 むしろ、考え抜いた末の発言なんだが……


 クロトが首を傾げたその瞬間、バンッ! という音が響き渡り、一斉にその音がした方へと視線を向ける。


 そこには寝ぼけた表情でボーッと立っていたアイリと、黒板を叩くエミナがいた。

 エミナは肩を振るわせ、目を輝かせながらクラスを見渡す。


 なんだろう、この何時になくやる気に満ちた表情は……嫌な予感しかしない。


 そして、その予感は見事命中する事になるのだった。


「ああ、元からそのつもりだ! 私が直々に教えてやる。魔術の全てを! 怖い思いはするが、怖がる事はない! 私がお前らをヒヨッコから卒業させてやる」


 教鞭を握ったエミナがビシッとその先端をクラスに向ける。

 いや、曖昧な表現は避けよう。クロトに向けたのだ。


「見ていろ。エルヴェイト。君の期待以上の授業をしようじゃないか!」

「え……っと」


 ああ、これは間違いない。


 クロトは見事に恋する乙女の地雷を踏み抜いてしまったのだ。


「……バカ」


 初めてから全てを見抜いていたレティシアの言葉が崩れ堕ちたクロトの耳に突き刺さるのだった――



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