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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
107/130

アイリ、初めてのお使い(中)

「……クロト、これは……?」


 未だ寝ぼけた眼で握りしめた紙幣を凝視するアイリにクロトは妙に赤く染まった頬を冷やしながら適当に答える。


「なに――って金だよ」

「……うん、知ってる。私も持ってるから」


 あの後、よく調べた結果、この人格のアイリは最低限度の知識程度は備えていた。

 文字の読み書き、言葉など――そして僅かながらの一般常識らしきものは知っている。

 何が言いたいかといえば、お金の意味くらいなら知っているということだ。因みに懐事情はクロトより余裕があったりする。


「うん。だよな。お前にだって一般常識程度あるもんな……」


 クロトは涙ながらにお金への理解を示したアイリの頭を撫でてやる。寝癖だらけの髪を手ぐしで梳きながら、彼女の身なりをある程度まで整えてやると、アイリの視線はジッとクロトを見つめた。


「なに?」

「……もっと、して欲しい。気持ちよかった」

「……お前、随分と性格が変わったよ」

「そう、なの? 私にはよくわからない」

「だろうね……」


 朝の一騒動以降、クロトの意識からアイリの裸姿が離れることなく、今みたいな誰かが聞けば勘違いしてしまいそうな『誘惑の言葉』に思わず反応しかける。

 アイリにはまったく他意がないだろうが、自然と男を誘惑する言葉使い(気怠そうな言葉)や小動物のような視線(眠たげな視線)は注意する必要があるだろう。



 何より、寝る時は生まれたままの姿で寝る――という悪癖だけはなんとしても改善させねばクロトの理性が持たない。気の紛れで夜這いでもしそうな勢いだ。


「……なあ、アイリ、お前には一般常識があると踏んで、もう一度聞くぞ? せめて下着くらいはつけて寝ろ?」

「……なんで?」

「それが普通だからだ」

「……よくわからない。服を着ると寝苦しくて寝られない」

「お前、医務室で普通に寝てたよな?」

「そうなの? でもあの日はなんとなく寝苦しかった……気持ち悪くて吐きそうだった。服を着ていたせい?」

「……そんなわけあるか!」


 恐らく、元のアイリが別人格を作り出す為に相当体に負担をかけていたのだろう。そのせいで体に不調を感じていた――それを服のせいにするな! と声を大にしていいたいが、何がトリガーとなって今のアイリの人格を崩壊させるか分からない以上、それを指摘することは出来なかった。


 結局、アイリの中では『服を着て寝る=寝苦しい、気分が悪い』の構図が完成してしまい、この悪癖は直ることがない――とクロトは諦めるしかなかった……



「ゴホンッ! さて、話を戻すが、アイリ、その金はなんだ?」

「ん? クロトが握らせた。貰っていいの?」

「いいわけあるか。日に日に減額されていく俺の小遣いだぞ!?」


 因みにクロトの小遣いが減額される理由の八割がエロ本に金を使うから――ということだが――

 食費や生活費に関しては完全にエミナのスネを囓って生きるクロト――実は小遣いいらないじゃない? と一時期エミナに白い目で見られたことは苦い思い出だ。


 一応――友達の店でケーキを買う(ノエルの店でただ試食させて貰っているだけだが……)を言い分けになんとか小遣いを得ているクロトにしてみれば今、アイリに渡したお金も雀の涙というわけだ。


「……じゃあ、なんで?」


 ようやく話が本題に入り、クロトはこれ以上なく真剣な瞳を携えてアイリに顔を近づける。

 まるでキスするような距離――二人にまったくその気はないが――でクロトは魔術による盗聴すら恐れ、小さな声で耳打ちする。


「お前に買って来て欲しいものがあるんだ」

「……エロ本?」


 ドンピシャだった。まさに以心伝心。

 この数日クロトの従者をしていただけの事はある。もはやクロトの生活リズムを把握したといわんばかりの即答ぶりに流石のクロトも頬を引きつらせた。


「やけに理解が速いじゃないか?」

「うん……エミナが言ってた。クロトが私にエロ本? っていうのを買わせようしてくるって……」



「あいつかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 その瞬間、クロトは《イグニッション・ブースト》に勝るとも劣らない速さで頭を抱え、屋敷中に木霊するほどの絶叫を上げていた。


(くっそ! なんて手回しがいい女だ!)


 血涙を流し、屋敷の床をゴロゴロとのたうち回る姿から誰が『クアトロ=オーウェン』の転生者と想像するだろうか?

 かつての威厳もなく、そして外見上は同い年の少女の前で悔しさから体を仰け反らせる格好悪い姿はクロトを意中に思う少女がいたら幻滅ものだ。その理由を知れば愛想尽かされること間違いなし。

 


 幸い、アイリはクロトの従者で、まだ恋の『こ』の時も知らない子供だが、クロトの奇っ怪さには流石に驚いたようで眠たげな瞳が少しばかり開いていた。

 ――が、それ以外の動揺はほとんどなく棒立ちのままボーッとクロトを蔑視する瞳は流石の一言に尽きるだろう。


(……だが、甘いな、エミナ! 上手く先手を打てたかもしれんが、お前は決定的なミスを犯しているのだあああああああ!)


 クロトは半ばやけくそ気味になりながらも、ガシッとアイリの両肩を強く握りしめる。

 その瞳は若干血走っており、アイリは少なからず後退ったりしている。


「……違うんだよ。俺はアイリにエロ本を買わせようなんて思っていない。お前、エロ本がなにか知っているのか?」

「……知らない」

「だろ? 俺がお前に買って来て貰いたいのはエロ本じゃないんだよ。資料だ。し り ょ う」

「……資料? 何の?」


 クロトは待ってました! とクワッと目を見開き、声を大にして言った!


「メイド服のだ!」


「……メイド、服?」

「ああ、そうだ! ここ数日、お前の働きぶりを見ててよくわかった。なぜ、メイド服を着ないんだ?」

「……着ないとダメなの?」


 因みに今アイリが身につけているのは学院指定のジャージだ。動きやすく、尚且つ汚れてもいい服装と言われアイリが選んだ従者服でもある。

 その機能性に文句は一つもない。まさに動きやすい服装だ。


 だが、違うだろう?


 なし崩し的にアイリの従者を受け入れたとはいえ、クロトの従者をするのだ。それらしい恰好はして欲しい。(何度でもいうがジャージ姿に文句があるわけでない)

 すなわち『メイド服』でメイド姿のアイリだ。


「ああ、従者には必要な正装みたいなものなんだよ」

「……そうなの? エミナはコレでいいって言ってたけど?」

「お前の主人は誰だ?」

「……ん、クロト」

「そうだよな? 掃除、洗濯、料理――全ての家事や俺達の世話をしているはエミナだ。けどお前は俺の従者で俺はお前の主なんだ。つまり、この家ではエミナより俺の方が発現力がある」


 エミナが聞いた瞬間、魔術の一つでも飛んできそうな暴言だが、クロトは軽く無視した。


「その俺が言うんだ。メイド服は絶対に必要」

「そう、なの?」

「ああ。そうだ。だから、これから俺が指定する店にメイド服の資料を買いに行ってくれ」

「ん、わかった」


 アイリが無表情のまま、コクリと首を振った瞬間、クロトは心の中でガッツポーズを決めた。


(チョロいな。チョロすぎるぜ!)


 メイド服姿のアイリが見たい――確かにその欲求もあるにはあるが、本命は別にある。

 クロトがよく通う店にはコスプレ系の本も豊富なのだ。当然メイド姿も完備されている。


 それをあくまで資料と言い張り、アイリに買って来て貰い、後は部屋でゆっくり――というのがクロトの計画だ。


(完璧だ。完璧すぎる……)


《契約》の穴を突き、エミナの先制攻撃すら防いだクロトが決めたゴール。


 後はお使いに出るアイリを見守るだけでいい。



 そう思っていたクロトの前にアイリの手が差し出された。


「ん? どうした?」

「……資料を見た後に、現物も買ってくる。だからお金頂戴?」


 その言葉に早くもクロトの計画に乱れが生じたのは言うまでもなかった――。


アイリが凄いキャラ崩壊をしている気がしないでもない……


NG集


「……クロト、服を着ないほうが家系に優しい」

「なんだと……?」

「服代もかからない。お洗濯もいらない。まさにエコ」

「……そうなのか? 言われてみれば……」

「……だから私の方が正しい。私の方が一般常識。クロトも夜は脱ぐべき」

「……いや、違うだろ? 一瞬納得しかけたが絶対に違うよな!? あと、その言い方止めろ、勘違いされるだろ!?」




というシーンを考えていました。会話の流れ的にボツとなりましたが……


次回の更新は近日中を予定しています。次の更新で波瀾万丈なお使いは終わりの予定です。

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