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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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ノエルの秘密

 レティシアと別れた後、エミナが向かった場所は『カフェ・ディセンバー』というお店だった。

 町の風景にあったレンガ造りの店。

 表の看板には本日のお勧めの品としてフルーツタルトやハーブティーが可愛らしい文字で書かれている。

 エミナはそれらを軽く一瞥すると、小さなため息をもらす。


(あまり来たくはなかったんだがな……)


 エミナはどちらかといえば甘い物が苦手な方だ。

 食べるならちょっと香辛料がキツメの料理など、甘い物とは正反対な物が好みだったりする。

 ケーキを食べるくらいなら肉を食べたい。そしてシメに酒を浴びる程飲んで泥酔して寝落ちする――というのがエミナにとって至高の食事だった。

 最もクロトと一緒に過ごすようになってからは、肉だけでなく、野菜や果物、魚など、クロトの健康を気遣う料理を心がけるようになったし、お酒だって控えめにしている。

 立派な母親――否、恋人として振る舞えている、クロトを養えているという自負をエミナは抱いている。


 カフェとは縁もゆかりもないエミナがこの店に訪れたのはクロトとアイリにお土産を買って帰る――という親心から来るものではなく、もっと重大な案件があったからだ。


「さて、と」


 エミナは気を取り直し、気を引き締め直すとゆっくりと店の扉を開けるのだった。



「いらっしゃいませ」

「……ん、うむ」


 扉を開けた途端、その歓迎ぶりに思わずエミナが押し黙る。

 荒くれ者や、気の荒い男どもが蔓延る馴染みの酒場とはわけが違う。

 店に入って無視される別けでもなく、煙たがれる別けでもなく、心から来店してくれたことに感謝する接客態度に、感銘を受けたのだ。


(大将もこれだけの接客が出来れば、もう少し店も繁盛するだろうに……)


 余計なお世話だ! と言われそうな胸中を胸に仕舞いつつも、エミナは接客に来てくれた銀髪の少女に視線を向ける。


「え? アーネスト先生?」

「おう。頑張っているな」

「え、えっと、これは……」


 エミナの来店に店の従業員ことエミナの生徒、ノエル=ディセンバーが言葉を濁して、バツが悪そうに俯いた。

 原則として学院ではアルバイトを認めていない。

 そのことを気にしたのか、手に持ったお盆で思わず顔を隠すノエルに苦笑しながら、エミナは軽い口調で言った。


「気にするな。ここがご両親のお店というのは知っているし、ディセンバーがここの『お手伝い』をしている事はクロトから聞いている。すまないな。あの馬鹿がいつも世話になっているようで」

「く、クロト君が? い、いえ、私も感想とか言ってもらえて助かっているので……」

「ん、そうか。まあ、アイツの舌は確かだからな。無駄に私の手料理に文句を言うだけの事はあるぞ。やれ味が薄いだの、もっと香辛料が効いた肉がいいとか、な。何様のつもりだって思うよ」

「そ、そうなんですか……?」


 クロトの自慢話も含まれた愚痴にノエルが苦笑を浮かべながら合いの手を入れる。それに気を良くしたエミナはそれから三十分にもわたってクロトの自慢――愚痴をこぼすのだた。


「――っと、そんなわけでアイツとの食事は案外悪くないんだ。アイツの舌が少しでも役にたてたらな私も誇らしいよ」

「……ええ、それはもう……」


 テーブルの一箇所を陣取り、紅茶に手を付けながらクロトの愚痴を言い終えたエミナは潤いと張りのある肌で爽快な笑みを浮かべてそう締めくくる。

 そして、淡々とクロトの自慢話を聞かされ、憔悴しきったノエルはどこか、やつれた印象を抱かせていた。


「先生は本当にクロト君の事が大切なんですね」

「ん? そんな事あるに決まっているだろ? アイツは私の全てだよ」

「あはは……男らしいです」


 お茶を濁すでもなく、堂々と言い切るエミナにノエルは感服する他なかった。

 エミナを指して言った言葉であるはずなのだが、エミナの中では『男らしいクロト』と伝わってしまったらしい。

 妙に照れくさく、挙動不審で紅茶に手を伸ばすエミナはそれはそれで可愛らしいのだが、ノエルの心境としては早く本題に入ってもらいたい所だった。


 休憩時間という事で仕事を抜けているが、それでも休日はそれなりに混む店だ。早くお手伝いに戻って両親を手助けしたいという気持ちが募っていた。


「えっと、お話はこれで終わりですか?」

「ん、ああ、悪いな。本題はこれからだ」

「え……? そうなんですか? でも……」


 ノエルはチラリと店を見渡す。

 ピーク時は過ぎたのか、店内にいるお客はそれ程でもない。

 エミナもそれを理解しているのか、「問題ないだろう?」とノエルに確認をとってきた。

 だが、ノエルから出た答えは否定的なものだった。


「……それは、今じゃないとダメなんでしょうか?」

「ん、何か用事でもあるのか?」

「えっと……これからお父さんにケーキ作りを教わることに……」


 ノエルのささやかな趣味の時間。

 それはケーキ作りだった。

 父親から調理器具の扱いを許されてから密かに料理の特訓をしてきたのだ。

 その中でもケーキ作りは今、一番熱を入れている。

 二人の友人がノエルの作ったケーキを美味しいと言って食べてくれるのだ。やる気はうなぎ登りだった。

 今も試作のケーキに手を出しいる所で、このケーキが完成すればクロトとレティシアに食べてもらおうと密かに夢見ていたのだ。

 完成は目前。試行錯誤を繰り返し、どうにか父親にも認めさせる味になりつつある。

 父親が「お前、これ店に出さないか?」とわりと真面目な表情を浮かべ尋ねて来たが、ノエルはその申し出を丁重に断っている。


(どうせなら、最初はレティやクロト君に食べて欲しいしね)


 その為に心を込めて作っている一品だ。

 だからノエルとしては、早く厨房に入ってケーキ作りに邁進したいところだった。

 

「悪いな。すぐに終わらせるから、外に出てきてくれないか?」


 ノエルのささやかな望みをエミナはバッサリと切り捨てたのだった。



 ◆



 エミナの背を追うようにノエルはエミナの後を追っていく。


 エミナの後を追う内にノエルの心が不安で満たされいく。

 人気の少ない路地裏。

 四方はレンガ作りの壁で囲まれ、少し窮屈に感じる。

 屋根が空を遮り、周囲一帯は薄暗く、陰湿だ。


「あの、先生どこまで……」

「もう少し先に広場があってな。悪いがそこまで付き合ってくれ」

「は、はい……」


 少し、脅えながらもノエルは小さく頷いた。

『氷黒の魔女』として他国から恐れられるエミナでも、今はノエルの担任だ。いきなりとって食べることもないだろう――


 と、その時のノエルは、そんな期待に縋り付くことしか出来なかった。


 連れてこられた広場は有り体に言えば、ただの空き地だった。

 家屋と家屋の隙間に出来た偶然の広間。家を建てるには狭すぎるので、木材や石材など、不要となった資材が乱雑に積まれた――そんな場所だった。


「……ここだ」


 エミナは幾ばくか剣呑な声音で呟いた。

 胸を押さえつけるような威圧感を肌で感じながらノエルは周囲を見渡す。

 何もない空き地。ここで何が行われるのか、ノエルは想像する事すら出来ずにいた。

 困惑するノエルを置き去りに、エミナは話を続ける。


「ここには人払いの魔術式を施している。多少、大げさに暴れても誰も気付きはしないだろう」

「えっと……先生?」

「ここなら、お前とゆっくり話す事が出来ると思ってな」

「あ、あの……何を?」


 エミナの話がまったく理解出来ない。

 振り返ったエミナの瞳を見た瞬間、ノエルはビクリと肩を振わせた。

 鋭い眼差しに冷酷な瞳。

 ノエルを見つめるその瞳は他国から恐れられた魔女そのもので、ノエルの体は一瞬で竦んでしまう。

 脅えきったノエルの姿をエミナは冷めた表情で一瞥しながら、その指先をノエルの心臓辺りに向ける。


「さて、出てきてもらおうか。《凍てつく息吹、魔槍の弾丸となりて撃ち貫け》――《アイス・バレット》」


 エミナが唱えた初級魔術《アイス・バレット》


 先端が尖った氷の槍が音速を超える速さで、竦み上がったノエルの体を刺し貫く――!


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