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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第三章 最低魔術師と守護天使
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代償のツケ

 まだ朝日が昇りきっていない早朝。

 瑠璃色の空の下で二つの影が互いに向き合う形で対峙していた。


 場所はウィズタリア郊外にある、かつてエミナが修行に使用していた林の中。

 周囲が伐採され、十分なスペースが確保されたその場所は、人払いの結界や防音の結果が張られ、人知れず何かをするには最適な場所だった。


 クロトとエミナが再開した時にも使用された場所で、その時の魔術戦の痕は未だ放置されたままだ。その壮絶さは見る物の視界に焼け付ける程。


 エミナがかつてこの場で使用した《ヒョウカイ》の効力は解けているが、地中深くに刺さった氷の剣は未だに溶けておらず、鏡のように反射する氷の表面に映ったクロトの顔色はどことなく緊張感に溢れた物だった。

 そして、早朝にクロトの都合で叩き起こされたアイリ=ライベルは従者の服装(メイド服。ただし獣耳はない)で、眠たげな視線をクロトに向けていた。


「また、なの?」

「ああ、頼む」


 目元をこすり、アイリはコクコクと船をこぎながら、再確認する。

 クロトの方も神妙に頷きながら、革袋から一本の剣を取り出す。


『クアトロ』が愛用していた杖。その名も《黒魔の剣》


 カテゴリー的には魔術師が魔術で使う杖に該当するのだが、漆黒の鞘から引き抜かれたそれは柄も刀身も全てが黒に染まった剣だった。


 その剣の特徴とも呼べる『魔晶石』をはめ込む窪みは今は空洞で、《黒魔の剣》の能力が解放される事はない。


 そもそも、この場所で無駄にこの剣の能力を解放する気はクロトには一切なかった。


 なにせ、体に負担がかかりすぎる。


 この剣は本来『クアトロ』専用の杖だ。十全に扱えるのはクアトロだけで、他の誰にもこの剣の真価を発揮する事は叶わない。

 クロトがこの剣の力を発揮出来ている理由はただ一つ。


 クロトがクアトロ=オーウェンの転生者だからだ。肉体は違っても、魂は同じ。だからこそクロトは《黒魔の剣》を扱う事が出来る。


 だが、その代償は大きかった。


 現在、クロトが《黒魔の剣》の力によって身に纏える力はレティシアの無色の魔力を外套にした黒外套の力とアイリの魔力を宿した青外套の《完全魔術武装》だ。


 青外套については、その危険性を誰よりもクロトは知っているが、その元になる『魔晶石』をクロトのポケットに常に忍ばせている。

 それは目の前にいるアイリにお願いすれば、簡単に魔力を注いでもらえるから――という簡単な理由だったりするのだが……

 青外套の能力は魔術の完全再現。クロトの知る魔術ならたとえ机上の空論であろうと発動出来る規格外の外套だ。

 そして、この能力の真の力は――クロトの体に消えぬ傷を残す程強力でありながら危険極まりないものだった。




 一方で黒外套はランクSオーバーのレティシアの魔力は込められてるだけで、魔力そのものを使った技能や攻撃の威力は格段に上がるだけで、肝心の魔術そのものは使えない――


 クロトの特技『魔力装填』及び、その派生形の技を強化させるだけなので、肉体的な疲労はあっても深刻なレベルじゃない――使い勝手のいい外套だ。


 けれど、レティシアの技術が未熟な事もあり、展開時間がかなり短い――そして彼女自身がこの力を避けている事が原因で、肝心の『魔晶石』のストックがないのだ。

 レティシアが《黒魔の剣》の力を避けている理由はクロトの為を思っての事だった。

『英雄事件』の時然り、『神殿崩落』の時然り、クロトが《黒魔の剣》を使う時、必ずクロトは大怪我を負って来た。

 戦いで傷つくクロトを見たくないが為に、レティシアは『魔晶石』に魔力を注ぐ事を躊躇っているのだ。


 本人から直接その話を聞いたわけじゃないが、クロトはそう推測している。

 レティシアの今にも泣き出しそうな瞳や不安に青ざめた肌を見て、総合的に判断したのだ。


(……好きな人が傷つく姿なんて見たくないもんな……)


 クロトもレティシアと似たような心境は持ち合わせている。

 クアトロ時代の大切だった人――『カザリ』もまた魔術師だった。

 クアトロと同じ国の軍に勤め、クアトロの相方だった相手。

 彼女を生涯愛すると誓って以降、クアトロは幾度となく、カザリに対し、軍を辞めるように説得を行ってきた。

 けれど、彼女の信念、そして願いがクアトロの希望を断って来たのだ。


 あの時、強引にでも――とは今でも思う。


 もし、カザリがクアトロの願いを聞き入れてくれていれば、カザリもクアトロも命を落とすことなく、一緒に暮らしていけたのではないか?


(けど、そんなのカザリじゃないよな……)


 クアトロの愛したカザリはそんな女じゃない。惚れた男に言われた程度で夢捨てる女じゃないのだ。夢も男も両方つかみ取る。

 それがクアトロの愛したカザリという女だ。


 だからこそ、クロトの心はこれ以上なく燻っている。


『神殿崩落』の時、《ヒョウカイ》に封印されていたカザリを連れ去った男――レイジ。

 あの男が、カザリに何かしていると想像するだけで、クロトの中に眠るクアトロの魂が荒れ狂うのだ。


――『何をしている? 早く助けだせ』

――『俺はお前だ。なら俺の気持ちがわかるだろ? あのいけ好かない野郎がカザリを抱いた屈辱、アイツの指がカザリの肌に触れた時の俺の激情を――!』


 なんて狂い出すもんだから、クロトも自分の気持ちに整理がつけられていない。

 クロトだってカザリは大切な女だ。レティシアもエミナも――そしてたぶん、目の前のアイリだってもうクロトの『大切』だ。

 だから、どんな手を使ってもカザリは助け出すし、禁忌で蘇ったカザリ――その生贄となっているエミナも助け出し、ハッピーエンドを迎える予定だ。


 だからこそ、クロトはここ最近、毎日のように、この場所に足を運んでいる。


 理由は二つある。


「クロト、準備はいい?」


 アイリはポケットから銀色の柄を取り出す。

 刀身はなく、柄だけのそれは、一見すると『剣』には見えない。

 だが、それは剣だった。


 それを証明するようにブォンと低い効果音を鳴らしながら、光の刃が柄から伸びる。

 魔力だけで編まれた光の刃。かつてクロトが愛用していた『光剣』と呼ばれるクロト出身の未踏の島で製作された魔導器で、その性能はこの国で開発された《インスタント魔術》と同じ原理だが、次元が三つは違う。

 誰でも扱える汎用兵器としては一線を画す武器だろう。

 魔力を補充するだけで連続して使える事が出来、さらには魔力出力を調整する事で刃の長さを調整する事が出来る。


 直剣だった『光剣』はアイリの魔力に呼応し、群青色の光の刀身になると、姿もまたバスターソードのような巨大な大剣へと姿を変える。


 愚直にその大剣を正眼に構えると、アイリの体から群青色の魔力が吹き出た。

完全武装術パーフェクト・アーツ》――アイリと完全調和したこの魔術は詠唱どころか魔術名を名乗ることなくアイリの意思一つで発動出来る魔術だ。


 今のアイリにとって禁忌であるはずの魔術だが、無自覚とは恐ろしい物で、アイリ自身が使っている魔術の正体に気付いていない。

 アイリの魔術、そしてアイリのかつての愛剣ミーティアは今のアイリにとって禁忌だ。

 何が原因となったか、あの場で気を失っていたクロトは知らない。

 けど、確実にあの場で何かが起こり、それが理由で家族から送られた大切な魔術と剣を忌避し、そればかりかアイリ自身の人格が崩壊――それらの傷を癒す為に第二の人格として今のアイリが生まれた。

 けど、そのアイリでも《ミーティア》を前にすると人格崩壊の兆しが見られる程に、今のアイリの心は弱い。

 だから、もし使用する魔術が《完全武装術》だと知れば、恐らくアイリの心は今度こそ崩壊するだろう。

 アイリの魔術には細心の注意を払う必要がある。

 強力な力だが、その危険性は折り紙付きだ。これまで以上に気を配る事を心に決めながらクロトもまた《黒魔の剣》を構える。


「ああ、いつでも来いよッ!」


 轟ッと地面を爆発させながらアイリが突進してくる。それを半身になって躱しながら、クロトは《黒魔の剣》を打ち下ろす。


 ガキィィン! という金属音が周囲に木霊する。


 交差する剣戟。木霊する金属音。

 数にして十合。


 それがアイリとクロトが交えた協奏曲。


 それも十一合目にして終わる。

 クロトの手から弾き飛ばされた《黒魔の剣》が二人のダンスの終わりを告げる。

 全身から汗を流しながら、肩で息をするクロトののど元にアイリのバスターソードの剣先が向けられる。

 あと数ミリで頸動脈を穿つアイリの剣はピタリと寸止めされていた。

 剣聖の腕前を持つ今のアイリにとって寸止めなど息をするように簡単な事で、疲れ切ったクロトとは真逆。

 汗の一つもかかず、いつものように眠たげな視線をクロトに向け、アイリはぼそぼそと小さな声で呟く。


「やっぱり、止めといた方がいいわ」

「……いいや、止めない」

「けど……」


 アイリは躊躇うようにクロトの――右目を見た。


 その視線に気付いたクロトはうぐっとバツが悪そうにあからさまに視線を逸らした。

 クロトの態度を気にした素振りも見せず、アイリは淡々とクロトの致命的な欠点を指摘する。


「右目、見えてないんでしょ? 見えないと攻撃が避けられないよ」


 今みたいに。と付け加えるアイリの言葉にクロトは反論しなかった。

 実際、今の剣戟も右側の死角に回られた瞬間に、アイリの達人並の剣に反応出来なくなったのだ。


 クロトがアイリと早朝特訓する理由の一つがこれだ。


 初めて《完全魔術武装パーフェクト・アーツ》を発動したクロトは魔獣『ゼリーム』の固有魔術《身体強化》を手に入れた。だが、人の身で魔獣の力を手に入れるには限界があったらしく、その能力と引き替えにクロトは一瞬で魔術負荷が許容量を超え、一週間も昏睡した挙げ句、直接能力を取り込んだ右目は失明してしまったのだ。


 この訓練は欠けた視力を補う為の身体能力を得る為だ。

 見えなくても避けられるように、動けるようになる為にこの訓練は欠かせない。


 そして、もう一つの理由がカザリを助け出す為だ。


 悔しいが、今のクロトにはカザリを連れ去った連中――特にレイジには手も足も出ない。なにせクロトの《完全魔術武装》ですら、容易く消し飛ばす程の異常な力。

 さらにはあの場にいた黄金の髪の竜人――リュウキ。あの時はなんとか追い詰める事が出来たが、次はそうはいかないだろう。

 なにせ、あの男は人間であるクロトに油断していた。

 その油断を突いてクロトは一太刀浴びせる事が出来たにすぎない。


 もう、次はない。これはあの時、仕留められなかったクロトの落ち度だ。


 カザリを取り戻すとなればもう一度、アイツらと戦う事になる――

 だからこそ、今よりもずっと強くならなくちゃいけない。


 たとえ、片目を失おうと、危険な力に手を伸ばそうと諦めるわけにはいかなかった。

 だから、この訓練を止める考えは浮かばない。


「頼む、続けてくれ」

「…………ん、わかった」


 僅かに逡巡する素振りを見せたアイリだったが、結局のところ『自分はクロトの従者。クロトの為に』という考えがアイリの思考を決定づけている要因となり、僅かに頷くと同時に、再びバスターソードを構えた。




 それから完全に日の光が出るまで訓練場に幾つもの剣戟が鳴り響くのだった。


次回はレティシアの封印についてのお話になる予定です。


更新は出来るだけ早くする予定です!

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