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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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魔力封印

 クロトとアイリが秘密の特訓を行っている間、二人の住む屋敷の主、エミナ=アーネストもまた、二人に黙って密会を行っていた。


 場所は変わって、小さな寝室。

 所狭しと並べられた大量のぬいぐるみ。

 本棚には恋愛ものの小説も見受けられるが、魔術に関する論文の方が多いだろう。

 部屋全体はわりと綺麗に整っているが、これはこの部屋の主が整理した物でない事をエミナは知っている。


 なにせ、来訪した際に、彼女の母親が部屋の持ち主――レティシアに小言をぶつけながら一緒になって掃除をしていたのだ。


 その時、盗み見たレティシアの寝室は有り体に言えばひどい有様だった。

 シーツは乱れ、脱ぎ散らかされた衣服が床に散乱し、勉強机の周りは読み散らかした論文が投げ捨てられていたのだ。

 ベッドの上にも読みかけの恋愛小説が束となって置かれており、彼女のズボラな性格を如実に語っていた。

 そのカオスと化した部屋を僅か数十分で片したレティシアの母親の家事スキルは同じ家事を担う者として尊敬する程だった。


 なにせ、今のエミナの屋敷には二人の問題児がいる。

 一人はダメだというのにエロ本を買い集め、その度に屋敷を爆破させられる愛しいエロガキ。

 もう一人は最近になって従者として屋敷に引き取ったアイリだ。

 アイリもまたクロトに負けず劣らずの問題児で、クロトの言うことを真に受けすぎている節がある。

 折角の《契約ギアス》もその穴をつく形でいつも裏を掻かれる。

 いっその事、アイリにも《契約》をかけようか? と思ったこともあったのだが、エミナはアイリに対し、魔術的な誓約を与える事を《契約》により封じられた身だ。

 故に、屋敷の中にあって、アイリの存在は実のところ頭痛の種でもあった。


 口で言ってもあまり理解してくれない。理解したところでクロトの口八丁に乗せられてすぐに言いように使われる。それを魔力《武力》をもって諫める事も出来ないのだ。


(あ~考えるだけで胃に穴が開きそうだ……そもそも私を愛してくれると言ったのに、何故、まだあんな本を買う必要があるんだよ?)


 その理由を一応聞かされてはいるが、エミナは完全には納得していない。

 大切にしたいという気持ちは嬉しいが、それで他の女の体を見て発散する姿を見るのもストレスが貯まる一方なのだ。


「あ、あの、アーネストさん?」

「ん? どうした?」


 意識を現実に引き戻すと、レティシアが困り顔を浮かべ、エミナを見上げていた。

 今のレティシアは部屋を掃除する際に着替えた学院指定の体操着だ。

 シャツは白が基調で、首元と袖には赤いラインが入っている。胸元には学院の校章が刺繍されいる、スパッツタイプの体操着。因みにスパッツは紺色だ。


 それに着替えていたレティシアは正面に相対するように腰掛け、レティシアの額に手を置き、瞑想するエミナの様子を伺っていた。


「あの……いつもより時間かかっているみたいですけど、何か問題でもありましたか?」

「ん? ああ、大丈夫、大丈夫。ちょっと考え事をしててな」

「考えごと、ですか?」

「ああ、あの馬鹿、また懲りずにエロ本を買って来てな……」

「あ、あの馬鹿、まだそんな事をしているんですか? 最低……」

「だろ? どう折檻してやろうか、と考えていたんだ。悪いな」

「いえ、大丈夫です。あの、エミナさん、その時は私にも一声かけて下さい。私も文句言ってやりますから! まったく、クロトとアイリが揃うとすぐにロクでもないことを……アイリをクロトの従者にしたのは失敗だったんじゃないんですか?」

「あ~そうだな……」


 先の神殿での事の次第はレティシアにも説明していた。

 全て、話し、当然、アイリの人格が崩壊した事も話した。

 アイリの人格、そしてカザリの拉致。正体不明の魔獣。封印が解かれたこと。


 時間はかかったが全てを説明した時のレティシアの動揺ぶりは見ていられなかった。

 不安に泣け叫び、変わり果てたアイリの姿に嗚咽を漏らしてた。


『私、まだ、名前すら呼び合えていなかったのに……!』


 レティシアは泣きじゃくりながらそう漏らしていた。

 事件前のアイリとレティシアの関係は一言で言えば最悪だった。


 アイリはレティシアが、この国の魔術師が尊敬する『クアトロ=オーウェン』を無能だと罵り、また、同じ無色の魔力持ちであるレティシアの事も『魔術師として大成することはない』と吐き捨てたのだ。

 その時から二人の関係は最悪で、エミナの知る限り、仲が改善された事はなかったはずだ。


 それどころか、事件前のアイリは、一見、クラスに溶け込んでいるように見えたが、誰もが遠慮がちにアイリと接していたような気がする。

 この国より発展した魔術技術を持ち、この国の英雄を馬鹿にしていたアイリに思う所があったのだろう。

 それでも、彼女にクラスの生徒が話しかけていた理由は一重に彼女の魔術技術に惹かれたからだ。


 ウィズタリア魔術学院に通う生徒は将来、魔術の力でこの国に貢献しようと思っている魔術師の卵たち。

 この国が持ち得ない技術を知る機会を逃してなるものか! と誰が躍起になっていたのだ。


 だが、それも今後、どうなるかエミナには想像が出来なかった。

 今のアイリは魔術に関する知識がほとんどない。

 復学した彼女を見た時、生徒がどういう反応を示すのか――


「まあ、なるようになるだろう」

「そういうものなんですか?」

「そういうものだよ。あの二人が馬鹿した時はレティシアにも助けてもらうつもりだから」

「そうですね。今のアイリは放っておけませんから。目を光らせておかないと」

「ん。頼んだぞ」

「はい。任せて下さい!」


 力一杯頷くレティシアにエミナは優しく微笑みかける。

 レティシアの意思を読み取り、アイリの学院生活に関して問題はなさそうだと判断したエミナ。

 いつの間にかレティシアの芯が強くなっていた事に感心しながら、意識を切り替える。


「そうか。じゃあ、さっさと終わらせるか」

「っ! お、お願いします!」


 レティシアの顔に緊張が走る。

 大丈夫だと優しく頭を撫でながらエミナはレティシアの額に置いた手から魔力を飛ばす。

 エミナの魔力がレティシアの体に覆い被さるのと同時に、エミナは魔力の流れを操作していく。

 薄く、細く、レティシアに負担をかけない程度に軽く高ランクのエミナの魔力が浸透していく。

 そして――紡ぐ。戒めの言葉を。


「――《ヒョウカイ》」


 氷雪系最上級魔術――《ヒョウカイ》

 世界を侵略する魔術とすら呼ばれる魔術だ。


 氷の世界を創造するエミナの用いる魔術の中で間違いなく最強の一手。

 能力は術者の意思一つで氷を操れる事。氷属性の魔力の効果を引き上げることだ。


 術式を描くのに一年を要し、詠唱に三ヶ月を要する大禁呪。 

 魔術という常識を凌駕したまさに神々にのみ使用する事を許された幻想魔術の中の一つ。

 

 エミナはこの魔術を十年以上維持し続けて来た。

 破壊された神殿を起点にこの都市一帯に氷の結界を張り続けてきた魔術――それがこの《ヒョウカイ》だった。

 《ヒョウカイ》を結界として使用する場合、凍結を呼ばれる効果を使用する。

 凍結とは氷によって対象の機能を停止させること。

 命だろうが、魔術だろうが、魔力だろうが、例外なく《ヒョウカイ》は凍結させることが出来る。

 エミナはその効果を都市全体に張り巡らせ、エミナが関知しない魔力が都市に侵入した場合、凍結の力で封印する結界を敷いていた。


 そして、この凍結は、敵だけじゃなく、この都市の人間にも使用していたのだ。


 この国は魔術大国と呼ばれているが、その技術は未発達。

 それ故に国は魔術の発展に力を入れすぎる傾向があった。

 それこそ、高い魔力を持った人間を非人道的な実験に使用するような闇の側面すらあった程だ。

 故にエミナは、かつて魔術に利用された自分のような境遇を作らない為に密かにこの国に住む国民の魔力を凍結により封印してきた。

 拘束能力は精々ランクが一つ下がる程度の弱々しいものだ。

 だが、その封印のおかげでこの国にはエミナようにランクAに届く魔力保有量を持つ魔術師は現れなかった。

 良くてランクB止まり。それが開国以来のこの国の現状だった。



 その例外がレティシアだろう。

 封印状態でありながらランクSオーバー以上の魔力を持つ少女。

 封印が解かれた今、その魔力総量は人間ごときが推し量れる事は出来ない。

 規格外の魔力量――それを持つのがレティシア=アートベルンだった。


 しかも、問題はそれだけでなく、彼女の魔力特性にあった。


『無色』の魔力。


 あらゆる魔術と適応性がない代わりに、あらゆる魔術を同程度の魔力で使用する事が出来る特性。

 エミナのように氷の魔術と相性が良ければ、その逆――炎熱系の魔術とは相性が悪い。

 だが、レティシアにはそれがない。

 どの魔術も極める事は出来ないが、どの魔術も一流で使うことが出来る。


 そんな特性を持ち、かつ、未知数の魔力量を保有している事が世界に知られれば、レティシアは世界から狙われる事になるだろう。

 なにせ、彼女を生贄として捧げれば、どんな魔術だって使用可能なのだ。禁呪と呼ばれる魔術も、机上の空論と呼ばれる現象だって、彼女の力を使えば実現出来るだろう。


 例外がないわけでもないのだ。


 彼女がウィズタリア魔術学院に入学した頃、彼女はある儀式の生贄に選ばれた。

 その事件はクロトが命掛けで解決したが、これからもこういった事件は増える一方だろう。

 そこで、エミナが提案したのは、《ヒョウカイ》によるレティシアの魔力封印だった。


 レティシアの魔力量をランクD相当まで封印する。そうする事で、レティシアの存在が広まる事を避けたのだ。

 しかも、女王の箝口令まで敷かれ、レティシアの存在の秘匿は徹底されている。


 今、レティシアの魔力量を知るのは学院の人間だけ。だが、今ではそれも魔力測定器の破損という事で収束し始めているのだ。

 このまま時間が経過すれば、そう遠くない内にレティシアの魔力が実はランクD相当の平凡なものだったと周知される事だろう。


 その状況を維持する為に、エミナはこうして週に一回ほど、レティシアの元に訪れていたのだ。

 理由は簡単。

 解けかかった《ヒョウカイ》を再度かけ直す為だ。


 レティシアの封印を維持する以上、《ヒョウカイ》を完全詠唱して再び結界として再構成する時間はなかった。

 詠唱破棄で効力は落ちるが、レティシアだけに《ヒョウカイ》を使用し続ける事を選んだのだ。


「よし、終わったぞ」

「あ、ありがとうございます」


 無事に《ヒョウカイ》を施術し終えたエミナはレティシアの額から手を放す。

 レティシアは申し訳なさそうに表情を暗くしていた。


「あの……すみません」

「あ~その話はもういいぞ? 私も納得した上でやっているんだ」


 レティシアの謝罪する理由、それはエミナがレティシアに《ヒョウカイ》を施術する為に、常に魔力が枯渇状態である事を指していた。

《ヒョウカイ》は大魔術。いかにエミナ=アーネストといえど、使用する為に大量の魔力を消費する。

 一度《ヒョウカイ》で使用した魔力を完全回復させるのに一週間要する。

 そして、レティシアにかけた魔術が解けるのも丁度同じ時期。

 つまり、レティシアの封印を維持する限り、常にエミナは魔力が底をついている状態だった。

 今の状態で使える魔術は精々初級魔術が数回、中級魔術が一回くらいだろう。


 だが、エミナはその事を気にした素振りも見せず、身支度を整えていく。


「最初に言ったが、これは必要な事だ。理解しているだろ?」

「で、でもそのせいでアーネストさんが制限を受けるなんて……」

「まあ、大人っていうのはそういうもんさ。子供が無茶出来るように大人が背負う。だから気にするな。お前はもっと私に甘えていいんだよ」

「でも……」

「だから気にするなって。私が不自由になった分、クロトが私を甘やかしてくれるからな。私もこの状況は役得なんだよ」

「な……ッ!」


 その言葉を皮切りにボンッと頬を赤らめるレティシア。

 周囲に詰まれた恋愛小説に影響されて、妄想力が拍車をかけたのだろう。

 エミナは「クックックッ……」と邪な笑みを浮かべ、上から物を言う。


「どうする? お前がつまらない事でうじうじと悩んでいる間にも私はクロトと一緒に階段を駆け上って行くぞ?」

「~~~~~っ!」


 言葉にならないショックがレティシアの胸に突き刺さる。

 雪のように白い肌は真っ赤に染まり、見開いた瞳は怒りとも悔しさともつかない涙目になっていた。


 同じ男に好意を寄せる女として、エミナとの間に圧倒的な戦力差を覚えていたのだ。


 先ほどのエミナを心配する気持ちはとうに霧散し、負けてなるものか! と熱い羞恥心を抱かせていた。


 それを見てとったエミナは腹を抱えながら笑い、「まあ、頑張れよ」と勝者の余韻を漂わせ、部屋を後にした。


 そして、エミナがアートベルン家を出た直後、家の中から「むああああああああ!」と雄叫びが聞こえて来たのをエミナは笑いを堪えて聞き入っていたのだった。


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