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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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復学

 早朝のHR。

 誰もが目の前の光景に言葉を失っていた。

 教壇にはこのクラスの担任であるエミナと、しばらく学院を休学していたアイリ=ライベルだった。

 久方ぶりの登校。だが、このクラスの全員が、彼女の変貌ぶりに目を剥いていたのだ。


 明るく活発で天真爛漫だった面影はどこにもなく。眠たげで無表情。何を考えているのかわからないボーッとした視線にかつて見た彼女の姿はどこにもなかった。


 生徒達は事前に受けた説明を思い出し、何とか状況を呑み込もうと必死だった。

 そんな中、エミナが気まずげに生徒達と向き合う。


「えー説明した通りだ。魔術の過剰行使による自我の消失――それが今のアイリの現状だ」

「……」


 エミナのその言葉に沈痛な空気が支配した。

 



 神殿での戦いで自我が崩壊したアイリ。

 完全崩壊を免れる為に、アイリが無自覚で生みだした第二の人格。それが今のアイリだ。

 記憶も知識もほとんどなく、生まれた赤子当然の少女。

 魔術やアイリが愛用していた大剣《ミーティア》に異常な拒絶反応を見せ、ウィズタリア魔術学院への復学は絶望的だった。


 だが、レイジやリュウキといった魔獣の出現に加え、またレティシアというランクSオーバーの魔力を持つ少女を外道魔術師から守る為にもアイリという戦力を失う訳にはいかなかったのだ。


 そして選んだ苦肉の策が、自我が喪失し、精神が不安定だったアイリをクロトの従者としてエミナの屋敷に迎え入れ、自我の回復を待つという策だった。


 不幸中の幸いというべきか、アイリはこの状態でも無自覚で魔術を使用する事が出来る。

 もちろん、以前のアイリと比べると精度も能力も格段に落ちているが、それでもこのウィズタリアの中では、エミナに次ぐ実力者である事は違いない。


 クロトとレティシアの護衛。いざという時の戦力の為に、アイリの復学は急務だった。

 


 そして今日、その日を迎えた訳だが……


(いくら何でも、それはないだろ……)


 クロトは眉をハの字にさせ、エミナが用意した言い分けに頭を悩ませていた。

 今のアイリをクラスに戻す為にエミナが用意した秘策。

 それが、魔術の過剰使用による精神侵食。


 魔術とは、生命エネルギーを魔力に変換して使用する技術だ。

 当然、使う度に生命エネルギーを消費し、過度に消費すると一時的に魔術を使えなくなってしまう事がある。

 そして、魔力の回復を待たず、強引に魔術を使用することで魔術負荷は様々な影響を術者に与える。


 一つは生命エネルギーを魔力に変換する魔力回路の破損だ。

 これはもっとも一般的な例で、この学院に在籍する誰もが知っている症例となるだろう。


 魔術師は魔術を使うことで、目に見えない負荷――魔力負荷を背負い続ける。

 その負荷を解消する為に学院は一切の魔術使用を禁止する期間――つまりは長期休暇を設けているのだ。


 だが、その魔力負荷とは言ってしまえば、無理なく魔術を使用し続けた術者に必要な休息期間とも言える。

 一度に大量の生命エネルギーを消費した場合とでは話がまったく異なる。


 自身の限界を超える魔術行使を行った場合、術者の意識は昏睡する。

 再び、体に生命エネルギーが満ちるまで何をされても目を覚ます事はない。

 クロトもこの症状を最近経験した。


 アイリの魔晶石を使った青い外套《完全魔術武装(パーフェクト・アーツ)》を初めて使用した時だ。

 あの時、クロトは外套の性能を掴みきれず、安易に魔獣『ゼリーム』が持つ強化魔術を吸収してしまった。

 その時の魔術負荷により、クロトは一週間にも及ぶ昏睡状態に陥り、右目の視力も失った。



 その症例をエミナは言い分けに選んだのだ。


 クロトのアイリに課せた課題『魔獣討伐』で大怪我を負ったクロトを助ける為に魔術を酷使。その負荷の影響によって一時的に意識が混乱している――という嘘を生徒達に伝えていた。


 そして、その説明を受けた後、登場したアイリの姿を見て、事情を知らない生徒の大半が顔を青ざめさせていた。


 自分達の学ぶ魔術は一歩間違えれば、術者自身を廃人へと追いやる――


 そんな現実を入学して一年も満たない学生に知らしめた事件。

 魔術への道を諦めるきっかけにもなり得るだろう。


 魔術嫌いで有名なクロトは別にそれでも構わないと思っていた。

 クアトロがこの国に広めた今の魔術体勢は人を不幸にするどころか一歩間違えれば己を地獄に叩き落とす。

 そんな魔術を嬉々として、何の迷いもなく学ぶくらいなら早いことリタイアした方が身のためだ。


 だからこそ、クロトも当初、エミナが用意したこのプランに賛成していた。


 だが、実際に説明を受け、豹変したアイリを教壇に立たせ、クロトがクラスに抱いた感情は焦りだった。


 別に、クラスメイトに同情した――とかいうわけではない。

 忘れていたのだ。


 クラスに魔術の恐怖を叩き込み、あわよくば生徒が学院を去ってくれるかもしれない――という楽観的な考えを抱いていたせいで、重要な事を忘れていた。


(やべえ……)


 クロトは油の切れた機械のようにギギギ……と横に座る少女の顔を盗み見る。


 彼女こそ、クロトのパートナーにして学院きっての秀才。そして前代未聞のランクSオーバーの魔力を有する少女――レティシア=アートベルン。


 エミナの話を聞き、俯いていたレティシア。黄金の髪に隠れ、その表情は伺い知れないが、はっきりと見てわかる程、彼女の肩は震えていた。


 それは、悲しみか、恐怖か――


 そのどちらでもないことをレティシアがクロトを睨みつけた瞬間、理解した。


 彼女は怒りで我を失っていた。


 出会った当初から魔術に否定的なクロトを目の敵にし、クロトの正体を知った今でも、クロトの魔術嫌いを許せないでいる。


(やべ……)


 クロトは自責の念に汗を噴出させる。

 忘れていた――とは、つまりアイリの復学の言い分けの内容をレティシアに説明することだ。


 こんな説明をすれば、彼女がどう出るか――嫌という程経験してきたクロトは教壇のエミナに視線で助けを求める。


 だが……


(……無理っすよね……)


 エミナと目が合った瞬間、エミナはチロリと舌を出すと、片目を瞑った。


 むかつく態度だが、クロトにもわかるように露骨な態度で、ゴメンね? と言ってきている。


(もう、なるようになれよ……)


 諦めたクロトが項垂れたと同時に、隣りに座っていたレティシアが音を立てて椅子から立ち上がると声を大に言った。


「皆、怖がっちゃダメよ!」


 その瞬間、クロトの細やかな計画は頓挫する事になるのだった。


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