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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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守護天使ソフィア

 エミナの放った初級魔術《アイス・バレット》

 その氷の弾丸はノエルの体を貫く直前、目に見えない壁にでも阻まれたかの様に空中でその勢いを止めていた。


「……随分なご挨拶じゃないか」


 普段のノエルらしからぬ口調。

 優しげな口調はどこかに消え失せ、凛とした口調でそう言い放ったノエル。

 変わったのは口調だけではなかった。

 翡翠の瞳は青白い銀色へと変わり、肩口までだった銀髪は今や腰まで届きそうなほどだ。


 ノエルの姿からかけ離れた容姿。今の彼女の姿を見ても誰もノエル本人だとは思わないだろう。


 エミナは変貌したノエルを容赦なく見据えながら心外そうに肩を竦めた。


「出てこいと言ったのに、出てこなかったお前が悪いだろう」

「……私に干渉するな。と言った筈だが?」

「事情が変わったのさ」


 飄々とした態度を崩さず、話を続けるエミナ。

 だが、その表情には余裕がなかった。

 いつになく険しい顔を浮かべ、指先だけは常にノエルに向けている状態。

 いつでも魔術を発動出来る様にその身には魔力を纏っている。

 

 あまりの警戒ぶりにノエルの方が苦笑を漏らした。


「なるほどな……契約が切れたわけか」


 そう言い放った瞬間、ノエルの身から膨大な魔力が噴出される。

 白銀の魔力は一瞬でエミナの魔力を呑み込む、人払いとしてエミナが施した《封印結界》の中で白銀の暴風が吹き荒れる。

 その魔力総量は万全のエミナ=アーネストの魔力を軽く上回っており、エミナの表情が瞬時に強張った。


 ランクS相当――それが今のノエルの魔力総量。


 しかも、厄介な事に、レティシアと違い、ノエルはその魔力を完全にコントロールしている。

 白銀の暴風がノエルの元に収束していく。

 魔力の塊は鎧に、そして、槍に形を変えていく。

 それでも余りある魔力はノエルの背中から白銀の翼を生やし、頭上には光輪が光り輝く。


 変化したノエルの姿は、一言で言えば『天使』そのものだった。


「……事情が変わった――とはそういうことか?」

「……半分不正解だ」

「ほう?」


 意外そうにノエルが呟く。

 手にした槍の矛先をエミナの胸に向けるのと同時に、厳かな雰囲気を纏い、エミナを問いただした。


「私を討ちに来たわけではないと?」

「……敵うと思っているのか?」

「……無理だろうな。弱りきったお前と、万全とは言わないが、回復した私とでは勝負にすらならん」

「私が万全の状態でも今のお前には勝てないだろろうさ。守護天使――ソフィア」


 ノエル――ソフィアは呆れた表情を一瞬浮かべると、ゆっくりと矛を下げる。


「ならば、何用だ? 契約が切れたとはいえ、私が進んで人を殺す事はしない。それが聞きたいのか?」

「お前から人を襲うなんて思っていないさ。私が知りたいのはお前の立場だ。ノエルとして生きるのか、それとも――魔族として生きるのか……それを聞きに来た」

「――」


 ソフィアは考え込む様に瞳を閉じた後、凛とした口調で断言した。


「ノエルとして生きるに決まっているだろう。この体はあの子の物だ。私を押さえ込んでいた氷の結界が無くなったというのなら、ノエルの負担は私自らが和らげるまでだ。無論、この子に危害を加える者は例外無く、我が槍の前に沈む事になるだろうがな」

「そうか。すまないな。無理をさせる」

「言いたいことはそれだけか? 私の封印を勝手に解いた事に関しては思う所があるが、元々は私から言い出したことだ。気にする必要もない」


 槍を魔力に変換させて、霧散させたソフィアはどうでもよさげに呟くと、次いで鎧の外装を霧散させた。


「話がそれだけなら私は眠るぞ。余り長く顕界するとノエルに負担がかかる」


 魔力も霧散し、翼も消失。光輪も消え、魔力量が一気に減衰する。その総量は普段のノエルと同じランクB程度まで落ち着いていた。

 エミナはそのタイミングを見計らってから、本題を切り出す。


「『鍵』――とは何だ?」

「……なに?」


 訝しい視線をエミナに向け、鋭く問う。


「誰に聞いた?」

「お前の同郷だよ」


 先の神殿での一件でクロトが対峙したという魔獣。エミナはその正体をクロトから聞いた瞬間に看破していた。

 魔獣とは異なる存在。魔族だと。

 その真実に辿り着いたのは、一重にエミナが魔族の――ソフィアの事を知っていたからだ。



 この世界を表側だとすると、当然、裏がある。

 裏があるなら、裏の住人もいる。


 裏が『魔界』そして住人が『魔族』だ。

 二つの世界に違いはそう多くない。


 大気中の魔力濃度の差違や住む種族の違い程度。

 だが、そこに大きすぎる壁が存在していた。


 魔族の使う魔術は人界で使う魔術とは次元が違う。性能も威力も桁違いなのだ。

 それこそ《ヒョウカイ》などといった最上級魔術ですら児戯に見えるほど。

 戦いになればまず勝ち目は無い。

 魔族が人間族を支配出来ない理由は実のところたった一つだけだった。


 こちらの世界の魔力濃度が低すぎるのだ。

 大気中の魔力は、消費した魔力を回復させる役目もあるが、酸素と同じく、摂取し続けなければ生きてはいけない要素を多分に含んでいる。

 魔力とは生命エネルギーの根源を変換したものだ。

 その生命エネルギーは魔術を使う、使わざるに関わらず、人間の機能を維持する為に絶えず消耗し続けている。

 その消耗率は人体の自然回復では当然間に合わない。

 そこで必要なるのが、この星が有する魔力だ。

 呼吸と同時に魔素を体内に取り入れ、体内で淀んだ生命エネルギーと取り替える事で人間は常に新鮮な生命エネルギーを蓄える事が出来る。


 だが、魔族は大気から吸収する魔力量が人間の非ではないのだ。

 

 魔族はこちら側では極短時間しか行動出来ず、長時間居座れるのはソフィアの様な例外だけだろう。


 その弱点こそが長きに渡り、人間が魔族の手から逃れて来たたった一つの命綱なのだ。


 けれど、それもこの間までの話。


 どういった力を使ったのかわからないが、レイジと呼ばれる魔族が長時間に渡りクロトと戦闘を行っていたのだ。


 カザリの封印を解く時間も合わせると恐らく数時間以上は顕界していた筈だ。

 その異常事態と合わせて、もう一つ気がかりな事が『鍵』と呼ばれる存在だった。


「確か、お前も言っていたよな。探しているものがあるって。それが『鍵』じゃないのか?」

「……そうだ」

「簡単に白状するな」


 エミナは驚愕に目を見開き、ソフィアを見つめた。

 秘密主義が好きそうなソフィアにしては意外すぎる言動だったのだ。

 かつてソフィアはこの世界に来た理由を何も話してくれなかった。それが今になって何故? という疑問がエミナの中に芽生える。


「……私は堕天した身。世界では無く、ノエル一人の為の守護天使である事を誓った身。だからこそ、世界の命運に関わる気は無い。それだけだ」

「命運か……なら『鍵』がどういった存在が教えてもらえるのか?」

「……世界を救う、力だ。長どもはそれを欲している。向こうはこちらより猶予が無いからな」

「……どういう意味だ?」


 さらにエミナが問いただそうとした直後、ノエルにさらなる変化が現れた。

 腰まで伸びていた髪が元の肩口まで戻り、白銀の瞳が翡翠に戻る。


 見た目そのものは完全にノエルに戻っていた。

 もう、あまり時間が残されていない事を悟ったエミナが詰めいるように問いかける。


「教えてくれ! 世界を救う力とはなんだ? 『鍵』とは何を指した言葉だ!?」


 焦燥感を滲ませた表情で迫るエミナを無視してソフィアは元に戻ったノエルの体を一瞥する。



「忠告だ。ノエルに危害を加えるな。もし、この子の身に何かあれば――


 私が世界を殺す――」


 ソフィアはそれだけを言い残すと意識を手放した。


 ガクリと膝から崩れ堕ちるノエルをエミナは慌てて抱きしめ、気を失ったノエルの容態を確かめる。

 魔力の消耗は激しいが、幸い命に関わる程ではなさそうだ。

 土気色の肌だが、十分な休養をとれば直ぐに回復するだろう――

 そう診断したエミナはノエルの額に浮かんだ玉粒の汗をハンカチで拭ってから、陰惨な気分で呟いた。


「ちくしょう……結局、肝心な事は聞けずじまいか……」


 それでも、あの天使が敵に回らなかった事だけは僥倖かもしれない。

 なにせ、人間には勝ち目が無い。

 『氷黒の魔女』と恐れられたエミナでも――そして、『開闢の魔術師』の転生者クロトでさえ、本気になった魔族に勝つ事は不可能なのだ。


『鍵』の事、魔族、世界の救済、様々な謎だけを残して消えた天使に愚痴の一つでも零したくなったが、エミナはひとまずそれらを棚に上げると、弱り切ったノエルを抱きかかえ、路地裏を後にするのだった。


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