無色の魔力
「なに? 真面目になったら人の性格のことを馬鹿にするわけ?」
レティシアは未だに怒りに満ちた視線をクロトに向けていた。
魔術を馬鹿にするだけでなく憧れの人物を屑呼ばわりされたのだ。
謝っても許すつもりは毛ほどもなかった。
クロトはレティシアの視線を軽く受け流しながら頷く。
「そうだよ。端から見てて、お前が一番魔術の才能がないからな。俺がアドバイスでもしないとお前、多分落ちこぼれるぞ?」
「な……ッ!」
レティシアは思わず拳を握り締めた。
(わ、私が、クロトよりも才能がない……ですって!?)
レティシアのプライドをズタズタに引き裂く言葉に頬を膨らませる。
言ってくれるじゃない……レティシアは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「そこまで言うならあなたにはこの魔力操作ができるっていうの? Eランクのクロトさん?」
目一杯、皮肉を込めた物言いにクロトは仕方ないとばかりに頭を掻いた。
「レティシア、ネスト先生が言ってたことを覚えてないのか? ランクだけで魔術師の優劣がつくわけじゃないってことを」
「も、もちろんよ」
レティシアだってその考えは理解できている。いくら膨大な魔力があっても使える魔術がないならその時点でどんな魔術師にも劣る最弱の魔術師だ。
魔力量の利点は純粋に扱える魔術量が多くなるのと、扱う魔術のレベルが高くなる点にある。
一の魔力量の魔術師が十の魔力を必要とする魔術を扱えないのは当然だ。
だからこそEランクのクロトは魔術師とは呼べない。一にも満たない魔力量しかもたないクロトにはどの魔術も扱うことは出来ないのだ。
「わかってるならいいよ。それにレティシアの思っていることも多分、正しい。俺の魔力量がEランクなのは間違いないからな。だから俺には魔術ってものが扱えない。けど《魔力操作》は別なんだよ。これは魔術を使わずにただ自分の魔力を纏うだけだしな」
言い終えるとクロトは瞳を閉じた。
眉間にシワをよせ、額に汗を浮かべる。
何かと葛藤するような表情を覗かせ、歯を食いしばったクロトの身体の周りにうっすらと魔力が質量をもって現れはじめたのだ。
色は一度もみたことがない、教科書にも載っていなかった『無色』の魔力。
「う、嘘……」
その光景を目の当たりにしたレティシアは最初、目の前の光景を信じることができなかった。
なにせレティシアがどう頑張っても出来なかった《魔力操作》を今まで一度も授業をまともに受けてこなかったクロトが一発で成功させたのだ。
信じろと言う方に無理がある。
「嘘じゃねえよ。つってもこの魔力量じゃ辛うじて纏うのが精いっぱいだけどな……」
クロトはゆっくりと息を吐き出すと、それに合わせるように無色の魔力が霧散していく。
レティシアは悔しさに肩を震わせながらクロトを睨んだ。
「Eランクって馬鹿にしてた人間に先を越された気分はどうだ? ちょっとは自分の浅はかさを思い知ったか?」
「う、うるさいわね……なに? 自慢するためにわざわざ見せつけたっていうの? 勘違いしないでよね。私だってすぐに魔力くらい操作してみせるわ」
「いいや、お前は魔力操作を覚えるのにも多分数年はかかるタイプだと思うぞ。魔力操作ってのは繊細な作業なんだ。ガサツなお前が一朝一夕でどうにかできるもんじゃない」
「……さっきから人のことザツとかガサツとかバカにしないでくれる?」
「たぶん、事実じゃないのか? お前、自分の部屋は物とか服で散らかっているタイプだろ?」
「………………」
レティシアはクロトの指摘にバツが悪そうに黙りこむ。
決して部屋が散らかっているわけではない。放っておけば母親にも怒られるし、母の説教が訪れるタイミングを狙ってそれなりに整理はしている。
普段はクロトが言ったように散らかっていることもあるにはあるが……。
わざわざそれを言いたくはない。
「もしかして図星だったか?」
「う、うるさいわね!」
にやにやと憎たらしい笑みを浮かべるクロト。
息をするように人の神経を逆なでするその性格に突き飛ばすくらいはしても大丈夫だろうが、今、このクラスで魔力を纏えるのはクロトとたぶんノエルだけ。
この際、どんな罵りを受けてでもクロトから魔力操作のコツを教わるほうがよっぽど有意義だ。
レティシアは怒りを押し止め、その顔を屈辱に歪めながらもクロトに頭を下げた。
「……そ、その悪かったわよ……バカにして」
「いや~そうだよな! それが当然の態度だよね! だって俺ずっとお前の小言を聞き続けてきたんだもん。これくらいの報復……いや、もっと過激なのが……でもそれだとエミナに殺されそう…………だから頭を上げてください。お願いします」
上機嫌だったクロトの表情が青ざめ、いつかの再現のようになにも非がないのにクロトは頭を下げていた。
(まったく、コイツは何も変わらないのね……)
クロトがEランクだと知る前――初めて出会った時、レティシアが謝罪をしたはずなのに、なぜかクロトも頭を下げていた。
たぶん、クロトという少年は感謝や謝罪の言葉に抵抗があるのだろう。
思い返してみれば非難の声は甘んじて受ける……というかそのまま受け流すのに、謝罪の時はその姿に罪悪感でも覚えたかのようになぜかクロト自身も頭を下げるのだ。
(本当におかしな人ね……なんだか怒っていたのがアホらしくなってきたじゃない……)
「そ、それで仮に私が雑な性格だとして、わざわざそれを言うためだけにあんたは私の目の前で魔力を纏ったとでも言いたいの?」
「まあ、半分はバカにされた仕返しがしたかったからだけど――――」
「あ、あんた……」
この性格の悪さだけはどうにかならないものだろうか?
レティシアは思わず額に手を押し当てる。
「もう半分はそうだな……パートナーがこんな初歩的なことで躓いているのが見過ごせなかったってことでどうだ?」
「う、うるさいわね」
強く反論できずにレティシアは視線を逸らした。
確かにあまり調子が良くなく、行き詰っていたのも事実だ。
思考がマイナスへと傾きかけた時、クロトの口にした言葉の意味をレティシアは一瞬理解出来なかった。
「だから俺が教えてやるよ」
「……は?」
「雑な性格でも魔力操作ができる超簡単な方法をな」
自信満々にクロトは唇の端を吊り上げてそう言い放ったのだ――。