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最低最強の英雄譚《リ・スタート》  作者: 松秋葉夏
第二章 最低魔術師と完全武装術師
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無垢な願い

「さっきからずっと聞こえていた。何、話していたの?」

「そ、それは……」


 クロトは咄嗟に《ミーティア》を背後に隠しながら詰め寄ったアイリに嫌な汗を滲ませた。

 上目遣いで見上げるアイリは無垢な視線でクロトを射貫く。

 その視線はあらゆる穢れを知らず、純粋で透き通った色をしていた。

 まるでクロトを親のように認知し、その背中をチョコチョコと付いて歩くひな鳥のよう。


(ほんと……ただのガキだな……)


 実際に今のアイリは生後間もない赤子のようなものだ。急造された自我は不安定で揺れやすい。

 クロトが《ミーティア》を隠した理由もそこにある。

 今の彼女は《ミーティア》に強い拒否反応を見せているのだ。

 先ほど、医務室で軽く話した時に《ミーティア》を返そうとしたが、彼女は刀身を見た瞬間にパニックを起し、危うく自我を崩壊させかけた。

《完全武装術》のことを封じたのと同様に、恐らくこの剣もアイリにとって忌避すべき対象になってしまったのだろう。


(けど、それは両親に悪いよな……)


 アイリの魔術と剣は彼女の両親がアイリが一人でも生きていけるように授けたギフトだ。

 彼女はそれを『正義の魔法使い』の象徴と認識していたが、本当のところは違うはずだろう。

 この二つは愛娘の為を思って用意されたアイリの為だけの力。

 もし、本当にこの剣と魔術が誰も彼も救う為だけ力で、アイリを犠牲にするような力だったならクロトはこの剣をあの神殿と一緒に埋めていただろう。

 だが、この剣を調べてみて、その考えは霧散した。

 あの激闘の最中、偶然にも《ミーティア》の柄紐が解けていて、柄に直接何かが彫られていることに気付いたのだ。そして、その銘を読んで、クロトは剣を埋めることを止めた。

 

(『娘の幸せを願う』――そんな言葉が彫られた剣を埋めるなんて俺には出来ない)


 きっとアイリも知らない両親の本当の気持ちなのだろう。

 この剣と魔術がどういった経緯でアイリの手に渡ったのかわからないが、勘違いされたまま拒絶されるのは剣と魔術が可哀相だ。


(いつか、アイリが立ち直った時、その時こそこの剣の本当の意味を彼女に教えよう)


 それが叶うまで、この剣は預かる。クロトはそう心に留めていた。


「アイリ、お前のこれからを話していたんだ」

「私の?」


 クロトはアイリを刺激しないように慎重に言葉を選びながら口を開けた。


「お前はこれからどうしたい?」

「これから?」

「そうだ。したいことがあれば手伝うし、やりたいことを言ってみてくれないか?」


 今のアイリに必要なのは、とにかく経験だ。

 新しい人格が環境に馴染むのに必要だし、それ以前に、元のアイリが心の傷と戦う為には今まで以上の見聞が必要だろう。

 いつかその傷と立ち向かう時、これまでの経験がきっとアイリを支えてくれる。

 そう思って提案してみたが、肝心のアイリは視線を宙に彷徨わせ、返答に迷っていた。


「わからない。何がしたいのか」

「……そうか」


 ちょっとばかり急過ぎたかもしれないな。


「なら、ライベル」


 クロトが軽くため息を吐く横でエミナが予想外な一言を発する。


「お前、屋敷に来てクロトの護衛を含めた従者をやってみる気はないか?」

「は……?」

「じゅうしゃ? 何、それ?」

「まあ、簡単に言えばクロトの側でクロトを支える役割だな」

「……よくわからない」

「一緒に住もうってことだよ」

「それなら、わかる」

「おいおい! ちょっと待て!」


 とんとん拍子で話が進みそうなので、クロトは慌てて止めた。

 エミナは「なんだよ?」と訝しい視線を向けるが、知ったとこではない。


「従者ってなんだよ!」

「お前こそどうした。言葉通りだぞ」

「いらないって意味だよ!」

「はあ……いいか、よく聞け。今のライベルを一人にするのは不味いだろ?」

「……まあ、そうだな」

「なら、誰かが側にいてやった方がいい。屋敷に来てくれれば私とお前がいる。これ以上ない環境だろ?」

「ふむ……」

「それに彼女はこの学院の生徒だ。急変した彼女を不審がる生徒は少なくないだろう。そこでお前の出番だ」

「……え?」

「お前が調教して、お前好みの女にしたとでも吹聴すれば、そこまで怪しまれないさ」

「ちょっと待て……」


 それは、つまり女の敵になれということか?

 顔を引きつらせたクロトにエミナは「冗談だ」と呟きながら、アイリの頭をくしゃりと撫でる。

 アイリは気持ちよさげに視線を細め、エミナの手腕に委ねている。


「どうだ? やってくれるか?」

「うん。やる。クロトのじゅうしゃになる」

「いや……だからな……」


 アイリに様々な経験を積ませたいクロトにしてみれば、一箇所に縛り付けるようなことはあまりしたくないのだ。

 エミナにそう伝えてみても、彼女はクロトの言に納得するそぶりを見せなかった。


「いいか、クロト。この話はお前が屋敷に不快な本を持ち込む癖を矯正する為だけじゃない。他にも目的があるんだよ」

「おい、初耳だぞ、その内容。アイリに何をさせるつもりだよ……」


 思わず頭を抱えたくなる内容にクロトが苦言を呈しているとエミナは真面目な視線をクロトに向けた。


「一つは、今のライベルをライベルの住居人に見せない為だ」

「住居人?」

「ああ、ライベルの転入に合わせて、ライベルの故郷にいた王宮勤めの魔術師がこの国に入国している。この子の保護者という名目でな。今はまだ、ソイツにライベルのことを知られるわけにはいかないんだ」

「それは……契約のせいか?」

 エミナはアイリの住んでいた国――つまりクアトロ=オーウェンがいた国に一切の手出しをしないことを条件に彼女をこの国に迎え入れている。

 つまり、アイリの同居人に対してもエミナの契約は有効なのだ。


「今の私ではあの女に勝つことは出来ない。ライベルのことを引っ張り出されて戦争にでもなればこの国は終わりだ。だから……ライベルの件が魔獣の仕業と断言出来る証拠を集めるまでは隠しておきたいんだ」

「なるほどね……」


 匿うなら自分の屋敷の方が安心出来るだろう。

 だが、肝心の従者になる理由が語られていない。

 クロトがそのことを指摘すると、エミナは苦笑して肩の力を抜く。


「彼女の力は今のお前に必要だ。そう判断したんだ」

「なに、言ってやがる。今のアイリは魔術だって禄に使えないだろ?」

「そんなことはないさ。ライベル、魔術を一つ使ってくれないか?」


 アイリはキョトンとした様子で首を傾げた。


「魔術? なにそれ?」

「そうだな……体に染みついた力を解放してみてくれないか?」

「うん。わかった」


 アイリはコクリと頷くと、まるでそれが当たり前だといわんばかりに、群青色の魔力を纏わせてみせる。

 それはまごう事なきアイリの魔力で、使った魔術は心の奥底に封じたはずの《完全武装術》だった。

 驚愕に目を見開いたクロトにエミナが補足的に説明を加えた。


「忘れたか? ライベルの魔術は彼女と完全調和した魔術だ。詠唱も魔術名も必要なく、己の意思だけで発動出来る。別人格に変わったところで魔力の波長までは変わらんさ」

「けど、アイツは拒絶反応を起していたよな?」


《完全武装術》の名前を聞くだけで――《ミーティア》を視界に捉えるだけパニックを起すほどだ。

 それなのに、自分の力で魔術を発動するなど、自殺行為にも等しい。

 すぐに止めさせようとしたクロトをエミナは手で制した。


「ライベル、それが魔術だ」

「これが……?」

「そうだ。嫌な気分はするか?」

「ううん。なんだか落ち着く。嫌いじゃない」

「だとさ」


 エミナは片目をクロトに向け、呆れた様子で呟いた。

 クロトは自分の頬をつねり、夢じゃないことを確認する。


「どうなってんの、コレ?」

「恐らく、ライベルは自分の使う魔術の正体に気付いていないんだろう。だから拒絶反応も示さない。私達が余計な口を出さない限りは大丈夫なはずだ」

「いや……でも……」


 それでも、アイリを巻き込みたくない。

 クロトの抱く葛藤を突き崩すようにエミナは続けた。


「それに必要なんだ。どんな状況にしろ、今は一つの戦力も遊ばせておくわけにはいかない。ライベルが拒否しようが、お前の従者としてお前と一緒にいて貰う。それは決定事項なんだ」

「……やけに焦っているな。一体何があったんだ?」


 普段のエミナなら懸念材料の残るアイリを戦力として扱わないはず。

 それなのに、アイリの力に執着する。何か理由があるのだろう。

 エミナは苦々しい表情を一瞬浮かべ、苛立ち交じりに舌打ちをしていた。


「まさか、お前が言っていた凄く悪い話と関係があるのか?」

「……そうだ。クロト……アートベルンの封印が解けたぞ」


 エミナのその一言はさらなる激動の予感を感じさせるものだった――



アイリの新たな旅立ち。そして語られる衝撃の事実!

次回は別視点の話になる予定ですが、そこで封印のことも語られる予定です!

次の更新は二日後くらいを予定しています!

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